異世界でもマイペースに行きます

りーさん

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第二章 初めての領地

30 今宵は赤い月が浮かぶ 2

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 自分の部屋に戻ったリオンティールは、床に座り、従魔であるラクの背中を撫でていた。
 ラクは、いつもとは違い、どこか息遣いが荒く、くたびれているように見えた。

「大丈夫なの?」
『う~ん……。なんか、体が熱いんだよね』

 リオンティールは、少し意識しながらラクの体に触れる。
 言われてみればというくらいだが、確かに体が熱いような気もした。

「魔力足りないとか?それか、風邪じゃない?」
『魔力は足りてるし、そもそも、魔力が足りないくらいで熱は出ないよ。それに、人間よりも魔物は体が頑丈だから、それもない。病気になるのも稀だし』
「あっ、なるにはなるんだ」

 半分冗談のつもりで言ったことだが、魔物も病気にはなるらしい。
 だが、魔物がかかる病気は知らず、ましてや、どんな症状が出るのかもわからないリオンティールは、原因を突き止めることができない。
 仮に、病気ではないとして、他にどんな理由があるのかも想像できなかった。

「なんか心当たりないの?」
『そんなものあったら、君に解決してもらってるよ』
「なんで僕に任せる前提なの」

 リオンティールも、自分は人でなしではないつもりでいる。ラクの体調が良くなるというのなら、自分にできる範囲でのことならやるつもりだった。
 だが、最初から頼る前提でいられると、ふいに協力する気が失せるのだから不思議だ。

『とにかく、心当たりはないよ』
「う~ん……。兄上たちなら何か知ってるのかなぁ?」
『そう思うなら、聞きに行けば?』
「いや~、今はちょっと……」

 多分、あのブラコンの兄姉たちのことだ。聞けば教えてくれるだろう。
 だが、リオンティールは二人のことを嫌っているも同然のようなことを言い、その空間にいたくないからと逃げてきたところだ。また戻れと言われて素直に頷いたりはできない。
 つまり、気まずいのだ。

(それに、忙しいかもしれないし)

 そもそも、リオンティールも領地に来ることになったのはなぜか?
 それは、スタンピードの危険があるためだ。
 スタンピードの前兆のようなものが現れており、自衛手段を持っていない(と思われている)リオンティールを、屋敷に一人で残すのは危険と判断され、手が届くところに連れてこられた。
 高い戦闘能力を持つ兄姉たちは、そのスタンピードの対応を共に行う可能性は極めて高いといえる。
 それなら、それぞれがどうやって動くかの作戦会議や、戦闘のための事前準備のようなものをしていたとしても、何もおかしな話ではない。
 それを邪魔するのはよろしくないことだ。

(……あれ?)

 その時、リオンティールはあることに気がついた。
 それは、スタンピードが近いこと。
 リオンティールが領地に連れてこられた理由でもあるので、当たり前のことなのだが、そのことについて、深く考えていなかった。
 スタンピードとはどんな現象なのか。それを、リオンティールは先ほど兄に聞いていた。
 スタンピードは、魔物が凶暴化し、赤い魔物という強力な魔物が生まれる現象のことだ。ここで引っかかるのは、前者の魔物が凶暴化するというところである。
 魔物の凶暴化は、何を意味するのか。そもそも、凶暴化とはどういう意味なのか。
 普通に考えれば、理性を失い暴走することだろ
う。ならば、なぜそんなことになってしまうのか。
 赤い月が浮かぶというだけで、理性が吹き飛んだりするのであれば、今ごろラクは暴れているはずだ。
 ラクだけではなく、家族が連れている従魔も暴れるだろう。というか、それならそもそも連れてこずに、どこかに隔離くらいはするはずだ。
 それならば、赤い月は、直接的に理性を失わせるのではなく、理性を失うのはあくまでも結果なのだろう。
 ならば、何をすれば理性を失うようなことが起きるのか。そこまではリオンティールもわからないが、ラクが苦しんでいることに、その答えが隠されているような気がした。

「ねぇ……赤い月って、君たちに何をするの?」
『……さぁ?あんまり覚えてないんだよね、赤い月の夜のこと。赤い月が視界に入ってからの記憶がないんだ』
「じゃあ、次の朝はどうなってたの?」
『気がついたら起き上がっていたから、寝てたんじゃないかなぁ?』

 リオンティールは、ますますわからなくなった。
 覚えていないのは、凶暴化していたことにより理性を失っていたから。寝ていたというのは、凶暴化したことにより、体力を使い果たしたからと説明がつくが、赤い月と凶暴化の因果関係がわからない。
 赤い月の何が、魔物を凶暴化させるのか。

(難しいことは苦手なんだけどなぁ)

 リオンティールは、その時その時を乗り越えていくタイプなので、あまり深く考え込むことはない。考えるだけ時間の無駄かもしれないし、わかったところで、何か役立ったりするわけでもないことがほとんどだからだ。
 だが、今回は違う。ラクは、従魔の前に、リオンティールにとっては、蓮の次に仲のいい友達のようなものだ。そんなラクが苦しんでいたのなら、それを解決するために、考え込んだりはする。
 必ずしも解決できるとは限らないのだが、それでも何か自分にできることがないかの手がかりを掴もうという意志はある。
 今のところ、掴めた手がかりは、赤い月と何か関係があるかもしれない程度だが。

「あぁ~!頭がパンクする……!」
『それなら無理して考えなくてもいいんだけど……。君に倒れられるほうが困るし』

 ずっと念で会話していたラクには、リオンティールの考えていることが筒抜けになっていた。
 普段のリオンティールと比べればいろいろと考えているほうだと感心しているところはあったが、それ以上に大丈夫なのかという心配が勝っていた。
 案の定、リオンティールは今にも溶けそうなくらいにくたびれている。先ほどまではラクのほうが辛そうな状況だったのに、わずかな間に、立場が逆転していた。

「それなら、最終手段しかないか……!」
『最終手段……?』

 意を決したような様子のリオンティールに、父親にでも聞いてくるのかと思いながらラクが首をかしげる。
 リオンティールは、溶けそうな体で立ち上がり、そのままある方向に歩きだし、バタンと倒れる。
 倒れた場所は、ベッドの上だった。

『寝るの!?』
「こういうときは寝るに限るものだよ~。じゃあ、おやすみ~……」

 そう言うと、数秒もしないうちに、ラクの耳にはリオンティールの寝息が聞こえてきた。

(おやすみ~じゃないんだけどなぁ……)

 ラクは、いつもと何も変わらないリオンティールを呆れた目で見ていた。
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