これが『契約』だとおっしゃったのはあなたです!~貧乏令嬢は、夫の愛は望まない~

りーさん

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5 (公爵視点)

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 時間は少しだけ戻り、マルクスが公爵家を後にし、城で執務をしているころ。

「ふぅ……」

 今日の午前の分までまとめてやっていたので、少し疲労がたまっている。
 普段はため息をつくことなどないのだが、いつも以上に忙しいので、思わずついてしまった。

(彼女は、うまく馴染めているだろうか……)

 思い浮かぶのは、毛色の違う令嬢。国王の命により、自分の妻となった者だ。
 マルクスにとっては、妻というのは、あくまでも自分と対等な女性ということでしかない。よほど問題がなければ、誰でもかまわなかった。
 なので、王命で結婚したとしても、マルクスは何も思わない。同居人が増えたというだけだ。
 それでも、同居人に向けるのと同じくらいの情は持っている。男爵家と公爵家では、家格に大きく差がある。隣国の王家の血を引くユールフェースだからこそ、許された。
 男爵位を取り上げられないのも、王家の血を引く者を、平民にはしておけないからだ。だからこそ、形式ばかりの小さな領地を与え、名ばかりの貴族として、この国での存続を許されていた。
 そうやって、十数年も暮らしてきていた場所から、いきなり環境が変わった。苦労しないはずがないだろう。

(それに、侍女長も気になる……)

 侍女長は、伯爵家の血筋であり、立場としては、フィリスと近い。
 うまくいけば、似たような境遇の者として、快く接することもできるだろう。だが、マルクスが懸念しているのは、もう一つの可能性。
 侍女長がフィリスを排除しようとする可能性だ。
 フィリスは、アリジェント王家の血を引くとはいえ、敵国の王家であり、そもそもは男爵家だ。由緒正しい伯爵家の縁者である侍女長が、見下したりする可能性もないとはいえない。
 マルクスが一緒にいたときは、普通に振る舞っていたが、自分がいたから、猫を被っていたという可能性もある。
 そうなれば、対処が難しいだろう。使用人の采配は、夫人の仕事だ。だが、夫人がいなかった今は、シアンがすべて取り仕切っている。
 シアンは、この契約のことを知っている、数少ない人物だ。そして、この契約に、反対していた人物でもある。
 敵国の王家の血を引く者を、公爵家に迎え入れると、いらぬいさかいを招く可能性が高いからだろう。だが、そのリスクも承知の上で、陛下の命に従った。今は理解してくれているが、納得はしていないかもしれない。
 そんなお飾りの公爵夫人に、彼がそう簡単に仕事を明け渡すとは思えない。彼は、すべての者に事務的に接することはするが、侍女長がフィリスを排除しようとしても、シアンが見て見ぬふりをする可能性は、ないとはいえない。
 シアンには、彼女が弟妹に会いたいと言ったら、迎えの手配をさせるように命じてはおいた。それに逆らうということは、マルクスの命令に逆らうということ。私には忠誠を誓ってくれている彼なら、その頼みを反故にすることはないだろうが、それでも不安は拭えない。
 特に、マルクスは今から出張で、二週間は帰らない。まだ結婚式をあげていない今では、お互いに傷がついたりもしないので、ますます都合がいいことだろう。

(まぁ、意外と何とかしそうではあるが)

 結婚する上で、軽く身辺調査はしていたが、フィリスは、活発な女性らしく、何事も前向きに取り組んでいることがわかった。私生活など、詳しいことは判明してはいないが、後ろ暗いことがないのは判明している。
 そんなフィリスなら、使用人との関係もなんとかしてしまいそうだった。
 シアンとも、信頼関係を簡単に築いてしまうような気がする。

(あんなに素直な彼女なら、シアンも拍子抜けするだろうからな)

 もしかしたら、もうしているかもしれない。
 あのシアンさえ味方に引き入れてしまえば、侍女長のことなど、どうにでもできてしまう。

(私にそれを望めばすぐだが……彼女はしなさそうだからな)

 フィリスを国に留めておくために、国王はできうる限りの望みを叶えよと命じられた。
 侍女長のせいで、フィリスが公爵家から出ていくかもしれないということになったら、王命を下してまで、侍女長を追い出させるだろう。
 それならば、最初から追い出せばいいという意見もあるだろうが、マルクスには、そんなことをする理由などなかった。
 気に入らないのであれば、早くシアンの信用を勝ち取って、仕事を与えてもらい、追い出せばいいだけのことだから。いちいち、こちらが手を回す必要性などはない。

(まぁ、影くらいはつけておくか……)

 誘拐や、暗殺などの可能性もあるにはあるので、フィリスにこっそり影をつけておくことにした。
 これなら、フィリスに何かあったとしても、すぐに知ることができる。
 マルクスは、そうと決まれば、すぐに影に知らせを出した。もちろん、堂々と出すわけにはいかないので、自分の使い魔に届けさせている。
 使い魔は、相手に届くまで、自分以外に姿は視認できないので、機密文書を届けたりするのに重宝している。
 それを警戒して、使い魔が立ち入れない場所もあるくらいだ。

「さて、そろそろ行くか」

 使い魔にお使いを頼んだ後は、マルクスは出張のために、城を後にした。
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