上 下
36 / 54
第三章 休みくらい好きにさせて

第18話 白梟 6

しおりを挟む
 レアがリリアンと別れたあと、領内の端のほうに向かっていた。リリアンが無意識に向かっていた場所とは正反対のほうだ。
 その道中で、背後から視線を感じる。

(レアが狙いなんかな~?)

 その視線の主は、リリアンと一緒にいたときに感じた視線の主と同じだろうということは容易に想像ができた。
 一般人と比べたら、気配を消すのがうまいだろうが、レアからしてみれば、素人がちょっとは使える新人になったくらいだ。大して違いはない。
 むしろ、気になるのは、自分が狙いだったことだ。自分が狙いなのかもしれないとは思っていたが、どちらかといえば、ご主人であるリリアンのほうだと思っていた。
 魔魂の主であるということ、今まで数々の『青の月』の計画を潰したことからも、狙われるには十分すぎるくらいの理由が揃っている。もしかしたら、リリアンのほうにも向かっているのかもしれないが、こちらも見張られているのは間違いない。

(……撒くのは簡単だけど、変に思われるかなぁ……)

 部下たちに散々なことを言われてはいるが、これでも白梟というエリート部隊の隊長だ。追っ手を撒くことは造作もないこと。だが、それは持ち前の身体能力をフルに使っての話だ。それも使わないでとなると、体格の関係上、逃げ切れるとは言い難かった。

(まぁ、どうでもいいや)

 変に思われたらそれでかまわないと、レアは追っ手を撒くことに決めた。
 30分後、ジグザグに曲がりながら走り、時には精神魔法の応用で姿をごまかして、なんとか振り切った。
 レアは、改めて目的の場所に向かう。

「誰も見てない……と」

 辺りを見回して、見られていないのを確認したあと、レアは裏手に回る。
 路地裏に入っていき、レアがお店の壁に触れて、魔力を通すと、壁は消え失せ、地下へと続く階段が現れる。レアがその階段を下り始めると、何もなかったかのように、レアの後ろに壁が出現する。
 先ほどまで明かりがついていなかったので、一瞬だけ暗闇が広がったが、壁が出現すると同時に、両壁に掛けてある明かりが灯る。階段をずっと下っていくと、目の前に扉が現れた。レアはそれを開けて、中に入る。
 そこには、すでに何人かの人物が集まっていた。

「おっまたせー!!」

 レアが元気よく声をかけると、全員がこちらのほうを向く。まるで、今気づきましたというような視線だが、扉が開く前に気づかれていたことは、レアもわかっている。

「遅かったな。何かあったか?」

 その中の一人の男……ルクトが話しかけてきた。

「おいかけっこしてたら遅くなっちゃって。みんないる~?」
「後はお前だけだったからな。お前が遅すぎて寝てた奴もいたが……」

 そう言葉を濁しながら、ルクトはある一点を見つめる。レアもそちらのほうを見てみると、すでにボロボロな姿の男がいる。見た目は、女に見えるような華奢な風貌をしているが、中身も立派な男だ。名前はアグニス。第二部隊副長だ。
 ボロボロな姿なのは、その隣にいる、まだ不機嫌そうなサリアのせいだろう。

「アギー。居眠りはよくないよ~?」

 空いていた椅子に座りながら、アグニスに声をかける。アグニスは、レアのほうをチラッと見て、あくびしながら言った。

「常習犯の君に言われたくないんだけど」
「なっ!レアがいつも居眠りしてるみたいに……!そんなことはないでしょ!?」

 レアが周りに同意を求めるような視線を向けるが、返事は返ってこず、視線をそらされた。それだけで、レアに肯定する存在はいないことが証明された。

「みんなしてなにさ!まるでレアが不真面目みたいに……」
「あんたが真面目だったころなんてないだろ」
「それは認めるけど……」
「あっ、認めるんですね」

 レアが無意識に呟いた言葉に、アイリスが反応する。
 心を読んでしまえば、いちいち発言を聞かなくても問題はないのだが、アイリスからすれば、危険な思考の持ち主の心など読みたくはない。以前に、それでお叱りを受けたからというのもあるが。

「のんびりマイペースがレアのモットーだからね~」

 ふにゃふにゃになりながら、レアはその場に顔を伏せる。
 それを、サリアは呆れた目で見ている。

「寝たいなら全部終わってからにしろ」
「えー……」
「えーじゃない!」
「はーい……」

 嫌々ながらも、サリアさんの言葉に従ったレアを見て、アイリスは一瞬だけ目を見開く。
 いつものレアなら、「勝手にやってて~」とでも言って、自分ファーストのところがあったのに、渋々とはいえ、サリアさんに従っていた。
 確実に、このロリデビルは変わってきている。それをやっているのは、おそらくはあのリリアンとかいうベルテルクのお嬢様。
 自分の中での主は、今でもあのお方だけだが、公爵からの命で、新たな主となった存在。
 貴族のお嬢様らしからない行動を取るかと思えば、とたんにその片鱗も覗かせる。
 すぐに面倒くさがる性格だが、かなりのお人好し。なんだかんだ理由をつけて助けてあげたりとか、協力してあげたりしている。しかも、それを本人はあまり自覚していないのが恐ろしいところだ。押しに弱い自覚はあるみたいだが。
 そして、そんなお嬢様は、すぐに周りをたらしこんでいる。あの婚約者のお坊っちゃんは、最初からあのお嬢様のことを異性として見ていたような感じだが、今はそれが少しではあるが、現れてきている。一番ひどいのが、友人のモニカとかいう女子生徒。あんなにも猛烈にアピールしているのに、本人はまったく自覚していない。
 冗談抜きで、あのお嬢様に恋愛的な意味の好意を向けていないのは、家族とあのロリデビル以外の白梟を除いたらソフィアとかいう娘だけじゃないだろうか。

「……うん?アイちゃん、どうしたん?」

 ずっと見ていたからか、あのロリデビルが自分のほうを向く。
 アイリスは、レアに優しげな笑みを向けて言った。

「いいえ。子どもらしくなられたなと思いまして」
「……喧嘩売ってる?アイちゃんはレアの本当の年齢を知ってるよね?」
「ええ。確か、ごひゃくーー」

 アイリスがレアの年齢を思い浮かべて、話そうとすると、すぐ横を何かが掠めていく。
 それがナイフだというのには、すぐに気がついた。アイリスがおそるおそるレアのほうに視線を向けると、殺気の籠った目でアイリスを見ているレアがいる。

「言えとは言ってないよ、アイちゃん。次は当てるからね?」
「す、すみません……」

 口調は普段と変わっていないが、声はかなり低くなっている。それを聞いて少し焦ったアイリスは、冷や汗を浮かべながらも、謝罪の言葉を口にした。
 これで改めて話し合いが行われるかと思ったが……

「へー。レアさんって、結構年増なんですね。サリアさんとアイリスだけかと思ってました」

 メイアが、さらに爆弾を投下する。それに反応したのは、レアではなく、サリアだった。

「お前は私をそんな風に思ってたのか」
「えっ……あっ!いや、違うんですよ!今のは言葉の綾というか、そういう意味で言ったんじゃないというか……」

 サリアの反応で、やっと自分が口を滑らしたということに気づいたメイアは、慌てて弁明をするが、時すでに遅しだった。

「私とメイアは席を外すから、会議が終わったら、概要を教えてくれ」
「はーい。いってらっしゃーい。レアはアイちゃんとお話しすることがあるから、教えてあげられないかもしんないけど……」

 サリアに手を振るレアに、アイリスが驚愕の表情を浮かべる。

「ちょ、ちょっと!?聞いてませんよ?」
「あー、だいじょーぶだいじょーぶ!会議が終わってからだから」
「それは何も大丈夫ではありません!」
「安心しろ、アイリス。墓石なら買ってやるから」
「いや、止めてくださいよアグニス!」

 サリアとメイアが立ち去り、残ったメンバーはよくわからない言い争いを繰り広げている。

(なんでこいつらが白梟になれたんだ?)

 そう思いながら、ルクトは冷めた視線で同僚達を見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。