無口令嬢は心眼王子に愛される

りーさん

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幼少期

6 ミレージュ・サウスティール

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 話しかけてきたのは、この国の第一王子の婚約者である、ミレージュ・サウスティール公爵令嬢だった。
 噂には聞いたことがあるものの、今日が初対面のはずだ。なぜ声をかけてきたのかわからない。

「いえ、クーファさまにお会いしようと来てみたところ、あなたの姿を見かけましたので、つい声をかけてしまったの」

 特に何の返事も返せず、アドリアンネは戸惑うことしかできない。
 両親以外で、自分に特に何の用もなく声をかける存在なんていなかったからだ。
 アドリアンネも貴族の一員ではあるので、社交界は多少は経験があるものの、何も話さないしということで、ほとんど声をかけられたことがない。
 
「突然かもしれませんけど、わたくし、あなたとは仲良くしたいと思っておりますわ」
『私と……ですか?』

 少し戸惑いながらも、そう尋ねる。
 動揺が、文字にも表れていた。

「クーファさまはこのまま行けば時期国王ですわ。そして、クーファさまの婚約者は次期王妃となるのです。分をわきまえずその立場を狙う者はなくなることはありませんもの。ですが、あなたはセルネスさまの婚約者。わたくしを脅かす立場ではありませんわ」

 それを聞いて、アドリアンネは少し引っかかることがあった。
 一応は第一王子が王太子ということになっているものの、まだ正式に立太子したわけではない。
 もし第一王子が王位を継ぐにふさわしくないと判断されてしまえば、王位はセルネスの方へと向かう。
 そう考えると、ミレージュの王妃の立場を一番脅かす存在なのは、第二王子の婚約者であるアドリアンネだ。

『私は、セルネス殿下の婚約者ですよ?』

 ミレージュが言った言葉を、アドリアンネは別の意味で文字にした。
 ミレージュはそれを見ると、くすくす笑い始めた。
 訳がわからなくて、アドリアンネがきょとんとしていると、ミレージュは言う。

「やはりあなたは信用が置けますわ。普通ならば、わざわざそんなことは聞きませんわよ」
「……?」

 ミレージュの言っていることがよくわからなくて、アドリアンネが首をかしげていると、ミレージュは説明を始めた。

「普通ならば、わたくしの敵にはなりませんという節をお伝えするものですわ。それか、露骨に敵対してくるか。わたくしが今まで会ってきた令嬢はそのどちらかでしたからね。でも、あなたはそのどちらでもなかった。信用が置けるのは当然ですわ」

 ミレージュにそう言われても、よくわからなかったアドリアンネは、もう少し詳しく聞いてみる。

『ミレージュさまの目には、私がどのように映ったのでしょう?』

 アドリアンネがそう聞くと、ミレージュは話しにくそうにしながらも話し出した。

「クーファさまが異能を持っておられないのはご存じでしょう?」

 ミレージュの質問に、アドリアンネはこくりと頷く。

「ですが、セルネスさまは持っておられるのですわ」

 ミレージュからの告白に、アドリアンネはぽかんと口を開けてしまう。

(セルネス殿下も異能持ちだったの!?)

 社交界にも必要最低限しか出ていなかったアドリアンネは、そういう話にも疎く、セルネスが異能を持っていることは知らなかった。

(どんな異能なのかしら。私のように、強力なものだったり……?)

 異能は、強さによっても当然ながら評価は変わってくる。
 日常にちょっと彩りを加える程度のものもあれば、常識を根本から変えてしまうものまで、多種多様だ。
 アドリアンネの異能は、後者のほうに当たるが、セルネスがどちらなのかはわからなかった。
 でも、セルネスさまが異能を持っているから、とわざわざ説明をするくらいなのだから、強力な異能なのかもしれないと、アドリアンネは感じた。

「……その反応だと、どうやらセルネスさまから教わっていないようですわね。ならば、わたくしが他言してもいけませんわね……」

 ミレージュが何を言っているのかよくわからず、アドリアンネは首をかしげる。

「では、あちらのほうにクーファさまがいらっしゃるので、これにて失礼いたしますわ」

 アドリアンネは目を凝らして見てみるが、東屋の屋根の部分がかろうじて見えるくらいで、そこの人物などはまったくわからない。人影かなという認識はできるくらいだった。
 立ち去ろうとするミレージュのドレスを少し掴む。無作法だが、アドリアンネこうしなければ人を止められない。
 ミレージュが振り返ったのを確認して、アドリアンネは気になったことを尋ねる。

『ミレージュさまって、異能持ちだったりするのですか?』
「いいえ?わたくしは異能は持っておりませんわ。人よりも目と耳が良いだけです。もしかすると、これが異能なのかもしれませんが、クーファさまのお姿とお声がよく聞けるので、わたくしとしては異能であろうがなかろうが、どちらでもよいですわ」

 少し頬を染めながらそう話すミレージュに、アドリアンネはひきつった顔しかできなかった。

(クーファ殿下にはあまり近づかないほうがいいかもしれない……)

 クーファに対して、やましい気持ちがあったわけではないが、アドリアンネは本能的にそう思った。
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