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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~
10. 保護のお願い
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マリエンヌの問いに、シェリーナは目を伏せ、アリスティアたちは目を細める。
「……噂程度なら、お聞きしておりますわ」
アリスティアが、ミルレーヌのほうにチラチラと視線を向けながらも、マリエンヌの問いに答える。
ライオネルは、ミルレーヌの婚約者だ。
事実とはいえ、本来ならば、あまり貶すような発言は控えたほうがいい。
皆の視線がミルレーヌのほうに向かうと、彼女はにこりと微笑む。
「わたくしも、話は聞いておりますわ。至極当然のことを指摘されただけで女性に怒鳴るなど、紳士として失格。婚約者なのが恥ずかしいくらいですもの」
ミルレーヌの言葉に、アリスティアとルクレツィアは同情の視線を向けるが、マリエンヌとシェリーナは、軽く引いていた。
(仮にも婚約者なのに容赦ないわね……)
ここは、サロンではなく、交流棟。
他の生徒も出入りする可能性がある場所で、率直に婚約者を貶せるのは、実にミルレーヌらしい。
「ですが、マリエンヌさまも、お手紙を出すのならわたくしに言伝くらいしてくれてもよろしかったのではありませんか?わたくしの婚約者にマリエンヌさまがお手紙を出すなんて、妙な勘繰りをされてもおかしくありませんわ」
マリエンヌの友人たちのなかで、堂々とマリエンヌを叱責するのも、ミルレーヌだけである。
「あまり、公にはしたくなかったのです。ライオネルさまの面子もありますしね」
誰にも邪魔されずに、自分の手で叩き潰したかったからとは、当然言えるわけもなく、表向きの理由を話す。
二人だけで解決できたとライオネルを叱責しているところを見ていたシェリーナは、なるほどと納得したような表情を見せ、アリスティアとルクレツィアも、シェリーナの様子を見て、ひとまずは納得した。
「まぁ、そうなのですか」
だが、ミルレーヌだけは、まだ何か気になることでもあるのか、含みのある笑みでそう言った。
その笑顔の裏にどういう思惑があるのか、読み取ることができない。納得しただけで、何も考えていないかもしれないが。
やはり、ミルレーヌは油断ならない存在だと認識する。
友人として付き合うのも、体力が必要だ。
「それで、ライオネルさまとのトラブルが、シェリーナさまになんの関係があるのですか?」
ミルレーヌにたずねられ、マリエンヌは、念のためにシェリーナに視線を配る。
シェリーナがゆっくりとうなずくのを確認して、マリエンヌは、ライオネルが教室に怒鳴り込みに来たことから、シェリーナがライオネルに指摘したこと、それにライオネルが逆上したことまで、事細かに説明した。
「なるほど。つまり、マリエンヌさまは、ライオネルさまが怒りをシェリーナさまにぶつけられる可能性を憂い、わたくしたちに保護の協力をしてほしいのですね?」
「ええ、そうですわ」
ライオネルとのトラブルを話すだけで、ルクレツィアは、シェリーナを紹介した理由を理解してくれた。
ルクレツィアの言葉に、ミルレーヌとアリスティアも賛同する。
「確かに、公爵令嬢のマリエンヌさまよりは、子爵令嬢のシェリーナさまのほうが、可能性は高いですね。性格上、ライオネルさまがそのまま引き下がるとも思えませんし……」
「ミルレーヌさまは婚約者ですし、ルクレツィアさまはライオネルさまと同じ侯爵家ですから、わたくしたちで守っていれば、下手に手出しはできないでしょう。マリエンヌさまが保護なされるよりは、周囲の注目も集めにくいかもしれません」
「あ、あの……ご迷惑ではないのですか?」
さも当然かのように、シェリーナを保護する方向で話が進んでいることが不安だったのか、シェリーナがおそるおそるたずねる。
そんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、三人はきょとんとする。
だが、すぐに、アリスティアが安心させるように言う。
「わたくしたちはただ、シェリーナさまが心配なのです」
ね?と同意を求めるようにミルレーヌとルクレツィアを見ると、二人とも静かにうなずく。
「わたくしは婚約者ですから、ライオネルさまと接触する方法はいくらでもあります。わたくしがシェリーナさまとライオネルさまが鉢合わせしないように手配しますわ」
「シェリーナさまは、マリエンヌさまの友人ですもの。迷惑と感じることはありませんわ」
ミルレーヌは、令嬢らしく微笑みながらも、真剣な様子を見せたが、ルクレツィアは、悪巧みのようにニヤリと笑う。
(ミルレーヌさまとルクレツィアさまは、結構したたかなのよね)
アリスティアは、貴族令嬢としての矜持はあっても、感情的になりやすい傾向にある。
だが、ミルレーヌとルクレツィアは、辺境伯と侯爵という高位な貴族なだけはあり、たとえ公爵家であるマリエンヌからの頼みであっても、自分にもメリットがないと、一介の子爵令嬢の盾にはなってくれない。
マリエンヌとの関係悪化を避けるためにも、直接言うことはないだろうが、遠回しに断ってくるだろう。
(でも、シェリーナさまは任せられそうだわ)
自分にもメリットがあるからとはいえ、シェリーナに対する態度は好意的で、子爵令嬢としてではなく、ただのシェリーナとして接してくれているように、マリエンヌには見えた。
「あ、ありがとうございます……」
恐れ多さを抱いているようには見えるが、自分に向けられる好意にまんざらでもないのか、少し照れるかのようにうつむいている。
これは、二人の裏の言葉には気づいていなさそうだ。
おそらく二人は、シェリーナの保護という名目で、婚約者に釘を刺す心づもりなのだろう。アレクシスは、マリエンヌが脅しをかけたので大丈夫だろうが、二人の婚約者はそうでないから。
まぁ、結果的にシェリーナの保護になっているのなら、方法や過程に文句を言うつもりはない。
これから自分が行う計画のためにも、シェリーナには安全な場所にいてもらいたい。
いろいろと思惑はあるようだが、これなら、自分がいなかったとしても、シェリーナが理不尽な扱いを受けることはないと言えるだろう。
これで、次の段階に進むことができる。
シェリーナの安全が確保されたのなら、次にやるべきは根回しだ。
さすがに、そろそろ根回しを始めないと、マリエンヌに不利な情報が広まりかねない。
噂というのは、信憑性よりも、どれだけ早く、話題性があるかが重視される。
もし、リネアたちがマリエンヌのことをよからぬ噂として広めていたら、出遅れれば出遅れるほど、こちらが不利になるが、マリエンヌにはそこまで広い交遊関係はないので、広まりが遅くなる可能性がある。
本性がバレないようにと最低限の交流しか持っていなかった弊害が、ここで現れた。
でも、それを後悔したところで意味はない
いないならば、増やすしかないだろう。
「皆さま。少し、お願いしたいことがあるのですが」
「……噂程度なら、お聞きしておりますわ」
アリスティアが、ミルレーヌのほうにチラチラと視線を向けながらも、マリエンヌの問いに答える。
ライオネルは、ミルレーヌの婚約者だ。
事実とはいえ、本来ならば、あまり貶すような発言は控えたほうがいい。
皆の視線がミルレーヌのほうに向かうと、彼女はにこりと微笑む。
「わたくしも、話は聞いておりますわ。至極当然のことを指摘されただけで女性に怒鳴るなど、紳士として失格。婚約者なのが恥ずかしいくらいですもの」
ミルレーヌの言葉に、アリスティアとルクレツィアは同情の視線を向けるが、マリエンヌとシェリーナは、軽く引いていた。
(仮にも婚約者なのに容赦ないわね……)
ここは、サロンではなく、交流棟。
他の生徒も出入りする可能性がある場所で、率直に婚約者を貶せるのは、実にミルレーヌらしい。
「ですが、マリエンヌさまも、お手紙を出すのならわたくしに言伝くらいしてくれてもよろしかったのではありませんか?わたくしの婚約者にマリエンヌさまがお手紙を出すなんて、妙な勘繰りをされてもおかしくありませんわ」
マリエンヌの友人たちのなかで、堂々とマリエンヌを叱責するのも、ミルレーヌだけである。
「あまり、公にはしたくなかったのです。ライオネルさまの面子もありますしね」
誰にも邪魔されずに、自分の手で叩き潰したかったからとは、当然言えるわけもなく、表向きの理由を話す。
二人だけで解決できたとライオネルを叱責しているところを見ていたシェリーナは、なるほどと納得したような表情を見せ、アリスティアとルクレツィアも、シェリーナの様子を見て、ひとまずは納得した。
「まぁ、そうなのですか」
だが、ミルレーヌだけは、まだ何か気になることでもあるのか、含みのある笑みでそう言った。
その笑顔の裏にどういう思惑があるのか、読み取ることができない。納得しただけで、何も考えていないかもしれないが。
やはり、ミルレーヌは油断ならない存在だと認識する。
友人として付き合うのも、体力が必要だ。
「それで、ライオネルさまとのトラブルが、シェリーナさまになんの関係があるのですか?」
ミルレーヌにたずねられ、マリエンヌは、念のためにシェリーナに視線を配る。
シェリーナがゆっくりとうなずくのを確認して、マリエンヌは、ライオネルが教室に怒鳴り込みに来たことから、シェリーナがライオネルに指摘したこと、それにライオネルが逆上したことまで、事細かに説明した。
「なるほど。つまり、マリエンヌさまは、ライオネルさまが怒りをシェリーナさまにぶつけられる可能性を憂い、わたくしたちに保護の協力をしてほしいのですね?」
「ええ、そうですわ」
ライオネルとのトラブルを話すだけで、ルクレツィアは、シェリーナを紹介した理由を理解してくれた。
ルクレツィアの言葉に、ミルレーヌとアリスティアも賛同する。
「確かに、公爵令嬢のマリエンヌさまよりは、子爵令嬢のシェリーナさまのほうが、可能性は高いですね。性格上、ライオネルさまがそのまま引き下がるとも思えませんし……」
「ミルレーヌさまは婚約者ですし、ルクレツィアさまはライオネルさまと同じ侯爵家ですから、わたくしたちで守っていれば、下手に手出しはできないでしょう。マリエンヌさまが保護なされるよりは、周囲の注目も集めにくいかもしれません」
「あ、あの……ご迷惑ではないのですか?」
さも当然かのように、シェリーナを保護する方向で話が進んでいることが不安だったのか、シェリーナがおそるおそるたずねる。
そんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、三人はきょとんとする。
だが、すぐに、アリスティアが安心させるように言う。
「わたくしたちはただ、シェリーナさまが心配なのです」
ね?と同意を求めるようにミルレーヌとルクレツィアを見ると、二人とも静かにうなずく。
「わたくしは婚約者ですから、ライオネルさまと接触する方法はいくらでもあります。わたくしがシェリーナさまとライオネルさまが鉢合わせしないように手配しますわ」
「シェリーナさまは、マリエンヌさまの友人ですもの。迷惑と感じることはありませんわ」
ミルレーヌは、令嬢らしく微笑みながらも、真剣な様子を見せたが、ルクレツィアは、悪巧みのようにニヤリと笑う。
(ミルレーヌさまとルクレツィアさまは、結構したたかなのよね)
アリスティアは、貴族令嬢としての矜持はあっても、感情的になりやすい傾向にある。
だが、ミルレーヌとルクレツィアは、辺境伯と侯爵という高位な貴族なだけはあり、たとえ公爵家であるマリエンヌからの頼みであっても、自分にもメリットがないと、一介の子爵令嬢の盾にはなってくれない。
マリエンヌとの関係悪化を避けるためにも、直接言うことはないだろうが、遠回しに断ってくるだろう。
(でも、シェリーナさまは任せられそうだわ)
自分にもメリットがあるからとはいえ、シェリーナに対する態度は好意的で、子爵令嬢としてではなく、ただのシェリーナとして接してくれているように、マリエンヌには見えた。
「あ、ありがとうございます……」
恐れ多さを抱いているようには見えるが、自分に向けられる好意にまんざらでもないのか、少し照れるかのようにうつむいている。
これは、二人の裏の言葉には気づいていなさそうだ。
おそらく二人は、シェリーナの保護という名目で、婚約者に釘を刺す心づもりなのだろう。アレクシスは、マリエンヌが脅しをかけたので大丈夫だろうが、二人の婚約者はそうでないから。
まぁ、結果的にシェリーナの保護になっているのなら、方法や過程に文句を言うつもりはない。
これから自分が行う計画のためにも、シェリーナには安全な場所にいてもらいたい。
いろいろと思惑はあるようだが、これなら、自分がいなかったとしても、シェリーナが理不尽な扱いを受けることはないと言えるだろう。
これで、次の段階に進むことができる。
シェリーナの安全が確保されたのなら、次にやるべきは根回しだ。
さすがに、そろそろ根回しを始めないと、マリエンヌに不利な情報が広まりかねない。
噂というのは、信憑性よりも、どれだけ早く、話題性があるかが重視される。
もし、リネアたちがマリエンヌのことをよからぬ噂として広めていたら、出遅れれば出遅れるほど、こちらが不利になるが、マリエンヌにはそこまで広い交遊関係はないので、広まりが遅くなる可能性がある。
本性がバレないようにと最低限の交流しか持っていなかった弊害が、ここで現れた。
でも、それを後悔したところで意味はない
いないならば、増やすしかないだろう。
「皆さま。少し、お願いしたいことがあるのですが」
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