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2. すでに解消済みですよ?

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 会場は、しばし沈黙します。
 その沈黙をいち早く破ったのは、ウィリアムでした。

「お前と私の婚約が解消されているだと!?でたらめを言うな!」
「いいえ、事実ですわ。一年ほど前に。むしろ、なぜウィリアムさまがご存じありませんの」

 そこが疑問です。
 確かに、両家立ち会いの元、婚約解消が行われたはず。その場にウィリアムはいませんでしたが、てっきり親から聞いているものだと思っていたのに。
 わたくしが公爵を見てみると、ただウィリアムを冷たく見ているだけでした。これは……何か裏がありそうですわね。

「エリス嬢とウィリアム殿の婚約解消については、私も把握している。だから言ったのだ。彼女には嫉妬する理由がないと」

 ユリウスさまは、正義感の強いお方。ユリウスさまは、静かにリリアナさまのほうを見ました。
 ええ、わたくしも、どちらかといえば彼女のほうに腹が立っております。

「で、ですが、確かに私は彼女から……」
「まさかとは思うが、虐げられたという話、リリアナ嬢の証言のみではあるまいな?」

 もう答えなどわかりきっているくせに、そう聞くところは、なにも変わっていないな、と思ってしまいます。
 ユリウスさまは、正義感の強いお方でありますから、こういう相手には冷たく接するのです。
 ですが、返ってきたのは、わたくしもユリウスさまも想像もしていない答えでした。

「いえ、物的証拠はありませんが、証言ならばリリアナ以外にも取れています!」
「……そうか」

 ユリウスさまは、これ以上聞き出そうとはせず、わたくしのほうを向いて命じました。

「……エリス嬢。すまないが、今日のところは屋敷に戻ってゆっくりしてくれ。父上には私から伝えておく」
「かしこまりました、殿下」

 わたくしは挨拶代わりのカーテシーをして、会場を後にしました。

◇◇◇

 馬車に乗り、屋敷に戻ってきたわたくしを、執事のアムルが出迎えてくれました。

「お嬢さま、もうお帰りですか」
「ええ。殿下からしばらくの謹慎を言い渡されたの」

 わたくしがそう言うと、アムルは驚愕します。何かの間違いなのでは、と思っているのでしょう。ですが、わたくしはおかしなことを言っているつもりはありません。
 ユリウスさまのゆっくりしてくれという言葉は、事の次第が収まるまで下手な行動はするなという意味。
 実質の謹慎です。下手な行動というのは、いわば屋敷から出るなと言われているも同然ですからね。

「なぜお嬢さまが謹慎などと……」
「そのことはお父さまにお話ししてからですわ。まだ仕事中かしら?」
「ええ……旦那さまは、王城で仕事をなさっているころかと……」
「では、呼び戻してちょうだい。あの方とお話がしたいということを伝えたら、すぐに戻るはずよ」
「かしこまりました」

 おそらく、アムルの脳内には、あの方とは誰だという疑問がよぎったでしょう。
 ですが、こんなことになってしまえば、もはや公での婚約破棄宣言では片づけられないのです。
 それは、わたくしの複雑な立場が関係しているのです。

◇◇◇

 しばらく、部屋で待機していると、扉をノックする音がしました。
 「どうぞ」と入室を促すと、一人の侍女が入ってきます。

「旦那さまがお戻りになりました」
「場所は?」
「私室におられます」
「すぐに向かうわ」

 わたくしは、軽く身だしなみを整え、お父さまのいる私室へと向かいます。
 形ばかりのノックをして、わたくしは入室します。

「急な呼び戻し失礼いたしましたわ。お父さま」
「いや、かまわん。あのようなことを伝言させるということは、よほどのことなのだろう」
「お父さまもある程度はお聞きしているでしょうから、理由のみお話しさせていただきます」

 わたくしは、先ほどの婚約破棄騒動を伝えました。
 話していくたびに、お父さまの眉間に皺が寄っていきます。

「愚か者だとは思っていたが、そこまでとは……」

 お父さまは、頭を抱えています。
 ウィリアムの愚かさに呆れているのと、城にいたのに騒動に気づかなかった自分を悔やんでいるのでしょう。

「そこで確認をしておきたいのですが、婚約は解消されておりますでしょう?」
「ああ、それは間違いない。陛下も立ち会われたのだからな」

 普通は、一介の貴族たちの婚約解消ごときに陛下が立ち会うことなどありません。ですが、それもわたくしの複雑な立場が影響しているのです。

「……それで、あの方と話したいということは、もう決めたのか」
「ええ。あの話はお受けしますわ。この国に留まっていても、互いに損しかないでしょう」

 あの話は、一年前にあの方から提案された話。
 返事は遅くなってもいいとのことでしたので、今まで保留にしていたのですが、受けるなら今でしょう。
 ですがお父さまは、少し悲しそうな表情を浮かべます。無理もありません。この話をお受けすれば、お父さまとは離れてしまい、もうこのように気軽に会うことなどできなくなるのですから。

「お前が決めたのならそうしよう。だが、この問題が片づくまでは私の側にいてくれ」
「ええ、もちろんですわ。わたくしはいつであってもお父さまの娘ですもの」

 わたくしたちは、最後になるかもしれない親子としての抱擁を交わしました。
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