上 下
22 / 25

22. 魔物の棲む森 4

しおりを挟む
 わたくしは、養父さまとルーク、そして砦の騎士たちとともに、森の中へと入りました。
 まだ外の景色は見えており、日の光が入っているため明るいですが、これからだんだんと日は暮れてくるでしょうし、手がかりがなければ森の奥のほうにまで向かうかもしれません。
 それに、この森は魔物が出没します。人の手が入っていない森には、こちらが把握していない魔物がいないとは限りません。浅いところでも気を引き締めて行動します。

 養父さまも、ここが危険だという認識は充分にあるのでしょう。異変を報告するのはもちろんのこと、歩きが速いと感じたり、疲れが出たらすぐに言うこと、絶対に騎士たちよりも前にでないことを、森に入る前に、わたくしたちに何度も言い含めておりました。

「養父さま、行くあてはあるのですよね?」
「ああ、とりあえず罠の確認して、森を周回するつもりだ。疲れたら言うんだぞ」

 そう言って、養父さまは再び周囲の警戒を始めます。
 長い付き合いというわけでもありませんが、こんなに真剣な養父さまは初めて見ました。命の危険があるのですから、当然かもしれませんが、わたくしたちという護衛対象がいるのも理由なのでしょう。

 そう思考を飛ばしたことで、わたくしはあることをふと思いだし、ルークに小声で囁きました。

「ルーク。あのとき、何をおっしゃるつもりだったのですか?結局、聞けていないのですが……」

 あのときというのは、養父さまに呼び出される前にルークが何かを話そうとしたときです。

「……ここで聞くことか?」
「ここだからこそです」

 ここは、危険な森のなかです。不届き者がいたとて、そう簡単に盗み聞きできる場所ではありません。
 騎士たちのなかに内通者がいない可能性もなくはないでしょうが……この森では、わたくしたちの会話を気にしていては、自分の身が危険です。すべてを聞かれることはないでしょう。
 列に遅れないように気をつけてさえいれば大丈夫なはずですわ。

「……騒動のことを耳に挟んだとき、僕はそいつの行動を見張っていた。だが、そいつの人となりを見るに、公の場で騒動を起こすようには見えなかったから、学園で会った際に、あいつにそれを伝えたんだ」

 ルークも、小声で少しずつ話し出します。騎士たちは、こそこそと話すわたくしたちを不思議そうに見てはおりますが、耳を立てるような様子は見られません。
 ですが、聞かれることを想定しているのか、直接的な言葉遣いはせず、『そいつ』や『あいつ』とぼかしています。

「だが、あいつはただ笑うだけで反論したりも、同意したりもしなかった。そのときは変なやつとしか思わなかった」

 相変わらず、皇子に対してずいぶんと失礼な物言いですわね。
 それにしても、皇子はなぜルークにいろいろと情報を流すのでしょう?それも、大事なところをぼかして、わたくしに悪印象を抱かせているようなと思うのは、考えすぎでしょうか。
 わたくし、皇子とはまったくと言っていいほど面識がないのですが、どこかで興味を引いてしまったのでしょうか?

「だが、そのころからそいつが妙な動きを見せ始めてな。あれだけ僕に絡んでいたくせに、めっきりと姿を見せないばかりか、学園にも来ていないようなんだ」
「体調不良というわけではなくて……ですか?」
「ああ。父上からそんな話は聞いたことがないから、そうではないだろう」

 それは意外なことです。学園に来ないということは、授業に出席していないということです。
 ライル王国では、一定数以上の出席をしなければ、進級や卒業は認められませんでしたので、病気や怪我でもない限り休むことはなかったのですが、帝国は違うのでしょうか?
 それとも、公にしていないだけで体調不良だったりするのでしょうか?

 まだ判断材料が足りませんが、わたくしの騒動に皇室が絡んでいるらしいことを考えても、裏があるように思えますわね。

 ……いっそのこと、わたくしのほうから接触してみましょうか?皇室が主催するパーティーになら、姿を見せそうですし、そこで少しばかりお話しをーー

「先に言っておくが、あいつには関わらないほうがいい。無駄に体力を使うだけだ」
「……声に出ておりましたか?」
「顔に出ていた」

 なんと!ポーカーフェイスは鍛えていたほうなのですが、読み取られてしまうとは。
 これからルークの前で思考を飛ばすのはやめようかしら?

「止まれ!」

 大きめな声で、養父さまが制止をかけます。
 わたくしたちが指示通りに止まると、騎士たちはわたくしたちの周囲を取り囲みました。
 屈強な騎士たちに囲まれてしまい、周りの景色はほとんど見えません。

 ですが……妙な気配は感じます。この感じは……もしや。

「魔物か」
「そのようですわね」

 ルークも異様な気配に気づいたようで、周囲を警戒しています。
 この感覚は、魔物で間違いないでしょう。ライル王国ではほとんど見たことはありませんが、この妙な気配は、魔力特有のものです。

 魔術の行使には、自らの魔力を感知し、操る必要があります。隠蔽しているわけでもない魔力の気配は、魔術を行使する者たちはまず感知できるといって過言ではありません。
 わたくしの魔力は同年代に比べて強い部類に入るそうですし、なおさらというものかもしれません。

 ルークも、皇族の血を引く公爵家の嫡男なだけはあるようで、魔力には敏感なようです。

「数はそんなに多くなさそうだな」
「ええ。ですが、魔物は一匹だけでも、死人が出ることのある凶暴な生物ですから、油断はできません」

 養父さまたちは、そんなことはわかりきっているでしょうが。だからこそ、わたくしたちを守るように囲っているのでしょうし。

「来たぞ!陣形を崩さぬように対応しろ!」

 養父さまの言葉を合図に、騎士たちは方々に散りました。ですが、五人ほどは武器を構えるだけで、わたくしたちの側から離れようとしないので、護衛なのでしょう。
 ですが、囲っていた者の何名かが散ってくれたお陰で、周囲の状況は把握しやすくなりました。

 どうやら、ファグニルのようです。視界に入った限りでは、三匹のようですわね。
 ファグニルが三匹に対して、騎士は二十名ほどいるので、油断しなければ負けることはないと思われますが……魔物と戦ったことのない騎士ばかりでしょうし、楽観視はできません。

 ……わたくしも、何か援護をするべきでしょうか。武器は扱えませんが、攻撃魔術なら使えます。
 ですが、流れ弾が騎士たちに当たる可能性もありますし、攻撃魔術はやめたほうがいいでしょう。

 ならば、支援魔術を使うべきでしょうか。どちらにしても、無断で行動するわけにはいきません。せめて、養父さまの許可がほしいところですが……戦いの最中、集中を切らすわけにもいきませんものね。

「エリス、何を企んでる」
「企んでるとは失礼ですわね。わたくしは自分にできることを考えていたに過ぎませんわ」

 また顔に出ていたのでしょうか。ルークが疑いの目を向けてきます。
 なんとなく居たたまれなくて視線をそらすと、そちらのほうにいたファグニルと騎士たちの戦いが目に入りました。

 ファグニル一匹に対し、五人の騎士が対峙しているようです。全員で斬りかかっても問題なさそうではありますが、ファグニルに限らず、この森の魔物はあくまでも姿がわかっているだけのものがほとんどで、どのような行動をするのかわかっていない存在も多いです。出方を慎重にしているのでしょう。

 油断している様子もないですし、このまま行けばファグニルを退治できそうです。

 ですが……この妙な胸騒ぎは何なのでしょう。

 わたくしが騎士たちの体の隙間からファグニルを注意深く見ていると、体がゆらりと揺れたような気がいたしました。

 ……えっ?

 わたくしが突如として見えたものに呆然としていると、ついに一人の騎士が、首を落とそうと剣を振り下ろします。

 ですが、振りかざされた剣は、間違いなくファグニルの首を通ったはずなのに、ファグニルは何事もなかったかのように突進を続けました。
 剣を振り下ろした騎士も、訳がわからないといった様子で呆然としていました。

 周囲の騎士も何事かと狼狽えているような様子ですが、他の者が再び剣を振り下ろしますーーが、やはりすり抜けました。

「ルーク。ファグニルは体がすり抜けるような技など使いませんよね?」
「断定はできないが……でも、父上たちのほうのファグニルはそのような様子は見せていない」

 わたくしが養父さまのほうを見ると、ルークの言う通り、ファグニルは養父さまたちの武器を警戒しながら立ち回っているようで、斬りつけられたと思われる切り傷も見えます。
 なら、あのファグニルは一体何なのでしょう……?

 そう思って、じっと見ていたのがいけなかったのでしょう。ファグニルは視線を感じてか、わたくしのほうに目を向けました。
 そして、わたくしのほうに向かって突進してきました。

 騎士たちはこちらに向かってくるファグニルを斬りつけようとしますが、傷一つ負わせられる様子はありません。
 止めなくては、と思うもののどうしていいかわかりません。

「エリス!」

 こちらの異変に気づいたのか、養父さまが叫ぶ声が聞こえますが、そちらのほうに視線を向けている余裕はありません。
 ですが、名前を呼ばれたことで、いくらか冷静になれました。

 何もできないままではいけません。剣が効かないというのなら、魔術を試してみましょう。少しでもあのファグニルについての情報を増やすことが重要です。

 攻撃魔術は巻き込まれると危険ですし、防御系統の魔術が良いでしょう。

 わたくしはファグニルのほうに手をかざします。そして、周囲に魔力を広げていきます。

「展開ーーウォーレン」

 周囲に風が吹き荒れ、わたくしと側にいたルークを包み込みました。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

侯爵令嬢は限界です

まる
恋愛
「グラツィア・レピエトラ侯爵令嬢この場をもって婚約を破棄する!!」 何言ってんだこの馬鹿。 いけない。心の中とはいえ、常に淑女たるに相応しく物事を考え… 「貴女の様な傲慢な女は私に相応しくない!」 はい無理でーす! 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 サラッと読み流して楽しんで頂けたなら幸いです。 ※物語の背景はふんわりです。 読んで下さった方、しおり、お気に入り登録本当にありがとうございました!

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
 侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。  しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。  傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。  一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった───── ※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。 ※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...