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第二章 神殿の少女達
第55話 頼みと探り
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「入るよ」
クラウドは、ドアをノックして、中にいる人物に声をかける。
「どうぞ」
部屋の主は、訪ねてきた人物を招き入れた。
「ナルミス神官。不便はないか?」
ナルミスは、自分を神官と呼んでくるクラウドに笑みを向ける。
「今の私は名ばかりですよ。ただのナルミスです。それよりも、ティルはどうしていますか?」
「ティレツィア嬢も、元気に過ごしている。健康になるまであまり出歩かせないようにはしているが」
ティレツィアは、ずっと地下に監禁されていたからか、お世辞にも健康状態が良いとは言えなかった。
そんな状態で走り回ったり、邪気の中にいたりしたので、健康状態が良くなるまで、部屋で休んでいる。当の本人は、部屋から出してもらえないので、少し不満にしているが、心配をかけないためにナルミスには話さなかった。
「それで、なぜここに訪ねて来られたのでしょう?」
「少し頼み事があるんだ」
(律儀な人だな)
自分は、客扱いのような待遇を受けているとは言え、立場としては捕虜のようなものだ。ティレツィアが外に出られないのも、健康状態の危惧というのもあるが、どちらかというとそれは表向き。
本当は、保険でナルミスが逃げるような事がないようにするためだ。
ナルミスも、それは薄々感じている。だから、ダグラスがやったように、自分に命令すれば良いのに、“頼み事”ととして話してくるクラウドに、少し好感を持った。
「カオルから聞いたが、君はカオルが聖女と邪龍の娘だという事を知っているんだろう?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
クラウドもカオルの秘密を知っていた事に驚きつつも、そこは聞かずに、目的を訪ねる。
「では、聖女が王女だというのは?」
クラウドの言葉に、さっきよりも驚いた。
「いえ、知りません」
「知っている可能性があるものは?」
「……司教でしょうね。あの人は、幼少の頃、ラクエルシェンドにいたそうですので、父親の影響で、王女の顔を知っていてもおかしくはないでしょう」
ダグラスの父親は大司教だった。そのため、王族と顔を合わせる機会も多かった。それについていっていたとしたら、ダグラスが知っていてもおかしくないという考えだ。
「それで、本来はレティア神から聞いた事だけれど、僕から聞いた事にしてほしいというのが頼みですか?」
今までの情報を組み合わせて考えた答えがこれだった。ナルミスは、カオルがレティア神と会話出来る事を知っている。
そして、聖女が王女だという事実。わざわざ知っている人物を聞いてきた事から、レティア神と会話出来る事を伏せて、自分から聞いた事にしてほしいのかと考えたのだ。
「そうだ。これ以上、カオルに重い肩書きを背負わせたくはない。聖女の娘よりも、王女の娘の方が、まだ肩書きとしては軽い」
情報を隠していても、いずれはどこからか漏れる。公爵として社交界や仕事に携わってきたクラウドだから分かる事だ。
どうせ漏れてしまうなら、一番軽い肩書きになるような情報を自分から漏らして、他の肩書きに気づかせないようにしようというのが狙いだ。
レティア神と会話出来る事、聖女の娘、邪龍の娘、王女の娘の中では、王女の娘が一番マシなのだ。
「承知しました。私は構いませんよ。ダグラスが尋問されたらバレそうなので、噂話を聞いた事にしましょうか」
「その線で行くか。それなら、あくまでも噂に留められる」
真実と、真実の噂。同じようで、全然違う。真実ならば、貴族はその情報を利用しようとする。確定要素であるためだ。だが、あくまで噂の範囲内であれば、間違っていた場合のリスクも考えなければならない。
たとえば、ラクエルシェンドと取引して、カオルを引き渡した時、王女の娘という噂が嘘だった場合。
この国からは準貴族を他国に売り渡した犯罪者として。ラクエルシェンドからは王族を謀った犯罪者として扱われる事になる。それは、あまりにリスクが大きすぎる。
そのため、噂に留めておけば、真実とするよりは身の危険が減るのだ。
「そういえば、一つ聞きたいのですが」
「何だ?」
話を終えて、帰ろうとしたクラウドをナルミスが呼び止める。
何を話すつもりなのかとクラウドは疑問に思った。
「あの時、気を失っていたカオル様を連れてきた少年がいましたよね?」
「そうだな」
クラウドがセレスティーナと共に神殿に入ってカオルを探していた時。神官に連れられたナルミスと合流していた。
そして、ナルミスから話を聞いたクラウドは、すぐに地下に向かおうとしたが、目の前に黒い霧のようなものを纏いながら、一人の少年が現れた。その側には、カオルが浮いていた。
「お前らの連れだろ?」
そう言って、少年は浮いているカオルを操り、クラウドに渡した。
「カオルさんに何があったのですか!」
過呼吸気味で、意識がないカオルを見て、セレスティーナが声を荒らげる。
「邪気に当てられて気を失ったみたいだ。見つけた時にはその状態だったからな」
その発言に、クラウドは何かが引っかかったような気がしたが、カオルの事を優先し、連れ帰った。
それがカオルが気を失っている間の事の顛末だった。
「それで、疑問に思ったのですが、なぜ彼はカオル様が邪気に当てられた事を知っていたのでしょうか?」
「───っ!」
言われてみればそうだとクラウドも感じた。自分が感じていた違和感はこれだったのだと。通常は、邪気や瘴気などが目に見える事はない。カオルは、それを感じ取れるが、それは非常に稀有な存在だ。
「彼は……何かあるんだろうな」
「カオル様は知っていそうですが、教えてはくれなさそうですよね」
もし、彼が邪気に何か関係しているとしたら、すでにカオルに口止めしている可能性が高い。カオルは、約束などはきっちりと守るタイプなので、もし口止めされていたら、教えてはくれないだろう。
「では、それとなく聞いてみる事にしよう」
「よろしくお願いします。カオル様に害がなければ良いのですが、そうとは言いきれませんからね」
「そうだな」
クラウドは、部屋から出ていった。一人残されたナルミスの部屋に、ドアがバタンと閉まる音が響いた。
クラウドは、ドアをノックして、中にいる人物に声をかける。
「どうぞ」
部屋の主は、訪ねてきた人物を招き入れた。
「ナルミス神官。不便はないか?」
ナルミスは、自分を神官と呼んでくるクラウドに笑みを向ける。
「今の私は名ばかりですよ。ただのナルミスです。それよりも、ティルはどうしていますか?」
「ティレツィア嬢も、元気に過ごしている。健康になるまであまり出歩かせないようにはしているが」
ティレツィアは、ずっと地下に監禁されていたからか、お世辞にも健康状態が良いとは言えなかった。
そんな状態で走り回ったり、邪気の中にいたりしたので、健康状態が良くなるまで、部屋で休んでいる。当の本人は、部屋から出してもらえないので、少し不満にしているが、心配をかけないためにナルミスには話さなかった。
「それで、なぜここに訪ねて来られたのでしょう?」
「少し頼み事があるんだ」
(律儀な人だな)
自分は、客扱いのような待遇を受けているとは言え、立場としては捕虜のようなものだ。ティレツィアが外に出られないのも、健康状態の危惧というのもあるが、どちらかというとそれは表向き。
本当は、保険でナルミスが逃げるような事がないようにするためだ。
ナルミスも、それは薄々感じている。だから、ダグラスがやったように、自分に命令すれば良いのに、“頼み事”ととして話してくるクラウドに、少し好感を持った。
「カオルから聞いたが、君はカオルが聖女と邪龍の娘だという事を知っているんだろう?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
クラウドもカオルの秘密を知っていた事に驚きつつも、そこは聞かずに、目的を訪ねる。
「では、聖女が王女だというのは?」
クラウドの言葉に、さっきよりも驚いた。
「いえ、知りません」
「知っている可能性があるものは?」
「……司教でしょうね。あの人は、幼少の頃、ラクエルシェンドにいたそうですので、父親の影響で、王女の顔を知っていてもおかしくはないでしょう」
ダグラスの父親は大司教だった。そのため、王族と顔を合わせる機会も多かった。それについていっていたとしたら、ダグラスが知っていてもおかしくないという考えだ。
「それで、本来はレティア神から聞いた事だけれど、僕から聞いた事にしてほしいというのが頼みですか?」
今までの情報を組み合わせて考えた答えがこれだった。ナルミスは、カオルがレティア神と会話出来る事を知っている。
そして、聖女が王女だという事実。わざわざ知っている人物を聞いてきた事から、レティア神と会話出来る事を伏せて、自分から聞いた事にしてほしいのかと考えたのだ。
「そうだ。これ以上、カオルに重い肩書きを背負わせたくはない。聖女の娘よりも、王女の娘の方が、まだ肩書きとしては軽い」
情報を隠していても、いずれはどこからか漏れる。公爵として社交界や仕事に携わってきたクラウドだから分かる事だ。
どうせ漏れてしまうなら、一番軽い肩書きになるような情報を自分から漏らして、他の肩書きに気づかせないようにしようというのが狙いだ。
レティア神と会話出来る事、聖女の娘、邪龍の娘、王女の娘の中では、王女の娘が一番マシなのだ。
「承知しました。私は構いませんよ。ダグラスが尋問されたらバレそうなので、噂話を聞いた事にしましょうか」
「その線で行くか。それなら、あくまでも噂に留められる」
真実と、真実の噂。同じようで、全然違う。真実ならば、貴族はその情報を利用しようとする。確定要素であるためだ。だが、あくまで噂の範囲内であれば、間違っていた場合のリスクも考えなければならない。
たとえば、ラクエルシェンドと取引して、カオルを引き渡した時、王女の娘という噂が嘘だった場合。
この国からは準貴族を他国に売り渡した犯罪者として。ラクエルシェンドからは王族を謀った犯罪者として扱われる事になる。それは、あまりにリスクが大きすぎる。
そのため、噂に留めておけば、真実とするよりは身の危険が減るのだ。
「そういえば、一つ聞きたいのですが」
「何だ?」
話を終えて、帰ろうとしたクラウドをナルミスが呼び止める。
何を話すつもりなのかとクラウドは疑問に思った。
「あの時、気を失っていたカオル様を連れてきた少年がいましたよね?」
「そうだな」
クラウドがセレスティーナと共に神殿に入ってカオルを探していた時。神官に連れられたナルミスと合流していた。
そして、ナルミスから話を聞いたクラウドは、すぐに地下に向かおうとしたが、目の前に黒い霧のようなものを纏いながら、一人の少年が現れた。その側には、カオルが浮いていた。
「お前らの連れだろ?」
そう言って、少年は浮いているカオルを操り、クラウドに渡した。
「カオルさんに何があったのですか!」
過呼吸気味で、意識がないカオルを見て、セレスティーナが声を荒らげる。
「邪気に当てられて気を失ったみたいだ。見つけた時にはその状態だったからな」
その発言に、クラウドは何かが引っかかったような気がしたが、カオルの事を優先し、連れ帰った。
それがカオルが気を失っている間の事の顛末だった。
「それで、疑問に思ったのですが、なぜ彼はカオル様が邪気に当てられた事を知っていたのでしょうか?」
「───っ!」
言われてみればそうだとクラウドも感じた。自分が感じていた違和感はこれだったのだと。通常は、邪気や瘴気などが目に見える事はない。カオルは、それを感じ取れるが、それは非常に稀有な存在だ。
「彼は……何かあるんだろうな」
「カオル様は知っていそうですが、教えてはくれなさそうですよね」
もし、彼が邪気に何か関係しているとしたら、すでにカオルに口止めしている可能性が高い。カオルは、約束などはきっちりと守るタイプなので、もし口止めされていたら、教えてはくれないだろう。
「では、それとなく聞いてみる事にしよう」
「よろしくお願いします。カオル様に害がなければ良いのですが、そうとは言いきれませんからね」
「そうだな」
クラウドは、部屋から出ていった。一人残されたナルミスの部屋に、ドアがバタンと閉まる音が響いた。
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