46 / 75
第一章 虐げられた姫
第46話 裏では
しおりを挟む
少し時間は戻り、ローランドがフィレンティアをフェリクスに預けた頃のこと。執務室では、カイラードが、公務を行っていた。
「……陛下。今よろしいですか」
「なんだ」
「隣国にいる奴の使い魔が──」
「今度は何をしでかした」
レクトが言いきる前に口を挟んだ。
何かをしでかした前提で話を進めている主に、レクトはため息をつきそうになるのをこらえる。主の気持ちも分からなくはないからだ。いつも使い魔は後始末を頼むときぐらいにしか送られなかった。
「……いや、ただの報告ですね」
使い魔の足に結ばれていた手紙を読んだレクトがそう答える。
「黒犬が入り込んでいるそうです」
「ただ入り込むだけか?」
「いいえ。害獣に成り下がったようですよ」
「ついに牙を剥くか。そこらをうろつくくらいなら、放っておいてやってもよかったんだがな」
カイラードは、隣国の手の者が潜り込んでいるのには気づいていた。だが、そもそも人に良い意味でも悪い意味でも興味を示さないカイラードは、たいして気にしなかった。
「報告では、ローランド皇子殿下がすでに狙われたようですね」
「ローランドなら問題ないだろう。簡単に獲物になるような奴ではない」
「そこにフィレンティア皇女殿下も居合わせたそうですが……」
レクトがそう呟くと、カイラードの手の動きが止まる。
「……彼女は無事なのか?」
「無傷ですよ。心配するなんて、ローランド皇子殿下とはえらい違いですね」
「……彼女は、魔法も剣も使えん。自衛手段がないから気にかけているだけだ」
(フェレスの言っていたことは本当だったか……)
フェレス、レクト、カイルは幼なじみ。そのため、お互いの性格は熟知している。だからこそ、カイルが丸くなったと酒の場で言っていたときは、レクトは正直信じられなかった。
「そういう割には他の皇子や皇女はそこまで気にかけてなかったよな」
「……」
(カイルが俺に口で負けた……)
いつも何か苦言を呈しても言いくるめられるが、普通に黙り込んでしまったカイラードを見てレクトは驚きを隠せなかった。
「……それよりも、他に何かあるか」
話をそらしたなと思ったものの、それを口には出さなかった。
「後は、俺への個人的な手紙だけだ」
「内容は?」
「……」
(言わなきゃダメか?)
内容が内容なだけに、カイラードに話すのをためらっている。それに気づかないカイラードではない。
「また私のことを面白おかしく書いているのか」
「……否定はしない」
(命知らずな奴だよなぁ)
替えが効かない存在ではあるが、普通の貴族なら、手足の一本や二本失くなってもおかしくないだろう。そんな言動を呼吸するようにしているため、レクトは常に冷や汗状態だ。
「読み上げろ」
「……長いですよ?」
「なら、要約でもすればいいだろう」
「……分かりました」
手紙の内容を要約するとこうだ。
ーーもう二週間近く留守にしているけど、何の問題もないか?
僕は変態付きではあるが、快適空間でのんびりダラダラしているよ。どうせ、僕がサボりとかそんな理由でここにいると思われてるんだろうから、一応報告書は同封しておいたけど。でも、そろそろ帰らないとあの漢メイドと冷血皇帝の機嫌が悪くなりそうだ。
あの冷血皇帝は、魔法関係はいつもこっちに押しつけるから、その押しつける相手がいなくてイライラしているところだろうし、漢メイドは期限を守らなかったとか言ってグチグチ言うつもりだろうし。
まぁ、誰かはもう襲われてはいるだろうし、もう一眠りくらいしたらそっちに帰るから。
「──だそうです」
「誰が漢メイドですか!!」
ドアを思いきり──一応ノックはして──入ってきたのはハリナ。
「あなたのことだとは書いてませんけど?」
突然入ってきたハリナに驚きつつも、レクトは冷静にハリナの言葉を否定する。
「奴のことですからどうせ私のことですよ!手紙でも口数が減らない奴です」
「口数が減らないのはいつものことだと思いますけど」
レクトの言葉には耳も傾けず「帰ったらどうしてやろうかしら……」とぶつぶつ言っている。
「それよりも、なぜここにいるのですか?」
偶然、通りかかったにしては不自然。
「あぁ、そうです。ご存じかもしれませんが、駄犬が……」
「どっちの駄犬だ?」
「両方です。一つは第五皇子殿下、もう一つは第四皇女殿下のようですよ」
フィレンティアは両方ともローランドを狙ったと思っているが、実は違う。最初はローランド。だが、二回目に狙われたのはフィレンティアだった。
それにローランドは薄々感づいており、フィレンティアに手を出したため、フェリクスにフィレンティアを預け、自ら出向きに行った。
「ローランドを狙ったのは隣国の方だろう。フィレンティアはあまり知られていないはずだからな」
「そうですね……私としたことがまだ駄犬を野放しにしていたとは……」
「そういえば、捕らえた奴らはどうしてるんだ?」
「兵士には任せられないということで、セリアがいますよ」
(影で一番の貴族思考のあいつがいるのか……)
セリアが見張りにいるなら、ろくな目に合わないだろうと、レクトは姿も知らぬ刺客に多少は同情した。
「徹底的に洗い出しましょうか?」
「そうだな。早く死にたくて仕方がないようだからな」
「承知しました。影を総動員してでも引きずり出します」
ニコニコと笑いながらハリナは出ていった。
「私も動くとするか」
「……公務は?」
「すべて終わっている」
いつものカイラードらしく淡々と言って同じように出ていった。
(フェレスが逃げたくなるのも分かる気がする)
フェレスと同じく帝国貴族らしからぬ思考を持っているレクトは、ハリナとカイラードが出ていってしまったドアをしばらく見ていた。
「……陛下。今よろしいですか」
「なんだ」
「隣国にいる奴の使い魔が──」
「今度は何をしでかした」
レクトが言いきる前に口を挟んだ。
何かをしでかした前提で話を進めている主に、レクトはため息をつきそうになるのをこらえる。主の気持ちも分からなくはないからだ。いつも使い魔は後始末を頼むときぐらいにしか送られなかった。
「……いや、ただの報告ですね」
使い魔の足に結ばれていた手紙を読んだレクトがそう答える。
「黒犬が入り込んでいるそうです」
「ただ入り込むだけか?」
「いいえ。害獣に成り下がったようですよ」
「ついに牙を剥くか。そこらをうろつくくらいなら、放っておいてやってもよかったんだがな」
カイラードは、隣国の手の者が潜り込んでいるのには気づいていた。だが、そもそも人に良い意味でも悪い意味でも興味を示さないカイラードは、たいして気にしなかった。
「報告では、ローランド皇子殿下がすでに狙われたようですね」
「ローランドなら問題ないだろう。簡単に獲物になるような奴ではない」
「そこにフィレンティア皇女殿下も居合わせたそうですが……」
レクトがそう呟くと、カイラードの手の動きが止まる。
「……彼女は無事なのか?」
「無傷ですよ。心配するなんて、ローランド皇子殿下とはえらい違いですね」
「……彼女は、魔法も剣も使えん。自衛手段がないから気にかけているだけだ」
(フェレスの言っていたことは本当だったか……)
フェレス、レクト、カイルは幼なじみ。そのため、お互いの性格は熟知している。だからこそ、カイルが丸くなったと酒の場で言っていたときは、レクトは正直信じられなかった。
「そういう割には他の皇子や皇女はそこまで気にかけてなかったよな」
「……」
(カイルが俺に口で負けた……)
いつも何か苦言を呈しても言いくるめられるが、普通に黙り込んでしまったカイラードを見てレクトは驚きを隠せなかった。
「……それよりも、他に何かあるか」
話をそらしたなと思ったものの、それを口には出さなかった。
「後は、俺への個人的な手紙だけだ」
「内容は?」
「……」
(言わなきゃダメか?)
内容が内容なだけに、カイラードに話すのをためらっている。それに気づかないカイラードではない。
「また私のことを面白おかしく書いているのか」
「……否定はしない」
(命知らずな奴だよなぁ)
替えが効かない存在ではあるが、普通の貴族なら、手足の一本や二本失くなってもおかしくないだろう。そんな言動を呼吸するようにしているため、レクトは常に冷や汗状態だ。
「読み上げろ」
「……長いですよ?」
「なら、要約でもすればいいだろう」
「……分かりました」
手紙の内容を要約するとこうだ。
ーーもう二週間近く留守にしているけど、何の問題もないか?
僕は変態付きではあるが、快適空間でのんびりダラダラしているよ。どうせ、僕がサボりとかそんな理由でここにいると思われてるんだろうから、一応報告書は同封しておいたけど。でも、そろそろ帰らないとあの漢メイドと冷血皇帝の機嫌が悪くなりそうだ。
あの冷血皇帝は、魔法関係はいつもこっちに押しつけるから、その押しつける相手がいなくてイライラしているところだろうし、漢メイドは期限を守らなかったとか言ってグチグチ言うつもりだろうし。
まぁ、誰かはもう襲われてはいるだろうし、もう一眠りくらいしたらそっちに帰るから。
「──だそうです」
「誰が漢メイドですか!!」
ドアを思いきり──一応ノックはして──入ってきたのはハリナ。
「あなたのことだとは書いてませんけど?」
突然入ってきたハリナに驚きつつも、レクトは冷静にハリナの言葉を否定する。
「奴のことですからどうせ私のことですよ!手紙でも口数が減らない奴です」
「口数が減らないのはいつものことだと思いますけど」
レクトの言葉には耳も傾けず「帰ったらどうしてやろうかしら……」とぶつぶつ言っている。
「それよりも、なぜここにいるのですか?」
偶然、通りかかったにしては不自然。
「あぁ、そうです。ご存じかもしれませんが、駄犬が……」
「どっちの駄犬だ?」
「両方です。一つは第五皇子殿下、もう一つは第四皇女殿下のようですよ」
フィレンティアは両方ともローランドを狙ったと思っているが、実は違う。最初はローランド。だが、二回目に狙われたのはフィレンティアだった。
それにローランドは薄々感づいており、フィレンティアに手を出したため、フェリクスにフィレンティアを預け、自ら出向きに行った。
「ローランドを狙ったのは隣国の方だろう。フィレンティアはあまり知られていないはずだからな」
「そうですね……私としたことがまだ駄犬を野放しにしていたとは……」
「そういえば、捕らえた奴らはどうしてるんだ?」
「兵士には任せられないということで、セリアがいますよ」
(影で一番の貴族思考のあいつがいるのか……)
セリアが見張りにいるなら、ろくな目に合わないだろうと、レクトは姿も知らぬ刺客に多少は同情した。
「徹底的に洗い出しましょうか?」
「そうだな。早く死にたくて仕方がないようだからな」
「承知しました。影を総動員してでも引きずり出します」
ニコニコと笑いながらハリナは出ていった。
「私も動くとするか」
「……公務は?」
「すべて終わっている」
いつものカイラードらしく淡々と言って同じように出ていった。
(フェレスが逃げたくなるのも分かる気がする)
フェレスと同じく帝国貴族らしからぬ思考を持っているレクトは、ハリナとカイラードが出ていってしまったドアをしばらく見ていた。
27
お気に入りに追加
4,761
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる