無口令嬢は心眼王子に愛される

りーさん

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幼少期

1 王子との婚約

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 昔は、魔法というものがあったらしい。
 それは、この国の民ならば誰もが知っていることだった。
 でも、それは昔の話。今は、魔道具と呼ばれるものが存在しているだけで、魔法使いはいなかった。
 霊石と呼ばれるものが使われているので、霊具とも呼ばれている。
 魔法使いは、政変で滅んだのだとか、必要なくなったから神が消したのだとか、いろいろ騒がれているが、真相は定かではない。
 ただ一つ、わかっていることは、昔は魔法使いがいたという事実。
 そして、その魔法使いの血を引く者に稀に、特殊な力が芽生えるということだけだった。
 それは、異能と呼ばれていた。

「私は、お父さまとお母さま、どちらの血筋なのかしら……」

 魔法使いの伝記を読んでいた彼女は、誰に言うでもなく、ボソッと呟いた。
 彼女の名前はアドリアンネ。ワーズソウル家の長女で10歳になる。アドリアンネは、異能に数えられる、言霊の力を使える令嬢だった。
 言葉に思いを乗せることで、その言葉通りの事象を発生させる。それが言霊の力だ。
 雨が降るように願いながら、雨が降るとでも言えば、数秒後にはどしゃ降りの雨が降る。
 これは、人間にも応用ができた。動くなと強い意志で命じれば動かなくなる。試したことはもちろんないが、死ねと言えば死んでしまうかもしれない。
 アドリアンネの力の危険性に気づいた両親たちは、幼いころから人前では話さないようにアドリアンネに指示してきた。
 そして、アドリアンネを、数少ない使用人と共に別邸へと送った。
 返事くらいなら問題ないとしても、どんな言葉で暴発するかわかったものではないからだ。本邸に被害があってはならないので、万が一被害にあっても困らない別邸にアドリアンネを移したというわけだった。
 アドリアンネもそれに従って、物心ついたころには、なにも話さなくなっていた。
 ならば、どうやって会話をしているのかというと、筆話である。声に出さなければ、言霊の力は発動しないからだ。
 伝記を読み終わって本を閉じると、ノックの音が部屋に響く。

「アドリアンネさま、今よろしいでしょうか?」

 アドリアンネは、近くに置いていたベルを二回鳴らした。
 今のように、相手に自分の姿が見えないとき、または相手が自分の書いた文字を読めないときは、彼女はベルによって知らせている。二回ならば『了承』、一回ならば『否定』としている。
 今回は二回なので『了承』。入ってもいいということだ。
 もちろん、ベルなんて気軽に持ち歩けるものでもないので、他にもいろいろな伝え方はある。

「失礼いたします」

 そう言って入ってきたのは、連絡係の侍女のシエナだった。
 シエナは、侍女長であり、本邸にいる人間で、自分が話すことができると知っている数少ない存在でもある。シエナ以外に知っているのは執事のロハンと両親だけだった。
 そして、シエナとロハンが、何か本邸でのことでアドリアンネに伝えたいことがあれば、連絡係として使われる。
 でも、話せると知っていても、アドリアンネは会話のすべてを筆話で行う。誰が聞いているかわからないからというのもあるが、普段から話していると、知らない人に対しても、不意に口から言葉が飛び出しかねない。
 話せないということになっているのに、話したら不信感を持たれるし、何より言霊の力が暴走しかねないからだ。
 まだ幼いころは当然物心などなかったので、よく話していた。それでは、話せなくなった理由はどうしたのかというと、病気で話せないということにしておいた。
 病気と曖昧にしておいたので、なぜそうなったのかいろいろな憶測が飛び交っているそうだが、アドリアンネは詳しくは知らない。
 一応は、高熱が理由ということにはしてあるけど。

「アシェルさまがお呼びになっております」
 (お父さまが?)

 一体何の用なのだろうとアドリアンネは首をかしげる。
 父……に限らず、両親は、自分の力を恐れずに接してくれる数少ない存在だ。
 やっぱり、この力が怖いのか、使用人からは距離を置かれてしまっていることは否めない。
 でも、危険な力があって、制御もできないとなれば、思わず距離を取ってしまうのは仕方ないこと。
 生物の生存本能なのだから、アドリアンネはそれに腹を立てたことはない。少し寂しく思うことはあるけど、少し距離を感じるだけで、身の回りの世話はきちんとしてくれているし、自分にも笑顔を向けてくれているから、悲しい気持ちを抱いたことはなかった。
 シエナは、そんな使用人の中でも自分のことを恐れずに接してくれる一人なので、アドリアンネも彼女には自然と笑みがこぼれることがある。

『では、髪を整えてから行きましょうか』

 アドリアンネは、普段から持ち歩いている紙に書いて意志を示す。

「かしこまりました」

 シエナの返事を聞いて、アドリアンネは椅子に座る。
 シエナは、アドリアンネの後ろに立つと、髪を整える。
 それなりに人前に出られるくらいに整えてくれればいいと思っていたのに、簡単なヘアアレンジまでしていた。
 左右に三つ編みを作り、後ろで纏めるというもの。纏めるものには、アドリアンネの好きな青いリボンを使ってくれることに、シエナの優しさを感じた。
 髪を整えて、アドリアンネは父親の元に向かう。
 いまだに、用事はなんなのか想像がつかない。大抵用事があるときはアドリアンネに直接会いに来るし、アドリアンネが直接向かうような用事は、食事以外にはなかった。

『お父さまはなんの用なのですか?』

 シエナの服を引っ張り、紙に書いて聞いてみる。
 シエナは、「私もわかりません」と返してきた。
 シエナも、用事がなんなのかはわからないようだった。

(お父さまは、本当に何の用なのでしょうか……)

 そう思いながらも父親の元に歩いていく。
 しばらく歩くと、父親がいる執務室までやってきた。

「アシェルさま。アドリアンネさまをお連れしました」
「入りなさい」

 父親の声が聞こえて、アドリアンネは中に入る。
 アドリアンネは、貴族の挨拶としてカーテシーをした。
 本来なら、「お呼びですか?」と聞くべきだが、アドリアンネは何も話さない。いつ言霊が暴発するかわかったものではないからだ。
 父親のアシェルもそれはわかっているので、特に何も言わない。

「顔をあげなさい」

 父親にそう言われて、アドリアンネは頭をあげる。
 でも、背筋は伸ばしたままだ。

「実は、アドリアンネに縁談が来ている」
『どなたとですか?』

 アドリアンネが筆話で聞いてみると、父親が答える。

「この国の第二王子であるセルネス殿下だ。陛下から直々に申し入れをなされた」
「陛下がっ……!?」

 アドリアンネも、思わず声に出して驚いてしまう。そして、慌てて口を塞いだ。

(陛下が、なぜ私を……)

 アドリアンネが戸惑うのも当然だった。自分は、そこまで強い力を持っているわけでもない伯爵令嬢。ギリギリ王子妃になれる位というだけだった。
 王子には、ちょうど釣り合う年頃の公爵令嬢や侯爵令嬢、隣国の王女様だっておられたはずだ。それが、なぜ自分に向いたのかがわからなかった。

『私は言葉を発することができませんよ?』
「それは陛下もご承知の上だそうだ。だからこそ、第二王子と婚約させようとしたのだろう。おそらくは、お前の力を他国に渡さないために」

 そう言われて、アドリアンネも理解した。
 アドリアンネの異能は危険だ。他国に渡ってしまえば、どんな風に利用されるかわかったものではない。
 無論、アドリアンネが話せなければ意味がないので、そういう状態・・・・・・にしてから送ることも考えられなくはない。
 でも、そんなことをするくらいならば、囲い込んでおくのが簡単かつメリットがある。

『では、これは決定事項なのでしょうか?』
「よほどのことであれば断れるだろうが……難しいだろうな」
『セルネス殿下はご存じなのですか?』
「いや、ご存じないはずだ。陛下が調べた可能性はあるがな。だが、どこから漏れるかもわからないのに、自分から報告することはないだろう」

 アドリアンネの異能は機密事項。たとえ王家であっても、それを報告などはしなかった。
 異能は、特別なものだ。異能持ちが生まれるだけで、家格が数段は上がると言っても過言ではない。
 だが、それは普通の異能の場合。アドリアンネのような、人の生死にも関わりかねない強力な異能の場合は、逆に畏怖の対象となってしまうため、爪弾きに合う可能性がある。
 そのことを考慮して、公表しなかった。アドリアンネが話せないのは、幼少期にあった高熱の影響ということにしたのだ。
 つまりは、表向きは病気の影響で話せないということになっているため、国王であってもそれは知らないはず。
 どこかで疑問に思って調べたのならば、できないことはないだろう。異能を調べる方法などいくらでもあるし、知っている人数が少なくても、誰かが知っているのならば知ることができる可能性はある。
 逆に誰も知らないのであれば、意図的に隠しているとも取られてしまい、それも異能があることを勘づかせる要因になったのかもしれない。
 国王陛下は、それくらいに知恵が回るお方なのだから。

『陛下以外にご存じの方はいらっしゃるのでしょうか?』
「可能性があるといえば王妃だろうが、おそらくは陛下のみだろう」

 改めて父親からそれを聞いたとき、アドリアンネは、ほっと胸を撫で下ろした。
 この婚約はそこまで望んではいないものの、いくらなんでも見ず知らずの人間にまで怯えられるのは、アドリアンネも辛くなってしまう。好きでこの力がほしかったわけでもないのだから。

『では、謹んでお受けいたします』

 アドリアンネは、そう書いた紙を見せながら、にっこりと父に向かって微笑んだ。
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