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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

18. 協力の申し出

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 マリエンヌは、アリスティアの元を訪れようとしていた。
 表向きは、先日頼んでいた、友人の紹介についてだが、本当の目的は、リネアとその友人の動向を探るためである。
 アリスティアは、リネアとは同じクラスと言っていたため、友人の元を訪れるふりをして、様子を確認するくらいはできるだろうという考えからである。
 運が良ければ、リネアの友人の姿も確認できるかもしれない。

 そう、うきうき気分だったというのに。

「マリエンヌ、ずいぶんと楽しそうだな」

 道中で、レオナルドに呼び止められた。
 まさか、また気づかれたのだろうか。でも、今回は、それほどの問題行動は起こしていないはずだ。表向きは。

「レオナルドさま。何かご用が?」
「用がなければ、話しかけてはいけないのか?」
「いえ、そうではございませんが……」

 レオナルドは、基本的に用事があるとき以外に声をかけてきたことはない。
 以前は、よくお茶会をしていたが、マリエンヌが本性を見せてから、明らかに誘いの回数が減っているので、思うところがあるのだろうと、大して気に止めていなかった。

「まぁ、今回は用があるのだが」
「……なんですか?」

 やっぱりあるんじゃないと言いかけたが、それをこらえ、用件を聞き出す。

「ここは人が多いから、サロンで話すとしよう。ついてきてくれ」
「……かしこまりました」

 何か話しづらいことでもあるのだろうか。
 思いついたことといえば、令嬢たちを焚き付けたくらいだけど、サロンでのことだし、明確な証拠があるわけでもないので、そこまで責められることはないはずだ。

 ーーと、思っていたのだけど。

「マリエンヌ。私は確かに、おとなしくしているように言ったはずなんだが」
「そのようなことは聞いていませんわ。交流を深めろとは言われましたので、交流関係を広げたくらいですよ」

 確かに、そのようなことを匂わされた。
 でも、はっきりと言葉にされたわけではないし、自分も了承した覚えがないのだから、守る必要なんてない。

「だが、私がブラットン男爵家への対処を行うとは、はっきりと言ったはずだ。そなたも了承していたはずだが、公爵夫人と妙な企みをしているそうだな」
「人聞きの悪いことを。わたくしは、お母さまに婚約者の交流関係を相談したに過ぎませんよ?」
「ならば、なぜ婚約者の私に話が来ないんだ?相談事ならば、本人にすればいいだろう」

 そんなことしたら、止められるとわかっているのに、やるわけがない。
 それはわかっているだろうに、わざわざ口にするところは、毒花とそっくりだ。

「わたくしに隠れて、女子生徒と交流を持っていた方を信用できると?」

 自分でも嫌な言い方をしている自覚はあるが、恨み言の一つや二つでも言いたくなる。
 自分は邪魔されないように黙っていたのに、こちらのことは何度も邪魔してくるのだから。

「……やはり、腹を立てているのか?」

 マリエンヌは、何も答えずに視線をそらす。
 そのこと自体に腹を立ててはいないが、自分の邪魔をされることに腹を立てているので、どう答えるべきかわからなかった。

「……リネア嬢に対してのことは、好きにするといい。今回は、それを言いに来た」

 マリエンヌは、呆然とする。
 わざわざ、理想の王妃を押しつけてまで、毒花を嫌っていたはずの彼の口から、もう妨害しないと宣言されたも同然の言葉が出てきたからだ。

「よ、よいのですか?」

 思わず、マリエンヌはそう聞いてしまう。うなずけばそれで終わりだというのに、どうしても、信じることができなかった。

「ああ。ただ、条件はあるが」

 マリエンヌは、その言葉に、むしろ安堵した。無条件で許可を出せば、悪いものでも食べたかと心配したかもしれない。

「条件とは?」
「一人で動かないことだ。それを守ってさえくれれば、リネア嬢に関することには口を出さない」
「そ、そう申されましても、心当たりがおりません」

 マリエンヌの本性は、公爵家ぐるみで秘匿されてきたことだ。
 知っているのは、マリエンヌが手出しした人間と、リューク公爵家の者を除けば、アレクシスと、目の前にいるレオナルドくらいだろう。

「私かアレクシスを連れていけばいい。本人の許可がおりれば、アリスティア嬢にも頼むつもりだ」
「アリスティアさまに……ですか?ですが……」

 マリエンヌは、感情的になっていたアリスティアの姿を思い浮かべる。
 別に、もう隠す気のない本性を知られてしまうのは構わないが、リネアに対して田舎者と吐き捨てていたのを考えると、とても、共にリネアへの対処にあたることができるとは思えない。
 すぐに冷静さを欠きそうだ。

「そなたの言いたいことはわかるが、彼女なら大丈夫だ。アレクシスが事情を話しているから、今はそれほどの嫌悪感は抱いていないだろう」
「それなら、アレクシスさまが犠牲になるだけですみそうですね」

 マリエンヌの目から見ても、アリスティアがアレクシスに好意を抱いているのは間違いない。アレクシスも、愛称で呼んでいるところを見ると、友人以上には思っていそうだ。
 だが、それを知ってか知らずか、嫉妬深いところがあるアリスティアは、アレクシスが他の女と事務的に話しているだけでも、ぶつぶつと愚痴を言っていたことがある。

 アレクシス本人にも、不満の一つや二つはぶつけていそうだ。
 今回の件にいたっては、きっとそんなものではすまない。

 何をしたのか、マリエンヌも思い浮かべたくはない。

「否定はしないが、少しは同情くらい見せてやれ」
「アリスティアさまを蔑ろにせず、きちんとフォローしていたというのなら、検討しましょう」

 あのお茶会の状況から見て、絶対にあり得ないことだが。
 それを肯定するかのように、レオナルドもそっと目をそらした。

「と、とにかく。これからは一人では動かないでもらう。そなたの報告があがるたびに、頭を痛めるのはもう充分だ」
「頭を痛めるのに、止めろとはおっしゃらないのですね」
「そなたは、いくら言っても聞かぬだろう。それに……」

 なぜか、レオナルドは言葉を詰まらせる。マリエンヌは「それに?」と繰り返し、言葉を急かす。

「私の知らぬところで、マリエンヌが危険な目に遭うよりは……ましだ」

 レオナルドが、頬を赤くしながらそう言うので、釣られるように、マリエンヌも少しばかり頬を染める。

「こ、今回は大丈夫だと思いますよ?」
「だと思うではだめだ。今までなんともなかったのは、奇跡と言っていい。そなたの策が、つまずくことなく遂行できたからこそ、そなたに傷がつくことはなかっただけだ。危険だったことに変わりはないだろう」

 真剣な表情でそんなことを言われてしまえば、マリエンヌも、言い返す言葉は思いついても、口から出なくなる。

「私は、危険なことに首を突っ込んでほしくはない。そなたを止められぬのならば、共に行動するまでだ。婚約者であるから、共に行動しても問題はない」
「……レオナルドさまは、毒花がお嫌いなのではなかったのですか?」

 だから、慈悲深い王妃を強要して、初めて毒花を見られたときも、しばらく会いに来てくれなかったのだと思っていたのに、先ほどから、自分の身を気遣う言葉ばかりで、毒花の批判が出てこない。
 それどころか、共に行動すると言う。

「確かに、最初は気持ちを整理するのに時間がかかったが、結果的にマリエンヌには助けられていた。そのことには感謝しているが、マリエンヌの身の危険を考えると、許容することはできなかった」
「人攫いのことでしたら、きちんと影の護衛を連れていきましたし、反王家の者たちについてなら、社交の場でしかお話ししていませんよ?」

 別に単身ではないし、そこまでの危険もなかったと伝えると、レオナルドにため息をつかれる。

「相手からすれば、か弱い小娘が無謀なことをしているようにしか見えん。強行手段に出られたとき、護衛が守りきれなければどうする。社交の場についても、人気のない場所だろう。そこで乱暴でもされたらどうする」

 何の対抗策もなしに乗り込んだと思っているのかと、マリエンヌはムッとなって言い返す。

「きちんと伏兵がいないか調査させましたし、社交界にも影の護衛を連れていましたので、いざというときには逃げられますわ」
「だから、そういうことではなくてだな……」

 自分は安全だったということをアピールしていたが、うまく刺さらなかったようで、レオナルドは呆れたようにため息をついている。
 なら、どんな返事を期待していたというのだろう。

「では、どういうことですか?」
「そなたがどんなに対策を練っていようが、予想外というものは、いつ起こりうるかわからないだろう。そんなとき、側にいない私は、そなたの無事を祈ることしかできない。そんな思いは、もう充分ということだ」

 再びため息をつかれたが、今度は嫌味のようには感じなかった。
 むしろ、マリエンヌの心に、温かいものが広がっている。

「……心配、してくれていたのですね」
「当たり前だろう。そなたは私の大切な婚約者だ」
「あ、ありがとう……ございます」

 そんなことを言われたことがないマリエンヌは、ボソボソとそう返すことしかできなかった。
 普段の、気高いマリエンヌとはちがい、いじらしい姿を見て、レオナルドは、男たちがリネアに惹かれる理由が、なんとなくわかった気がした。

 もちろん、マリエンヌ以外にそんな思いを抱くことはないが、こんな姿を見ると、少し意地悪をしたくなる。
 レオナルドは、うつむいているマリエンヌの髪を手ですくう。

「私の思いが伝わっていなかったとは知らなかった。これからは遠慮しないことにしよう」

 そう言うと、何を想像したのかはわからないが、マリエンヌは顔を真っ赤にして動かなくなってしまった。
 普段の気高いマリエンヌもいいが、こういう素直なところも彼女の魅力だ。

 レオナルドは、マリエンヌの髪から手を離し、席を立つ。

「では、私は仕事が残っているから、もう戻るが、そなたが動くつもりならつきあおう」
「い、いえ!そんなつもりはありません!わたくしも寮に戻りますわ!」

 これ以上は一緒にいられないような気がしたマリエンヌは、反射的にそう答えた。
 レオナルドは、そんなマリエンヌの様子を見て、クスリと笑う。

「そうか、わかった」

 そう言って、レオナルドはサロンから出ていく。
 一人残されたマリエンヌは、それからしばらく、席を立つことはなかった。
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