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第二章 学園生活の始まり
106.
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パーティーの翌日。私は約束していた通りカイエンのお菓子を堪能していた。
夢中で頬張る私に、カイエンは呆れた視線を向けてくる。
「よく食べますね」
「甘いものはいくらでも食べられるでしょ?」
「いえ、私には限度があります」
そう言いつつも、スローペースではありながらお茶と一緒にお城で出されたお菓子を食べている。
「カイエン。聞きたいことがあるんだけど」
私が話を切り出すと、カイエンはお菓子に手を伸ばしながら「何でしょう?」と聞いてくる。
「伯爵夫人のことを母と呼ばなかったのはなんで?」
カイエンの体が硬直する。私は少し戸惑いながらも言葉を続けた。
「伯爵のことは父と言って、ルージアのことは姉と言ってたのに、どうしてかなと思って」
カイエンの表情が強ばっていく。私は、決してカイエンから目をそらすことはしなかった。
カイエンは観念からかはぁとため息をついて理由を話してくれた。
「私の母親は伯爵夫人ではないので」
「それって……」
どういうことと続けようとしたところで気がついた。
この国は一夫多妻制であり、ほとんどの貴族は婚姻関係の妻が複数存在する。位によって第一夫人や第二夫人と呼ばれることはあっても、全員が夫人であることは変わりなく、それはフォークマー伯爵家も同じ。
だけど、例外がある。それは、婚姻関係を結んでいない女性……いわば、妾と呼ばれる存在であり、身分や立場などで婚姻関係を結ぶことができない相手を妾とすることが多い。
母親が伯爵夫人ではないというのは、そういう意味だろう。
お父さまは政略的なものがほとんどだし、恋愛にうつつを抜かしたりはしないから妾はいないけど、貴族だと決して少なくはないそうだ。
「ルージアの当たりが強いのってそういうこと?」
「まぁ……そうなりますね」
側近だから踏み込んでもいいかと思って聞いたけど、早速後悔し始めている。
「ですので、私にはミドルネームは存在しません。当主候補として認められていないので」
そう言われて、私はカイエンのフルネームを思いだしハッとなる。
カイエンの名前は、カイエン・フォークマー。
ルージアの名前は、ルージア・リナ・フォークマー。
この国の法律では、ミドルネームは貴族だけが持ち、ミドルネームを持つ者だけが当主となることができる。
当主と当主候補によってミドルネームも異なり、王族……つまり国王ならばミドルネームはヴォル。国王候補である王位継承権所有者はミドルネームはヴィラとなる。
私も継承権は最下位ながら持っているのでヴィラのミドルネームがあります。
貴族の場合は当主がロア、当主候補がリナ。
なんでこんなミドルネームが使われるようになったかというと、名付けの問題があったためだ。
昔は名前は長ければ長いほど身分が高かったため、たくさんの名前をつけることがあったんだけど、それで自分よりも高位な人の子どもと名前が被ってしまったり、庶子は短い名前をつけられることが多かったんだけど、それでも父親が上級貴族だったりすると、下級貴族の嫡子よりも名前が長くなっちゃったり……などのトラブルがあったりしたので、ミドルネームで立場を決めるようになったらしい。
それに伴い、名前もどんどん短くなってきたのだ。お陰で昔の人物の名前は長すぎて覚えられない。
私、よく歴史の試験合格できたなと思うくらいには覚えられない。
「手を出してくるのはルージアだけですよ。他はいないものとして扱ってくるのでましなほうです」
「ルージア以外にもいるの?」
「兄が二人と姉がもう一人。全員が学園に通っています」
「そうなんだ」
パーティーではそれっぽい存在は見かけなかったけど……お互いに関わらないようにしてるのかな。
貴族の兄弟は大体がこんな感じなんだろう。家督を争う関係だしね。私の兄姉たちも、私がいない時は仲が悪そうだってライが言ってたし、私もその片鱗くらいは見たことあるし。
しかも、王さまになりたがっている感じはしないから、単純に性格が合わないだけの可能性が高そうっていうね。
私がふとカイエンの様子を伺うと、あまり浮かない顔をしている。
やっぱり話したくなかったのかなと思うと、罪悪感が強い。
「あまり聞かれたくなかった……?」
「話していて気分のいいものではありませんね」
それって、いいのか悪いのかどっち?
カイエンって、どっちつかずな言い回しばかりするから本心が読み取りにくいんだよね。
「……その目は何ですか?」
「ちゃんと話してほしいって目だけど」
「話したでしょう?」
そういうことじゃないんだけどなぁ……。まぁ、今はいっか。
「じゃあ、他にもいろいろ聞こうかな~?」
「……他とは?」
「だって、ほとんど知らないから。カイエンのこと」
カイエンのことは、フォークマー伯爵令息、魔法が火、水、風、地の四属性。認定試験は座学で満点という対外的なことしか知らないんだよね。
今の会話でカイエンが妾の子ってのはわかったけど、それも知ってる人は知っている対外的なものだろう。
でも、どうせならもっと単純なことも。
「好きな食べ物とか、趣味とか、将来の夢とか。知りたいことはいっぱいあるから、教えてほしいなって」
主と側近という関係になった以上は、これからもずっと関わっていくことになるのだ。そんな相手のプロフィールを知らないなど言語道断。
カイエンは珍しくぽかんとしていたけど、ふっと笑って言った。
「我が君のお望みでしたら」
「ありがとう!カイエンも私のこと知りたかったら聞いていいからね」
「いえ、それは結構です」
「なんで!?」
側近なら私のことも知ろうとせんかい!
むすっとした態度で不満げなことをアピールするも、カイエンは澄まし顔のまま。
「アナスタシアさまの嗜好に関する情報は秘匿されているでしょう?」
「それはちゃんとわかってるよ」
そんなミスをしたことがバレたら、そのことを教えてくれたヴィオレーヌお姉さまになんて言われるかわかったものではない。
あの人を怒らせたら普通に怖いもん。
「アナスタシアさまがお話しされるときは、きちんとお聞きしますから」
「……そっか」
つまりは、私から話すまで待つってことね。私のことを聞き出そうとはしないってことかな。
「じゃあ、とりあえずお互いの好きなものでも……」
「話聞いてました?」
カイエンの冷たいツッコミが飛んできた。
夢中で頬張る私に、カイエンは呆れた視線を向けてくる。
「よく食べますね」
「甘いものはいくらでも食べられるでしょ?」
「いえ、私には限度があります」
そう言いつつも、スローペースではありながらお茶と一緒にお城で出されたお菓子を食べている。
「カイエン。聞きたいことがあるんだけど」
私が話を切り出すと、カイエンはお菓子に手を伸ばしながら「何でしょう?」と聞いてくる。
「伯爵夫人のことを母と呼ばなかったのはなんで?」
カイエンの体が硬直する。私は少し戸惑いながらも言葉を続けた。
「伯爵のことは父と言って、ルージアのことは姉と言ってたのに、どうしてかなと思って」
カイエンの表情が強ばっていく。私は、決してカイエンから目をそらすことはしなかった。
カイエンは観念からかはぁとため息をついて理由を話してくれた。
「私の母親は伯爵夫人ではないので」
「それって……」
どういうことと続けようとしたところで気がついた。
この国は一夫多妻制であり、ほとんどの貴族は婚姻関係の妻が複数存在する。位によって第一夫人や第二夫人と呼ばれることはあっても、全員が夫人であることは変わりなく、それはフォークマー伯爵家も同じ。
だけど、例外がある。それは、婚姻関係を結んでいない女性……いわば、妾と呼ばれる存在であり、身分や立場などで婚姻関係を結ぶことができない相手を妾とすることが多い。
母親が伯爵夫人ではないというのは、そういう意味だろう。
お父さまは政略的なものがほとんどだし、恋愛にうつつを抜かしたりはしないから妾はいないけど、貴族だと決して少なくはないそうだ。
「ルージアの当たりが強いのってそういうこと?」
「まぁ……そうなりますね」
側近だから踏み込んでもいいかと思って聞いたけど、早速後悔し始めている。
「ですので、私にはミドルネームは存在しません。当主候補として認められていないので」
そう言われて、私はカイエンのフルネームを思いだしハッとなる。
カイエンの名前は、カイエン・フォークマー。
ルージアの名前は、ルージア・リナ・フォークマー。
この国の法律では、ミドルネームは貴族だけが持ち、ミドルネームを持つ者だけが当主となることができる。
当主と当主候補によってミドルネームも異なり、王族……つまり国王ならばミドルネームはヴォル。国王候補である王位継承権所有者はミドルネームはヴィラとなる。
私も継承権は最下位ながら持っているのでヴィラのミドルネームがあります。
貴族の場合は当主がロア、当主候補がリナ。
なんでこんなミドルネームが使われるようになったかというと、名付けの問題があったためだ。
昔は名前は長ければ長いほど身分が高かったため、たくさんの名前をつけることがあったんだけど、それで自分よりも高位な人の子どもと名前が被ってしまったり、庶子は短い名前をつけられることが多かったんだけど、それでも父親が上級貴族だったりすると、下級貴族の嫡子よりも名前が長くなっちゃったり……などのトラブルがあったりしたので、ミドルネームで立場を決めるようになったらしい。
それに伴い、名前もどんどん短くなってきたのだ。お陰で昔の人物の名前は長すぎて覚えられない。
私、よく歴史の試験合格できたなと思うくらいには覚えられない。
「手を出してくるのはルージアだけですよ。他はいないものとして扱ってくるのでましなほうです」
「ルージア以外にもいるの?」
「兄が二人と姉がもう一人。全員が学園に通っています」
「そうなんだ」
パーティーではそれっぽい存在は見かけなかったけど……お互いに関わらないようにしてるのかな。
貴族の兄弟は大体がこんな感じなんだろう。家督を争う関係だしね。私の兄姉たちも、私がいない時は仲が悪そうだってライが言ってたし、私もその片鱗くらいは見たことあるし。
しかも、王さまになりたがっている感じはしないから、単純に性格が合わないだけの可能性が高そうっていうね。
私がふとカイエンの様子を伺うと、あまり浮かない顔をしている。
やっぱり話したくなかったのかなと思うと、罪悪感が強い。
「あまり聞かれたくなかった……?」
「話していて気分のいいものではありませんね」
それって、いいのか悪いのかどっち?
カイエンって、どっちつかずな言い回しばかりするから本心が読み取りにくいんだよね。
「……その目は何ですか?」
「ちゃんと話してほしいって目だけど」
「話したでしょう?」
そういうことじゃないんだけどなぁ……。まぁ、今はいっか。
「じゃあ、他にもいろいろ聞こうかな~?」
「……他とは?」
「だって、ほとんど知らないから。カイエンのこと」
カイエンのことは、フォークマー伯爵令息、魔法が火、水、風、地の四属性。認定試験は座学で満点という対外的なことしか知らないんだよね。
今の会話でカイエンが妾の子ってのはわかったけど、それも知ってる人は知っている対外的なものだろう。
でも、どうせならもっと単純なことも。
「好きな食べ物とか、趣味とか、将来の夢とか。知りたいことはいっぱいあるから、教えてほしいなって」
主と側近という関係になった以上は、これからもずっと関わっていくことになるのだ。そんな相手のプロフィールを知らないなど言語道断。
カイエンは珍しくぽかんとしていたけど、ふっと笑って言った。
「我が君のお望みでしたら」
「ありがとう!カイエンも私のこと知りたかったら聞いていいからね」
「いえ、それは結構です」
「なんで!?」
側近なら私のことも知ろうとせんかい!
むすっとした態度で不満げなことをアピールするも、カイエンは澄まし顔のまま。
「アナスタシアさまの嗜好に関する情報は秘匿されているでしょう?」
「それはちゃんとわかってるよ」
そんなミスをしたことがバレたら、そのことを教えてくれたヴィオレーヌお姉さまになんて言われるかわかったものではない。
あの人を怒らせたら普通に怖いもん。
「アナスタシアさまがお話しされるときは、きちんとお聞きしますから」
「……そっか」
つまりは、私から話すまで待つってことね。私のことを聞き出そうとはしないってことかな。
「じゃあ、とりあえずお互いの好きなものでも……」
「話聞いてました?」
カイエンの冷たいツッコミが飛んできた。
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