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1巻
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しおりを挟むプロローグ 記憶の断片
目が覚めると、私はなぜか白い空間にいた。
なんでここにいるのか思い出そうとしたけど、心当たりがない。
もしかしてこれって、ファンタジーあるあるの謎の白い空間!?
ということは、この後は神さまが出てきて謝罪か頼み事をされて──
「そこまで理解されてると怖いんだけど」
突然女性の声が聞こえた。
へっ? と驚いて声のするほうを見ると、そこにはきれいな女性が立っていた。
「あの……あなたは?」
「私はリルディナーツ。一応、神さまというものをやっているわ」
「一応……?」
神さまだというなら、もっと誇らしくしててもいい気がするのに、なんで嫌々というような言い方なんだろう?
「安奈。あなたをここに呼んだのは私よ。私たちが管理している世界に行ってもらうためにね」
「あなたが……って、なんで私の名前を知ってるんですか!」
私、自己紹介なんてしてないよね!? というか、これが初めましてだよね!? もしかして、私が忘れているだけでどこかで会ってたり……?
「初めましてよ。私は神さまだもの。あなたの名前くらい把握しているわ」
あっ、そうですか。うん、神さまだもんね、そうだよね。
神さまが、「考えることを放棄したわね……」とか言ってるけど、仕方ないじゃん。いきなりこんな急展開にはついていけないよ。
というか、もしかして私の考えてること、ばれてる?
「神さまだからね」
「あっ、そうですか」
ずいぶんと適当ですね。
いや、違うな。適当というか……なんか、ふて腐れてない?
「ふて腐れもするわよ! 兄神のアルゲナーツが役目を放棄してありとあらゆる惑星を飛び回っているせいで、こっちに皺寄せが来るんだもの! 疲れがたまって仕方ないわ!」
神さまも大変なんですね……サボる人は嫌だよなぁ。
「とにかく。あなたには、世界を救うために、いわゆる異世界転生というのをしてもらうわ。そして、手伝ってもらいたいことがあるの」
「手伝ってもらいたいこと……?」
ファンタジーオタクとしては、異世界転生は大歓迎だ。仕事は激務だったし、友人や家族とも疎遠だったから、元の世界に未練はない。だけど、その手伝いの内容が気になる。
「転生先の世界……アルケルイスには、ある問題があるの」
「な、なんですか……?」
ごくり、と息を呑む。
「神器よ」
「神器……?」
私は、神話にある三種の神器や、マンガに出てくるチート武器をいろいろと思い浮かべる。
私の考えを読んだのか、リルディナーツさまは、「話が早いわね」と頷いた。
「私たちは何万年もの間、世界のバランスを保つため、アルケルイスに生きる者たちに様々な力を与えてきたわ。魔力や神器もその一つなの」
「神器は、どういう時に与えられるんですか?」
「神器の能力によって様々だけど、主に生物が滅ぶ、または激減する危険性がある時よ。例えば、流行り病とか災害とかね」
私は、説明を聞いて納得する。
よく読んでいたマンガでも、流行り病とか大災害とかを、チート武器でさらっと解決するシーンがあったな。異世界でもそういうことに使われるんだ。
「その神器はね、持ち主が死ねば、自動的に私たち神のもとに戻ることになってるんだけど……」
「……だけど?」
「何か未練があるのか、一部は下界に留まったまま、戻ってこないのよ」
「ええっ!? それって大変なんじゃないですか!?」
神器というのは、どのお話においても、とてつもないパワーを秘めているチートなものばかりだ。
それが人間たちの住む世界に置きっぱなしなんて、いいことではないに決まってる。
予想通り、リルディナーツさまは、こくりと頷いた。
「神器が地上に留まっているだけでも影響を与えてしまう。それに、本来持ち主以外は神器を使えないのだけど、持ち主が死んでしまうと、誰でも使えるようになってしまうのよね……」
想像以上にやばかったよ。
誰でも使えるってことは、当然、悪人とかが使うこともあるわけで……神器を持った悪人なんて、それこそ神さまくらいしか対処ができないよ!
「それを、あなたに回収してもらいたいのよね」
「ええーーー!?」
◇◇◇
「ムリに決まってるでしょー!」
私は、ガバッと勢いよく起き上がる。
無意識のうちに叫んでしまっていたみたいだ。
「なんか、変な夢を見たような……?」
神様となんか会話? 取引? したような気がするけど、その内容がまったく思い出せない。あんなに叫んだのに、なんでまったく覚えてないんだ。
もしかして、前世にまつわる話だろうか? と思うものの、靄がかかったように思い出せない。
しばらくして、ズキズキと頭も痛み出したので、私はまたベッドに横たわった。
私は前世の記憶を持つ、いわゆる転生者だ。
異世界に生まれ変わっていると気づいた時には、そこはいつもの部屋の風景ではなかった。
無駄にひっろーいお部屋だけど、なんにもない! ベッド、服をしまうクローゼット、床に敷いてあるラグ。それ以外は、なんにもない! 文明の利器に慣れてしまった現代人には辛かったな。
毛布にくるまって、先ほどの夢を思い出そうと奮闘していると、ノックの音が響いた。
「アナスタシアさま。急に叫ばないでください」
文句を言いながら入ってきたのは、離宮の使用人。私の身の回りのお世話をしてくれている人だ。
私はけっこういいところのお姫さまである。いい身分に転生したなと喜んだのもつかの間、置かれている状況はよろしくない。
ここの使用人は、二つの派閥に別れている。私を雑に扱う者か、私によくしてくれる者か。
そしてこの人は、私を雑に扱っている者の筆頭だ。さまをつけて呼んでくれてはいるけど、視線はすごく冷たい。お世話も、めんどくさいと思っているのがあからさまだ。
「無駄にシーツに皺をつけて……あまり手間をかけさせないでください。洗濯するのは私たちなのです」
ほら。敬語なのに、尊敬している気配が欠片もない。
「しゅ、しゅみましぇん……」
呂律がまったく回りませんなぁと思いながらベッドからどく。すると、彼女は皺がついたシーツを奪い取るように外して踵を返し、バタンと大きな音を立ててドアを閉めた。
せめて、ドアは優しく閉めてほしかった。
一人になったところで、先ほどの続きを。
まず、前世はまったく……というほどではないけど、あまり覚えていない。覚えているのは、現代知識と、自分が女だったこと、ファンタジーなゲームや小説、マンガが好きだったこと、なんか神さまと取引したような気がすることくらい。
だからこそ、さっきの意味深な夢は前世の記憶の続きだったのかなって思ってる。
そして、今の私は、アナスタシアという名前のお姫さま。七人兄弟の末っ子だ。
お姫さまなのに、なんでこんな雑な扱いを受けているかというと、私がポンコツだから。
容姿はそれなりにきれいだけど、両親や兄姉たちと比べたら霞んでしまうし、この世界での権力の象徴といわれる魔力の量もカスだ。持っていないも同然。
精一杯踏ん張って、ろうそく程度の火を出す魔法が使えるくらいで、使ったら使ったで、魔力切れで倒れてしまうほどのしょぼさだ。
そんな私は、家族に妹として扱ってもらってはいるけど、露骨に可愛がられたりはしない。
まぁ、当然だよね。だって、家族である前に国王さまにお妃さま、王子さまにお姫さまだ。魔力がないお姫さまなんて、扱いに困ってしまうのだろう。
こう言っちゃなんだけど、ある意味差別をしないと、臣下に示しというものがつかないのだし、私の身も危うくなりかねないのだ。
例えば、私がお父さまのお気に入りに認定される。
すると、私は国王の寵愛を受けている王女ということになり、他のお兄さまやお姉さまよりも立場が上になってしまう。国王という最強の後ろ盾ができるし、血筋に問題はないからだ。
そうなると、当然ながら出てくるのが、私を支持する派閥。私に気に入られて、甘い汁を啜ろうする人たちだ。
その人たちが増長すれば、今の王太子を廃して私を女王にしようとするかもしれない。
だけど、私が万が一にも女王さまになろうものなら、困る人たちも当然いるわけで。そうなると、なんとか阻止しようと私を害する輩が出てくるのは自然な流れでありまして。
そうなっても、ポンコツ姫じゃあ、自衛の手段がないわけだ。
そんなだから、家族──特にお父さまは私を表立って可愛がるわけにはいかないのである。
王に目をかけられている子というのは、それだけで大きな脅威になってしまう世界なのだ。
言い方は悪いけど、私を放置していれば、わざわざ狙おうとすることもないだろうという考えらしい。
実際、家族が会いに来ていた時はよく狙われていたみたいだし。
護衛でもつけろよと言われるかもしれないけど、こんなポンコツ姫を命をかけてまで守りたいという人は少ないのです。優秀な兄姉が多いから、末っ子ぐらい別に死んでもよくね? 的な人がほとんど。
真剣に守れないのなら、護衛の意味がありませんもんね。
だから、私は離宮にて隔離されています。
一時期は廃嫡の話も出ていたらしいけど、それを拒否したお父さまは、私を王位継承権最下位にした上で離宮に隔離することで、頭の固いお方を納得? させたのです。
そんなわけで、家族のスペックが高すぎた結果、末っ子姫は放置気味になりましたとさ。
その結果、私のようなポンコツ王女に気に入られる必要もないし、嫌われても何の問題もないと思っている使用人や侍女たちは、私に対する態度を変えたというわけだ。特に、そういう権力関係に敏感な貴族のお家柄の人たちはね。
まぁ、今の私の現状はこんな感じですかね。
それを踏まえて先ほどの夢のことだけど……なんか会話した覚えがあるし、やっぱり取引なのかなぁ?
神さまとの取引なんだから、何か世界に関わる重要な使命が……ないな、多分。
どうせ、『生きてるだけでかまわないよ~』的な感じだね、きっと。
ポンコツの私に何を任せるというのか。
重要な使命とかがないなら、異世界を楽しく生きてみよう。
せっかくなら、使用人から一目置かれる程度には兄姉たちと仲よくするのを目標に、頑張ってみますか!
第一章 ポンコツ姫の環境改善
決意早々に、私は憂鬱な気持ちになっている。
原因は、目の前の人だ。
「では、アナスタシア姫さま。本日は歴史ですよ」
「ゆ、ゆっくりでおねがいしましゅ……」
憂鬱なのは、授業の時間だから。
私は、勉強が嫌いである。でも、お姫さまとして生まれたからには、勉強もしなければならないのだ。放置されているお姫さまだから勉強も免除なんて都合よくはいかなかった。
担当者はリカルド先生。見たまんまのインテリメガネって感じの人。メガネがよくお似合いのダンディなおじさまである。
この人は嫌いではない。教え方もわかりやすいし、私を差別しないから。まぁ、差別しないからこそ、お姫さまである私にもビシバシ厳しい指導をするのですが。
「そんな顔をされずとも、そこまで詰め込むようなことはしません。本日学ぶのは、アナスタシアさまも受けることとなる少年・少女式についてですから」
「しょーねん・しょーじょしき?」
まったく聞いたことがない言葉が出てきて首を傾げる。
「男性の場合は少年式、女性の場合は少女式となるため、合わせて少年・少女式と呼ばれています。どちらも、六つになる年の始めに行われるものです。その日まで生きられたことを、神に感謝する習わしが元となっています」
なるほど、七五三みたいなものか。それが、この国では六歳だけに行われるみたいだね。
……六歳か。なら、私の兄姉たちだと──
「じゃあ今年は、シルヴェルスおにーしゃまがおこなったのでしゅか?」
シルヴェルスお兄さまは今年六歳になった王子だ。
「そうです。ちなみに、貴族と平民の式は分けて行われます」
「どんなふうにおこなわれるのでしゅか?」
「基本的には平民も貴族も同じです。まずは、神官に祝福をもらい、その次に、魔力を女神像に捧げます。その際に、神からあるものを下賜されます」
「……かし? なにを?」
意味は知っている。偉い人が何かくれること。名誉だったり、物だったり。
でも、神からもらうってどういうこと?
「人によって様々です。技能を授かった者もいれば、魔力を授かった者もいます。稀に、神器を授かる者もいますね。何も授からなかったという人は聞いたことがありませんので、アナスタシア姫さまも何かは授かるかと思います」
「ぎのう、まりょく、じんぎ……あぐ!」
神器という言葉を聞いた瞬間、なぜか私の脳内にノイズが走った。そして、ズキズキと頭が痛む。
何か、何か引っかかる。このズキズキする感覚は、神さまや夢のことを思い出そうとした時と同じ感覚だ。
もしかして、何か関係がある? 神さまと、神器と、前世の私。
どこかに繋がりがあるの? あの夢は、それと関係しているの?
「……さま。アナスタシア姫さま!」
名前を呼ばれてはっとなる。
私が顔を上げると、リカルド先生が心配そうに覗き込んでいた。
「どこかお体に優れないところがありますか。それならば授業は中断しましょう」
「はい。ありがとうごじゃいましゅ」
頭痛が続いていて、さすがにこれ以上勉強を続けるのは難しいと悟った私は、リカルド先生のお言葉に甘えて授業を中断し、私室に戻った。
寝室へ入った私は、ベッドに座る。
「やっぱり、引っかかるなぁ……」
神器。これは、絶対に私と何か関係している。
もしかしたら、私が少女式を迎えた時にもらうのはこれだと示唆している? ……いや、さすがにそれは考えすぎ?
そんな風に考え込んでいると、ノックの音が聞こえた。
「アナスタシアさま。ザーラです。入ってもよろしいでしょうか」
「どうじょ」
私がそう言うと、一人の侍女──ザーラさんが入ってくる。フルネームは、ザーラ・ミドラー。
ザーラさんは、私によくしてくれる侍女の一人だ。わからないことがあると、いつも教えてくれるし、私が頼んだことも、嫌がる素振りすら見せずにやってくれる優しい人。
「どうしたのでしゅか?」
「アナスタシアさまのご気分がどこか優れないご様子でしたので、何か飲み物でもと」
ありゃりゃ。見られちゃってたか。
「たいしたことはないでしゅ。ちょっとあたまがいたいだけでしゅから」
やっぱりたどたどしくなってしまう。
中身が中身だから、ちょっと恥ずかしいんだよね。
それにしてもなんか静かだなと思ってザーラさんのほうを見ると、顔を真っ青にしている。
「ご病気ではないでしょうか。今、侍医を……」
侍医って、お医者さんのことだよね!? ちょっと大げさだよ! 頭痛だけだし、転生前の記憶を思い出そうとした時の副反応みたいなものだろうから!
私は今にも出ていきそうなザーラさんの服を掴む。
「寝てればだいじょーぶでしゅ!」
「で、ですが……」
「だいじょーぶでしゅ。だから、おいしゃさまじゃなくて、ザーラしゃんのこもりうた聞きたいな」
「……わかりました」
まだ納得してはいないような表情だけど、とりあえずお医者さんを呼ぶのは止めてくれたようだ。
ザーラさんはお布団を被った私をそっと撫でた。
「静かな夜が来たら 白き花は揺れる 荒れた夜が来れば 赤き花咲き誇る」
ザーラさんの歌っている子守唄。
これは、この王国に広く伝わっているもので、知らない人はいないと言われているらしい。
なんかの神話を題材にしているらしいけど、詳しいことは知らない。
「お日さまが起きたら お花を摘もう 美しい白い花」
もう終盤に差し掛かると、私も目がとろんとしてくる。
「今日はおやすみ 星の加護で素敵な夢を」
最後のワンフレーズの言葉が小さく耳に入った頃には、私はすーすーと眠っていた。
◇◇◇
妙な夢? らしきものを見てから三日。今日は、家族の皆でお食事会!
国王であるお父さまが召集をかけたのです。皆の時間ができると開かれる不定期なミニイベントです。
普段はシンプルな服なんだけど、夜にはオシャレなドレスにお着替えする予定です。
なんかね、予算がないとか言って、そういう服しかくれないんだよね。私も一日中オシャレなドレスなんて着たくないからいいんだけど。
そして、お食事会なんだけど、朝とお昼は、お父さまのお仕事が忙しいから、夜になるんだよね。
そんなわけで、夜まで時間があるので、お外でのんびりしたい。部屋でじっとしてるのは落ち着かないし。
お水を持ってきてくれた使用人さんに外に行きたいと訴えたら、私によくしてくれる侍女たち総出で私をラフな格好に着替えさせてくれた。ドレスというよりは、華やかなワンピースみたいな見た目だ。
ザーラさんによると、『アナスタシアさまは飾りが少ないのをよく選ばれますし、よく走り回られますから』と購入してくれたものだった。
そして、使用人たちは私がお庭に出るというのをお父さまに報告するためどこかに消えた。
そんなわけで、誰もついてきていない。私が勝手に外に出たから。待っているように言われたけど、大人が常に側にいるのはどうも落ち着かないんだよね。
どうせなら、思いっきり駆け回ってみよう! せっかく一人なのだから!
「わー!」
走り回っていると、お城の庭園が見えてきた。せっかくなのでお花でも摘もうかと私がしゃがみこんで花に触れた瞬間、ザッザッと草を踏みしめる足音が聞こえる。
お花摘みをやめて、そちらに視線を向けると、一人の男の子が仁王立ちしていた。後ろにはお付きの人らしき男性もいる。
「お前、何をしている?」
私がしゃがんでいるから当然なのかもしれないけど、見下した目でこちらを見ている。
「お花ちゅみしてたの! おにーしゃまもやりゅ?」
話しかけてきたのは、ハイスペックな家族の一人。長男のエルクトお兄さまだ。
私より十歳年上の十三歳で、黒髪に王族の象徴である金色の瞳。
学園の中等部に通っているそうだけど、よく家で見かける。
私はというと、うっすーい茶髪に、黒い瞳というなんとも地味~な姿をしています。まぁ、前世よりは顔が整っているけど。
私のお母さまは金髪碧眼の美人。お父さまは、ダークブラウンの髪に、エルクトお兄さまと同じ金色の瞳だ。
はい、私は両親の要素が一ミリも入っていません! まぁ、髪色はお父さまと同じ……とまでは言わなくても、近い感じだけど、黒目はなんなんだろうね? 瞳の色も、よほどじゃなければ遺伝のはずなんだけどなぁ?
あっ、エルクトお兄さまの髪色はアリリシアさまというお妃さま譲りだよ。王家だからか、お妃さまも何人かいるんだよね。
話を戻しまして、この人は何のスペックが高いのかというと、顔面偏差値、身分はもちろん高いのですが、文武両道なのです。
私も噂に聞いた程度なのだけど、火炎魔法と剣の腕が非常に高くて、学園では負けなしなのだとか。すごいね~。
兄弟では、一番強いとの噂だ。まぁ、総合力では一番というだけで、状況によっては負けることもあるくらいにはほとんど力の差はないらしいけど。
でも、間違いなく私は勝てない。
「……この後は食事会だろう。ドレスを汚してどうするんだ」
お兄さまがさっと私の格好を見た後に、怪訝な目をしながらそう言うので、私は胸を張って言う。
「これは普段着なので、だいじょうぶでしゅ」
「だとしても、使用人の仕事を増やすことになるだろう」
「後で自分で洗いましゅ!」
「洗濯は使用人の仕事だ。それを奪ってはならない」
「だって、やりゃないもん」
私だって、人のお仕事をとるような悪女じゃありませんよ。でも、離宮の使用人がやらないんだから、私が動かないといけないの。
私が私的なことを頼んでも、忙しいのでできませんって断られるんだよね。押しきってまでやらせたいとは思わないから。
お兄さまはというと、怪訝な表情のまま静かに問いかけてくる。
「……使用人が仕事をしていないとでも言うのか?」
「う~ん……しょうじゃないけど……」
仕事していないとは言いきれないので、少し歯切れが悪くなってしまう。だって、サボっているわけではないのだ。
ちゃんとお部屋を整えてくれるし、服も着替えさせてくれるし、食事の用意だってしてくれる。
ただ、私への態度が悪いだけなのだ。
めんどくさいと思っていながらも、なんだかんだやっている。それを、仕事していないというのは違うのではないだろうか。
態度が悪いのは問題かもしれないけど、私に危害を加えているわけでもないし、悪口を言っているわけでもない。
別にへっぽこだからって、表向きには笑われたりもしていない。冷たくツーンと仕事しているだけ。例えるならロボットみたいな感じ。
使用人たちからしてみれば、尊敬できるような王女や王子に仕えるつもりでここに来ただろうに、割り当てられたのはへっぽこ姫。納得いかないのは自然と言えるだろう。プライドの高い貴族の血筋の侍女は余計にだ。
なので、私によくしてくれているのは、王家に忠誠心のある家の出身か、平民くらいなんだよね。
「……そうか。なら、あまり歩き回るようなことはするな」
それだけ言うと、エルクトお兄さまは満足したのか、またどこかに行ってしまった。
結局、何がしたかったんだろう?
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