転生王子はあくまでも楽したい~面倒事はごめん被ります~

りーさん

文字の大きさ
7 / 25
第一章 あくまでも働きたくない

6. 魔法使いの塔 2

しおりを挟む
 ドアをくぐると広い空間が広がっている。足元のカーペットはふかふかしていて、テーブルやソファ、ベッドまである。

「あの……ここってもしかして」
「僕の研究室。そこのソファに座っていいよ」
「転移陣と繋がってるんですか!?」

 てっきり、全員が共有で使う廊下とかに繋がっていると思っていたから、僕は理解が追いつかない。
 頭にはてなマークを浮かべていると、ロロナがクスリと笑って説明してくれる。

「魔塔主の部屋だけですよ。最上階には魔塔主の部屋しかないので、転移陣と直接繋げているんです」
「でも、それだと侵入者がいたりすると危険なのでは?」

 転移陣と研究室を隔てるのは木製のドア一つだけ。階段なら足音とかで気づくかもしれないけど、もし転移陣で一瞬で登ってこられたらヤバイんじゃ……

「大丈夫だよ。普段は魔法陣の一部を消して使えないようにしてるから、事前に約束をつけた人しか来られないようになってるんだ。窓も侵入防止の魔法を何重にもかけてるし」

 僕は、一階にあった中央が空白だった魔法陣を思い出す。普段は不完全な状態で使えないというのなら大丈夫なのかな。
 でも、それなら普段から兄さんは窓から出入りしてることになるんですけど……事故とか起こったらどうするんだろう?

「それで、魔道具について聞きたいんでしょ?座って話そっか」
「あっ、はい」

 僕はクローディル兄さんの後についていき、兄さんの向かい側に座って説明する。

「お茶を熱いまま飲めるティーポットが作りたいんですよ」
「熱いままね……いつもはぬるいの?」
「僕の私室から厨房が離れてるので。毒味なども終わらせてからなので余計に」

 兄さんには関係ないだろうけどね、この研究室にコンロを設置すればいいだけなんだから。

「というかさ、それって魔法でお湯を出せばいいんじゃない?」

 クローディル兄さんのいう通り、一番簡単な解決方法はそれだ。
 でも、それではダメなのだ。

「だって、それだとメアリーたちのお茶が飲めないじゃないですか。だから魔道具がいいんです」

 僕はただ熱いだけのお茶を飲みたいわけではない。温かくておいしいお茶を飲みたいのだ。
 それに、お茶は水の種類や温度によって淹れ方や味が変わるほどに繊細なもの。魔力で生み出したお湯なんてどんな味がするかわかったものではない。

 そもそもメアリーたちがお湯を生み出せないというのもある。

 魔法は一定以上の魔力がなければ使うことはできず、魔力の有無は血筋で決まる。
 僕が習った歴史によると、原始の魔法使いと呼ばれる存在の子孫しか魔法は使えないそうだ。以前は魔法の力を貴族が独占していたものの、戦争の際に兵力を増やすために平民の間にも子どもを作るようになり、その血は広く行き渡った。
 だからこそ、誰しも魔法使いとなれる可能性を秘めており、平民でも魔法使いになることはありふれてはいなくても、極端に珍しいことではない。
 だけど、やはり貴族のほうが魔法使いの出生率は高い。
 両親に強い魔力がある場合は子どもも強い魔力を持つ可能性は当然高まるし、平民に魔力の強い子どもがいれば養子にすることもあり、再び貴族が魔法の力を手中に収めようとしつつあるのが今の現状。

 そんなわけなので、メアリーたちのような使用人は魔法を使えないことが多い。使える人もいるといえばいるんだけど、コップ一杯程度の水を出すとかそれくらいのもので、とてもティーポットを満たせる量のお湯を作り出すのは不可能である。

「なら、冷めないように高い温度を保てばいいんだね。できると思うよ」
「本当ですか!?」

 おお、ちょっと希望が見えてきた。クローディル兄さんは普段はあるがままに生きていて適当な感じだけど、冗談や嘘をいう性格ではない。
 兄さんができるといったならできるのだろう。

「どうするんですか?」
「保温の術式をティーポットに施せばいいと思う。母上の温室にも使われてるよ」
「ああ、あのガラス張りの」

 僕たちの母であるルクレツィア王妃の趣味は園芸である。そんな母のために父である国王が贈ったのがガラス張りの温室である。
 見た目は一軒家のようだけど、中は植物にとって快適な温度を一年中保っている温室である。

 母上は自然の環境で育てるのが好きだから、いわゆる狂い咲きなどはさせないみたいだけどね。

 僕も母上に誘われて見に行ったことがあるけど、暑いから早く出たいという気持ちのほうが強かったな。

「どうするんですか?」
「風の魔力石を使って、熱をティーポットの中で循環するようにするの」

 クローディル兄さんは紙とペンを用意すると、さらさらの何かを描いていく。それは、ここに来る時に使った転移陣と似たような模様だ。
 おそらくは魔法陣なんだろうけど、どこが何を意味しているのか何一つわからない。

「じゃあ、これで作ってみるから、三日後に取りに来てくれる?」
「はい、ありがとうございます」

 アドバイスをもらうだけのつもりでいたので、作るのは誰かに任せようかと思ったけど、作ってくれるというのならありがたくもらっておこう。

「じゃあ、ロロナ。アレクを送ってあげて。僕はちょっと仮眠を取るから、しばらくは誰も入らないように伝えておいて」
「かしこまりました」

 ロロナの返事を聞いて、クローディル兄さんはあくびをしながらベッドのほうに向かっていく。

 なんか、僕とメアリーみたいな関係だな。魔塔に出入りしている以上はロロナは魔法師団の団員なんだろうけど、ここではクローディル兄さんの世話係も兼任しているのかもしれない。

「アレクシス殿下、参りましょうか」
「はい」

 ロロナの手を取り、クローディル兄さんの研究室から出て、転移陣で一階へと移動すると、メアリーが出迎えてくれる。

「お話は済みましたか?」
「うん、三日後にまた来てだって。予定開けといてね」
「かしこまりました」

 そのままメアリーと一緒に出ていこうとするも、ロロナは僕の手を離してくれない。これはまさか。

「出るときも触れている必要があるの?」
「はい、安全のためにもそのほうがよろしいかと」

 安全のためということは、出るときは触れる必要はないのか。制限があるのは入るときだけと。もう少しセキュリティを強化すべきではないだろうか。

「おや、ヒーストン殿ではありませんか」

 男性と思われる声が響く。声が聞こえるほうを見ると、そこには黒髪に紫の瞳のお兄さんがいた。年齢はクリストフ兄さんと同じくらいだろうか。

「お久しぶりです、ウェアルノフ公爵」

 ロロナが深々と頭を下げる。どうやら、ヒーストンというのはロロナの家名のようだ。

 ウェアルノフ公爵……あの噂の御仁か。

 僕がじっと見ていると公爵と目が合い、公爵はその場に跪いた。

「気がつかず失礼いたしました。アルフォンス・ロキシー・ウェアルノフが第四王子殿下にご挨拶申し上げます」
「……アレクシス・ラーカディア・スピネル。そんなにかしこまらないで、楽にしていいよ」

 僕が許可を出すと、公爵は「失礼いたします」といって立ち上がる。
 この様子を見るに、ウェアルノフ公爵の噂は誇張されたものというわけではなさそうだ。

 ウェアルノフ公爵家の当主であるアルフォンス・ロキシー・ウェアルノフはその美しさから『つききみ』呼ばれており、貴族令嬢からクリストフ兄さんと並んで絶大な人気を誇る。
 ちなみにクリストフ兄さんが『太陽の君』なので、おそらくは対になる呼び方にしたんだろうなと愚考している。

 話を戻して、そんな公爵は人柄もよく、仕事もできるために、国王である父上からの信用も厚く、この国の宰相の地位を任されている。
 使用人たちも公爵に声をかけてもらったとか、公爵が笑いかけてくれたとよくきゃあきゃあしながら話してるから、評判がいいのは間違いないだろう。

 だけど……僕の直感が告げている。こいつは危険だ。
 深く関わらないうちに離れたほうがいい。

「公爵は何をしに魔塔へ?」

 離れたほうがいいと思った瞬間にロロナが公爵に話しかけた。
 おい、クローディル兄さんの命令を無視して公爵と談笑しようとするなっての。

「注文していた魔道具を受け取りに参りました。私を案内してくださった魔法使いにここで待つように言われましたので」
「そうなのですか。一体どのようなーー」
「ロロナ」

 僕は彼女の言葉を途中で遮る。ロロナだけでなくメアリーも驚いているみたいだけど、今は取り繕っている余裕はない。

「兄上に僕を送るように言われたのに、いつまで公爵と話しているつもり?早く部屋に戻りたいんだけど」

 僕の指摘にロロナは顔を青くして頭を下げる。僕の言葉の意味を理解したのだろう。
 ロロナの今の行動は、王子の命令より公爵を優先したと取られてしまう。それは王子よりも公爵のほうが上だと示しているも同然だ。それを王族である僕の前でやったんだから顔を青くするのは当然といえる。

「も、申し訳ございません!すぐにお送りいたします!」

 ロロナは公爵に軽く一礼をした後、再び塔の入り口へと歩みを進める。
 後ろを振り返ると、公爵がこちらを見ていた。その視線は、明らかに僕に向けられたものである。
 僕は、静かに視線をそらし、魔塔から出ていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。 異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。 チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!? “真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

処理中です...