無口令嬢は心眼王子に愛される

りーさん

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幼少期

17 真相に近づくセルネス

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 アドリアンネの部屋から出たとき、セルネスは王妃の元へと向かっていた。
 その道中で、王妃の後ろ姿を見かける。
 声をかけようとしたが、その前に王妃が誰かに声をかけた。
 それは、アドリアンネの母親であるフィオリア。
 そして、どういう経緯かまでは聞き取れなかったが、二人はどこかに行くみたいで、セルネスはいけないと頭の中ではわかっていながらも、こっそりと後をつけていく。
 そして、二人が部屋に入ったとき、聞き耳を立ててみた。

「あなたが病弱になった理由です」

 扉の向こうで、王妃がそう言っていた。
 あなたということは、聞かれているのはフィオリアだ。

(病弱なのは元からではなかったのか?)

 ワーズソウル伯爵夫人が病弱なのは周知の事実だった。
 だからこそ、もう子どもが産めないからと、分家から引き取った子どもがいたくらいだ。
 それなのに、最初から病弱だったわけではないという。

「代償……とだけ、言わせてください」

 フィオリアは、か細い声でそう言っていた。
 王妃の言葉を、否定はしなかった。

(代償?なんのだ?)

 代償に病弱になるだなんて、悪魔の契約でもないのだから、そんなことが起こるとは思えなかった。
 だが、実際に起きているからこそ、フィオリアは代償という言葉を口にしている。

「娘のほうは?倒れた理由に心当たりは?」
「ない……と言えば嘘になります。ですが、確信はありませんので、公表は控えたく」

 セルネスにとっては、この言葉が一番の衝撃だった。
 フィオリアは、娘であるアドリアンネが倒れた理由に心当たりがあるという。

(病弱が代償……そして、アドリアンネ嬢が倒れた……これは、何か繋がりがあるはずだ)

 散らばっている点と点が、もう少しで繋がりそう。
 セルネスは、そんな風に感じていた。
 だが、繋げるには、まだわからないことが多すぎる。
 そんな風に考え事をしていたから気づかなかった。今にも部屋から出てこようとしていた王妃の存在に。

「母上……」
「感心しませんね。王子ともあろう者が盗み聞きとは」

 パーティーのときにアドリアンネに向けていた表情とは違い、王妃らしい冷徹な視線を向けてくる。
 これを向けられたら、ほとんどの者は天敵に睨まれたように感じるに違いない。

(この子には隠しておきたかったのに……)

 だが、心が読めるセルネスは、まったくそんな思いは抱かなかった。

「母上……王妃殿下のパーティーでの言動が気になりましたもので」
「あらそう。でも、それは尾行をしてもいい理由にはなりませんよ」
「申し訳ありません」

 セルネスは、胸に手を当てて頭を下げる。
 敬意を表しながら謝罪するときに使う礼法だ。
 視線が下を向いているので、セルネスが心眼を使って王妃の顔を見ると、少し苦痛の表情を浮かべていた。

「何か辛いことでもありましたか」
「……いえ、仕方ないと思いまして。あなたにはある程度話しておかなければ、納得しないだろうと。ついてきなさい」

 有無を言わさない言い方で王妃はそう言って歩き出す。
 セルネスは素直についていった。
 数分後、部屋の前につき、王妃と共に中に入る。
 そして、王妃がソファに座ったため、セルネスも向かい側に座った。

「さて、まずは、アドリアンネ嬢のことですが、確信があるわけではないことを心に留めておきなさい」
「はい」

 その前置きを聞き、セルネスは無意識のうちに拳を握りしめる。

「アドリアンネ嬢は、異能持ち。それも、フィオリア夫人から受け継いだと思われます」
「……仮に受け継いだのだとすれば、アドリアンネ嬢はどのような異能なのですか?」
「フィオリア夫人と同じなのであれば、異能は言霊。話したことを現実にするという異能です」

 それを聞いたセルネスは、今までのアドリアンネの言動のほとんどに納得がいった。
 話さないのはもちろんのこと、周りをやけに気にするのも、万が一異能が暴発した際に、被害や周りの反応が気になるから。
 悪い方向に考えるのは、その異能で良いことが起きたためしがないのだろう。
 人を傷つけたことしかないから、常に最悪な場合を想定してしまう。
 お家取り潰しも、大げさに考えていたのではなく、言霊が暴発でもして傷つけたりするのを恐れていたというのもあるのかもしれない。

「徹底的に話さないのは、制御ができないからでしょうか」
「おそらくはそうでしょう。異能は、ほとんどが本人の意志で切り替えができますが、精神が未熟だと、暴発することもよくあります」
「制御には鍛練が必要ですが、そんな気軽にできるようなものではありませんしね」

 まだ、花が開花するだとか、かわいらしい現象しか起きないであろう言霊なら良いかもしれないが、制御するべきなのは、相手を傷つけかねない危険な言霊だ。
 それを制御できているか確かめるには、必然的に被検体が必要となる。心優しいアドリアンネができることではなさそうだった。

「ええ。フィオリアもそうでした。よほどでなければ話したがらなかった」

 それから言葉を続ける王妃の話によると、フィオリアは結婚を期に変わってしまったのだという。

《私は、やらなければならないの》

 そう言ってからは、王妃との文通も切れて、噂で子どもを生んで病弱になったと聞いたとのことだった。

「意味がわからなかった。結婚する前は、病気一つしたことがない健康体だったはずなのに、子どもを産んだだけで病弱になるなんて思えなかったし、フィオリアはいつの間にか異能が暴発しなくなっていたしね」
「それで、アドリアンネ嬢に受け継がれたのでは……と」
「ええ。異能が受け継がれるなんて聞いたこともないけど、それしか考えられなかったの。異能が亡くなって、いつも体にあったものが消えてしまったから、体に不調が現れたんじゃないかってね。そうしたら、予想通りアドリアンネ嬢は話せないと言うんだもの」

 そこでほぼ確信に変わっていたのだろう。
 その説は、理に叶っているような気がした。
 そう考えたら辻褄が合うことが多すぎる。

(ならば、後は伯爵夫人に聞けばわかりそうだな……)

 そう思って、セルネスが席を立つと、「やめてあげて」という声がした。

「しばらくはフィオリアはそっとしておいて。娘が倒れたと聞いて、ひどく憔悴していたから。あなたが追い討ちをかけてはだめよ」
「……よく私の行動がわかりますね」
「母親ですもの」

 王妃は、そう言ってにこりと笑う。それだけは、母親としての笑みに見えた。

「王妃殿下の仰せの通りに。では、予定を変更して、アドリアンネ嬢の元へ行ってまいります」
「ええ。いってらっしゃい。ゆっくりしてきていいのよ?」
「……では」

 向こうは心眼など持っていないはずなのに、何もかも見透かされているような気がして、セルネスは逃げるように出ていった。

「セルネスも春が来てからは、少しは丸くなってきたかしら」

 一人部屋に残ったレリアーナは、優雅に微笑みながら呟いた。
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