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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

7. 婚約者の勤め

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 リネアがどのような動きをするのか、見張りをつけていたが、さすがに周りから二人も高位貴族がいなくなればまずいと思ったのか、行動を自重しているようだ。

 だが、マリエンヌは、それが嵐の前の静けさのように思えて仕方がない。まだ、警戒を解くつもりはなく、そろそろ、根回しを始めようかと思っていたのだが……

「まさか、レオナルドさまから交流会の提案をされるなんてね」

 手紙の内容としては、以前の交流会を直前になって中止させてしまったことの詫びと、その交流会の代わりを、三日後に行いたいというものだった。

 だが、このタイミングで届くなんて、どう考えてもリネア案件だ。まだ行動を開始して間もないが、レオナルドには気づかれたらしい。

 ライオネルの件だとすれば、いくらなんでも早すぎるので、アレクシスがばらしたのだろうと推測している。

(これからは、もっと慎重にやらなきゃダメね)

 レオナルドから慈悲深き王妃となってほしいと頼まれて優しい令嬢を演じ続けていたなか、久しぶりに楽しめそうだったので、少し急ぎすぎていたかもしれない。

 次は根回しを行うつもりだったが、それは一ヶ月ほどで終えるつもりだった。

 だが、こんなにもレオナルドがマリエンヌの本性が目覚めているのに気づいているのであれば、もっと時間をかけて、じっくりと行ったほうがよいかもしれない。

 部屋に戻ったら、再び計画の練り直しを行うことを決め、レオナルドに了承の返事を出した。

◇◇◇

 三日後の、お茶会当日。

 レオナルドとマリエンヌは、お互いに一言も話さずに、お茶とお菓子に手をつけるだけだ。

(なんで黙ったままなのよ)

 なかなか話し出そうとしないレオナルドに、マリエンヌはだんだん苛立ちを覚えてくる。

 自分が話すわけにもいかないから、レオナルドが話すのを待っているというのに、かれこれ五分は言葉を発していない。

「……マリエンヌ」

 そろそろ適当な理由をつけて帰ろうかと思っていた矢先、レオナルドが声を発した。

「なんですか、レオナルドさま」
「そなたは、私がお茶会を開いた理由がわかるか?」
「先日の詫びなのでは?わたくし、当日に中止されたのは初めてなので、驚いたのですよ」

 マリエンヌが首をかしげると、「とぼけるな」とレオナルドは冷たく言う。

「アレクシスから話は聞いている。ライオネルともひと悶着あったらしいな」

 やっぱりその件かと思いつつも、すでにライオネルのことまで調べあげていることに、正直に驚く。まだ、そこまで時間がたっているわけでもなく、学園に噂が広まってもいないはずだ。

 だが、あの感情的になっていたライオネルのことなので、いずればれるだろうとは思っていたが。

「そのような言い方ですと、まるでわたくしが悪いことをしているようではありませんか」

 先に行動に移したのはそちらでしょう?という意味を込めての発言だったが、レオナルドにはしっかりと伝わっているらしく、はぁとため息をつく。

「確かに、無断で婚約者ではない女性と行動を共にしていたのは、こちら側に非がある。だが、それとそなたの個人的な制裁は話が別だ」
「別ではございません。リネアさまに反省の色が見られないので、ちょっとお灸を据えようとしただけのことですわ」
「じゃあ、もう充分だろう?何もしないよな?」

 レオナルドの問いかけに、マリエンヌは、にこりと笑みを返すだけだった。

「……そこはやらないと言え、マリエンヌ」
「わたくしからすれば、まだまだ序の口ですもの。リネアさまがあの程度で諦めるとは思えませんわ」

 周りから男たちを引き離すだけで諦めるのであれば、マリエンヌが動く前に、レオナルドたちがやっていただろう。

 レオナルドがマリエンヌのことをわかっているように、マリエンヌもレオナルドのことをわかっている。
 自分たちが直接対応を引き受けたのは、もうそれ以外に手がないと考えたからだ。それほどに、リネアは質が悪い。

 まぁ、婚約者たちに根回しくらいはするべきだったと思っているが。

「それに、実家のほうも問題です。わたくしに交渉に来るくらいなのですから、それくらいは調べあげておられるのでしょう?」
「ああ、娘のことを問題視してはいても、援助があるから、切り捨ててはいないようだ。それが、余計に彼女が図に乗る原因でもーー」

 そこまで言ったところで、レオナルドは、はっとした表情でマリエンヌを見る。

 マリエンヌは、にこりと微笑むだけだ。

「そなた、実家にも手を出すつもりか!?さすがに婚約者としての役割を逸脱しているぞ!」
「あら、王国の不穏分子を排除するのは、未来の王妃たるわたくしの役目ですもの。逸脱してなどおりませんわ」
「王妃の役目は、王の身と心を支えることだ。王を差し置いてでしゃばることではない。不穏分子の排除は私の役目だ」

 せっかくの自分の楽しみを、なんとか言いくるめようと邪魔してくるレオナルドに、マリエンヌは仕方なく奥の手を使う。

「その役目を、果たせていないではありませんか」

 マリエンヌだって、立場をわきまえようとする理性はあった。だからこそ、友人関係に口出しするべきではないと友人たちに宣言し、成り行きを見守ろうとしたのだ。

 それが、今はどうだ。

 リネアを止めきることができておらず、それどころかマリエンヌは、明らかにリネアに見下されている。

 レオナルドも思うところがあるのか、押し黙った。
 マリエンヌは続ける。

「わたくしの手の者の情報では、『マリエンヌさまはお優しいから、反省する素振りを見せれば、すぐに帰ったわ』と友人に漏らしていたそうですよ。明らかに、未来の王妃たるわたくしを見下す発言ではありませんか」

 そんなことされたら誰でも動く。

 そう伝えたかったのだが、レオナルドが引っかかったのはそこではなかった。

「……それは初耳だ。私たちのことも、どう言いふらされているかわからんな」

 レオナルドのボソッとした呟きに、マリエンヌはやばいと焦る。

 公爵家のマリエンヌだけならまだしも、リネアが王族のことも悪し様に友人たちに話していたら、それだけで不敬罪だ。
 そうなると、あっという間に実家は取り潰しとなり、リネアは、処刑とまではいかなくても、平民として惨めな生活を送ることは確定だ。

 それは、マリエンヌが最終的に望む結末ではあるが、こんな形は望んでいない。
 悪人は、自分の手で追いつめて絶望させるのが心地いいというのに、それではマリエンヌの楽しみが半減してしまう。

 リネアが、そこまでの愚か者ではないことを願うしかないが、往来の場で異性と腕を組んだり、友人にマリエンヌを見下す発言をする危機感のなさでは、あり得ない話ではない。

「では、わたくしがお調べいたしましょう」
「いや、私が調べておこう。そなたに任せたら揉み消されそうだ」

 失礼なと言いたいところだったが、自分だったらやりかねないと脳裏によぎったマリエンヌは、口をつぐむ。

「すまないが、時間がなくなってしまった。ブラットン男爵令嬢のことは、早めに対処をするから、そなたは友人たちと交流を深めておくといい」

 レオナルドは、疲れきった様子でそう言う。

 このままでは、徹底的に邪魔されるだろう。それならば、邪魔できない方法を取ればいいだけだ。

「かしこまりました。レオナルドさまの婚約者として、もっと交流を持てと申すのですね」
「いや、そんなことは言ってないが……。だが、広げられるのならば、広げてくれるほうが助かる」

 すでに疲れきっているからか、マリエンヌの裏の言葉に気づく様子はなく、マリエンヌの言葉を肯定する。
 マリエンヌは、心のうちでニヤリとほくそ笑みつつ、レオナルドに微笑む。

「ええ、婚約者の勤めですもの。当然ですわ」

 今までにない笑顔でそう言ったマリエンヌに、レオナルドはなんともいえない悪寒を感じる。

(……本当に、おとなしくしてくれるのか?)

 その疑問は、なぜか口にできず、レオナルドは立ち去り、お茶会は終わった。
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