上 下
10 / 21

10 (レーラ視点)

しおりを挟む
 奥様とジルスタ様についてきたレーラは、目を見開いている。

(……なに……これ)

 目の前に、信じられないような光景が映っている。
 レーラが公爵家に使用人として働くようになってから、3年は経過している。
 公爵家当主である旦那様は、若くして騎士団長まで登り詰めた腕の持ち主。自分に護身術の心得をつけさせてくれると、鍛練の相手もしていた。だからこそ、規格外の力というのは見慣れていたはずだった。
 でも、目の前の光景は、規格外なんて言葉では片づけられない。

「ねーさま!はい!」
「やるわね~……。はい!」

 字面だけを見れば、普通にキャッチボールをしているだけにしか見えないだろう。でも、奥様の弟君であるジルスタ様は、3メートルはあるであろう高さを跳躍して、残像を追うのがやっとというくらいの豪速球を投げ、奥様はそれを生身で受け止めるという、そんな言葉には似合わない光景が広がっている。
 そして、そんな高さから跳躍をして着地したというのに、怪我なんてしていなさそうに見える。
 奥様も、跳び跳ねたりはしなかったが、先ほどのジルスタ様が投げたボールよりも速いスピードで投げている。それを、ジルスタ様はキャッチしようとしたけど、手を滑らせて、ボールが外れてしまい、ほとんどその勢いのまま、後ろのほうに生えていた木にぶつかる。

ーーバキッ!!

 そんな音が響いたかと思えば、大きな音をたてながら、その木が崩れ去った。

(ええぇえええぇぇえええ!!?)

 そんな風に叫んでしまいたかったが、レーラのわずかに残っていた侍女としてのプライドにより、心の中に押し留まった。
 叫んでしまいたくなるのは当然だ。その木は、ジルスタ様からでも、明らかに50メートルは離れており、ボールは投げた直後は威力があっても、だんだんと、高度とともに落ちていくもののはずなのに、高さも変わらず、平行に飛んでいって、木にぶつかって、折れてしまったのだ。

「木が折れると言ったのは、事実でしたか……」

 隣にいたシアンさんが、そのように呟いていて、レーラは詰め寄った。

「折れるってどういうことですか!?奥様がそのようなことを言っていたのですか!?」
「落ち着きなさい。そのようなことは言っていました。ですので、ここでお遊びいただくように宣言したのですが……」

 その続きは、言いにくかったのか言わなかった。
 だが、レーラにはその続きがなんとなくわかった。

(意味がなかったってことか……)

 もちろん、普通に庭で遊ばせるよりも、この裏庭のほうが、被害は少ないだろう。
 客が来たりはしないので、見栄えをよくする必要もなく、飾りなんかもいらない。植物だって、遠くに的用の木が何本か植えてあるだけ。でも、被害が出ないわけではない。
 現に、奥様が木を折っている。
 でも、もうちょっと手心というものを加えてほしい。この後に、後始末をするのは、使用人である我々なのだから。

「ねーさま~!ちゃんとねらってよ~!」
「ごめんごめん!今度はちゃんと狙うから!」

 当の本人たちは、こちらの心境など露しらず、木が折れたことなんて気にも止めずに、ジルスタ様が文句を言って、奥様は謝っている。

「そんなねーさまには……こうだ!」
「あっと!」

 ジルスタ様は、ボールを先ほどよりも豪速球で投げる。
 奥様は、それを平然と受け止めた。また投げ返して、外して、どこかの木が、さっきの木の二の舞になるのかと思っていたら、奥様が慌て出している。

「わ、わ、わわ!」

 そんな慌てた声を出しながら、奥様が宙に浮かぶ。

(あれは……念動力テレキネシス!?)

 噂に聞いたことがあった。風魔法の浮遊レビテーションに似たような無属性魔法の存在を。
 宙に浮かぶというのは、単純でいて、とても便利なものだ。宙に浮かべない相手を、一方的に攻撃できるのだから。それなのに、それができる無属性魔法が無能というような扱いを受けているのは、魔力の消費量が莫大だからに過ぎない。
 風魔法の浮遊レビテーションは、風を起こし、その風の力で浮き上がらせるだけ。風は、自分の意志か、障害物にぶつからない限り、消えることはない。つまりは、風を起こせるだけの魔力があれば、なんの問題もない。
 だが、無属性魔法の念動力テレキネシスは違う。魔力で、動かしたいものを覆う必要がある。いわば、魔力で膜を張り続ける必要があるので、常に魔力を消費し続ける。重さや数によって、消費する魔力量も違う。重いものほど、数が多いほど、消費量は増える。
 成人した大人くらいの重さならば、一般人でも普通は10秒でも浮かせられればいいというレベルらしい。風魔法は、ほぼ無制限に浮かせられるというのに。
 そして、ーー奥様から聞いた話ではーー4歳児だというジルスタ様は、こんな考え事をしている間に、もう20秒くらいは浮遊させている。この時点で、一般人の魔力量よりも、格段に多いということがわかる。

「ちょっと!目が回るじゃないの!」

 そう言って、奥様は自分の前を手刀で切る動作をする。
 すると、さっきまで好き勝手飛ばされていた奥様が地面に落ちて着地した。

「シアンさん……。奥様の一家って、どんな一家なのですか?」
「……ユールフェース男爵家。アリジェント王家の血筋だそうです。末端の末端だそうですが……かなりの強さですね」

 それを聞いて、妙に納得してしまった。そして、奥様が公爵夫人に選ばれた理由も。
 末端の末端。それなのに、これほどの無属性魔法を使える。国王陛下は、他国に流れるのを恐れたに違いない。旦那様は、国王に忠誠を誓っているから、王家から何かしらの指示があって、奥様を妻に迎えたのだろう。
 政略結婚の手本のようなお二人。できれば、仲良くしていただきたいけど……似た者同士な感じなので、同族嫌悪などになりかねない。

「ちょっと!キャッチボールじゃなくなってきてるわよ!」

(意外とできるかもね)

 ボールから逃げ惑っている奥様を見て、レーラは小さく微笑みながらそう感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

転生後モブ令嬢になりました、もう一度やり直したいです

月兎
恋愛
次こそ上手く逃げ切ろう 思い出したのは転生前の日本人として、呑気に適当に過ごしていた自分 そして今いる世界はゲームの中の、攻略対象レオンの婚約者イリアーナ 悪役令嬢?いいえ ヒロインが攻略対象を決める前に亡くなって、その後シナリオが進んでいく悪役令嬢どころか噛ませ役にもなれてないじゃん… というモブ令嬢になってました それでも何とかこの状況から逃れたいです タイトルかませ役からモブ令嬢に変更いたしました ******************************** 初めて投稿いたします 内容はありきたりで、ご都合主義な所、文が稚拙な所多々あると思います それでも呼んでくださる方がいたら嬉しいなと思います 最後まで書き終えれるよう頑張ります よろしくお願いします。 念のためR18にしておりましたが、R15でも大丈夫かなと思い変更いたしました R18はまだ別で指定して書こうかなと思います

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...