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黒猫ツバキと魔女コンデッサの出会い
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ボロノナーレ王国の端っこの村に、魔女コンデッサの家はある。
長い赤髪のコンデッサは20代前半という年齢にもかかわらず、並外れた美貌と才気によって魔女界で令名を馳せていた。
黒猫のツバキは、そんな魔女コンデッサの使い魔である。
「こんにちは~。あら、お姉様は不在ですの?」
「チリーニャさん、いらっしゃいなのニャン。ご主人様は、王都へお出掛け中にゃん」
ある日、高校生魔女のチリーナがコンデッサ宅を訪れた。チリーナは幼少期、コンデッサに家庭教師をしてもらった。以来、コンデッサを『お姉様』と呼んで慕っているのだ。
「残念ですわ。行き違いでしたのね」
伯爵令嬢であるチリーナの住まいは、王都にある。
「いつも、前触れ無しでやってくるチリーニャさんが悪いのにゃ」
「そうは言っても、私、毎回唐突にお姉様に会いたくなるんですもの! そしたら胸のドキドキが止まらなくなって、矢も盾もたまらずココに飛んできてしまうのですわ」
「そういう時は、ご主人様のところじゃ無くて、お医者様のもとへ飛んで行くのが良いにゃ。心を治療してもらうのにゃ。あと、頭も修理してもらうニャン」
ツバキのツッコミを、チリーナはスルーする。
「ところで、駄猫。アンタはお姉様についていかなくても良かったんですの? ……ああ、役立たずだから、放置されてますのね」
「何てことを言うのニャ!! アタシは、ご主人様に言いつけられた超・重要任務を遂行中なのニャン。責任重大、一瞬の気の緩みも許されないのニャ」
「超・重要任務とは?」
「お留守番にゃん」
「…………」
「アタシは、緊張しっぱなしニャ。ひたすら、日向ぼっこと、お昼寝と、おやつタイムを繰り返しているのにゃ」
「だらけまくっていますわね」
なんとなく、チリーナはツバキと駄弁り込んでしまった。
考えてみれば、コンデッサ抜きで彼女たち(ツバキはメスなのだ!)が語り合いをするのは初めてかもしれない。
「そう言えば、駄猫」
「ツバキにゃん」
「……ツバキさん。アナタ、どんな成り行きでお姉様の使い魔になったんですの?」
「いきなり、どうしたにょ?」
「だって、気が付いたら、アナタはお姉様の側に居ましたもの。お姉様は正式な魔女ライセンスを取得してからも、なかなか使い魔を持とうとはしませんでしたわ。魔女の使い魔は黒猫であることが、古よりの仕来り。ご自身の使い魔たるに相応しい、よっぽど有能な黒猫を探しておられるんだとばかり思っていましたのに……」
「にょに?」
「まさか……こんな……」
「チリーニャさん、アタシに何か不満でもあるのかにゃ?」
黒猫の問いかけを、令嬢は聞き流す。
「アナタ、ひょっとして由緒正しき血筋ですの? 親が、有名な黒猫とか?」
「アタシ、親の顔は知らないにゃ」
「そ……そう、ごめんなさい」
「謝る必要はないにゃん。アタシの中に流れる血は、アタシだけのものなのニャ!」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、別にたいした事は言ってませんわね……。では、どこかで高度な使い魔教育を受けていたとか?」
「アタシの先生は、いと高き天空と、何処までも続く大地なのニャ!」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、ただ外で遊んでいただけ……。では、どなたかの推薦を受けて、お姉様の使い魔になったとか?」
「アタシは独立独歩、我が道を進んでいたのにゃ。誰にも頼らず、ニャニモノをもアテにせず、立派に自給自足していたのにゃ」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、それってノラ……」
「にゃに?」
「な、なら、どうやってお姉様と知り合いましたの?」
黒猫が「にゅにゅにゅ」と小声で唸る。
過去を回想しているらしい。
「アタシは、もともと王都で生活していたのにゃ」
「王都で」
「王都のど真ん中で、豪華なお屋敷暮らしを満喫してたニャン」
「お屋敷」
「街の人達は皆アタシを愛してくれて、チヤホヤされっぱなしだったのニャ!」
「…………」
「アタシは日頃からファンに囲まれていて、そんなファン集団の中にご主人様……そにょ時はまだご主人様じゃ無かったけど、ご主人様が居たのにゃ」
「お姉様が……」
「ご主人様は、毎日アタシにご馳走を持ってきてくれたのにゃ。アタシは、すぐに悟ったニャン。『こにょ美人のお姉さんは魔女で、黒猫のアタシを使い魔にしたがってるニャン!』って。でも、ご主人様は恥ずかしがり屋さんで、なかなか言い出せにゃくて悩んでいるみたいだったニャン」
「お姉様が、恥ずかしがり屋……?」
それはあり得ない、とチリーナは思った。
薄毛を気に病んでいた国王の頭を丸坊主にしてしまったこともある、コンデッサ。
彼女が恥ずかしがり屋なら、恥知らずな人間はこの世界に誰1人として存在しなくなるのではなかろ~か?
「でも、ある時、大事件が勃発したのにゃ!」
「大事件」
「強大で凶悪なモンスターが突如現れて、アタシに襲いかかってきたのニャ! アタシは勇敢に戦い、あと1歩のところまで追い詰めたニャン。そしたらご主人様が駆けつけて、加勢してくれたのにゃ。助太刀のつもりだったんにゃと思うにゃ。アタシだけでも勝てたけど、ご主人様の気持ちは、とっても嬉しかったニャン。バトルのあと、ご主人様は『私と契約して、使い魔になってくれないか?』とお願いしてきたニャン。アタシはその申し出を了承し、ご主人様の使い魔になったのにゃ」
話し終えたツバキは、満足そうに「ふにゅ~」と息を吐いた。
「アタシみたいな優秀な黒猫を使い魔に出来て、ご主人様は本当に幸運にゃ」
「優秀なのは、お姉様ですわ」
「まぁ、アタシを選んだんにゃから、ご主人様が優秀であるのも間違いないニャ。今度、ご主人様を褒めてあげることにするニャン」
「真っ先に褒めなければならないのは、ツッコミどころ満載のアナタの思い出話を大人しく聞いてあげた私ですわ」
♢
「そんなことが、先日ありましたの」
「そうか。ツバキが迷惑を掛けたようだな、チリーナ」
後日、チリーナがコンデッサの家を再訪すると、今回はコンデッサのみが在宅だった。ツバキは、友達のところへ遊びに行っているとのこと。
「ツバキさんのお話、どこまでが真実なんですの? ツバキさん自身は、確かな思い出として固く信じているみたいですけど……」
「あ~」
コンデッサは、しばし目を閉じる。
「私の視点で語るとな、ツバキとの出会いは偶然だったんだ」
「偶然ですか?」
「『正式な魔女となったからには、黒猫を使い魔にしなくちゃならない』というのは良く言われるけど、別に義務じゃ無いんだよ。実際、黒猫と契約していない魔女も、少なからず居る。なのにあの頃、王都に住む魔女連中は、私に使い魔を持つようにシツコク勧めてきて……ウンザリしてた。彼女たちは『使い魔にどうか?』と、たくさんの黒猫を紹介してくれてな~。血統書つきの黒猫とか、一通りの使い魔教育を終えた黒猫とか。でも、どの猫を見てもピンと来なくてね。好意で推薦してくれているのが分かるだけに、断りづらくて困ってたんだ。で、気晴らしに散歩していると……」
「ツバキさんに会われたんですね」
コックリと頷く、赤髪の魔女。
「アイツ、マイホーム暮らしをしていたよ」
「ツバキさんのマイホーム……『豪華なお屋敷にゃ!』とか述べてましたけど……」
「マイホームは、道端に置いてある貧相な小箱だった」
「…………」
「ボロい箱の中で、ちっぽけな子猫がミーミー鳴いていてな。通行人からは、丸っきり無視されていた。でも、私はついつい気になって、少しばかり食べ物をやってしまったんだ。アイツ、嬉しそうに口にしてたな。それから何となくアイツのもとへ足が向くようになって、時々は餌をやるようになったんだ」
「お姉様は、お優しいのですね」
「そうかな? ノラへ餌付けしたのは、アイツが最初で最後なんだが」
「それで、ツバキさんと使い魔の契約を?」
「いや。黒猫とは言え、貧弱で小さいノラの子猫だぞ? さすがに使い魔にしようとは思わなかった。と言うか、餌をやるのも王都滞在中のみで、飼うつもりも毛頭なかった。私と別れたあとにどうなるかは、ソイツの運命次第だと割り切っていたんだよ」
「面倒を見る予定は無かった……と?」
「ああ。私を見るたびに喜んでミャーミャー鳴くアイツを眺めてると変に情が湧くんで、早めにサヨナラしようかとまで考えていたな」
「それはちょっと……可哀そうですわね」
「いよいよ王都を旅立つことになった前の日、アイツのところへ最後の餌やりに行くと……」
「どうしたんですか? も、もしかしてモンスターと戦っていたとか?」
「でっかいドブネズミに襲われていた」
「ドブネズミ……」
「ネズミを追っ払って、傷ついた子猫を見たとき、私はこう思ってしまったんだよ。『私が居なくなったら、コイツ、すぐに野垂れ死んでしまうんじゃ……』ってな」
「結局、ツバキさんを飼うことにしたのですね」
「どうせ飼うなら、いっそ使い魔にしたほうが手間が省ける」
「安直と言うべきか、合理的と言うべきか、お姉様らしいですわね。その後、『使い魔になれ』とお命じに?」
「いいや、『私と契約して、使い魔になってくれないか?』と申し込んだよ。子猫にだって、頑張って生きてきた誇りがあるだろうからな。選択する機会を、与えたかったんだ」
「お姉様ったら……あら? でも、『私と契約して、使い魔になってくれないか?』というお姉様のセリフをツバキさん、そっくりそのまま口にしていましたわよ。シッカリ覚えていたんですわ。余程、お姉様に求められたのが嬉しかったんでしょうね」
「そうか。この言葉だけは、私とツバキ、それぞれの思い出の中で一致しているな。他のパートは、全然違う記憶になっているみたいだが」
「ツバキさん、〝王都での豪邸暮らしを楽しんでいたところを、ご主人様にスカウトされた〟――という感じの話をしていましたわよ」
「ふふ。己に都合が良いように記憶を改変するのは、人間も猫も一緒ってことか」
「しかし、不思議ですわね」
「何がだ? チリーナ」
「基本的に、黒猫を使い魔にする契約は強制。契約をし終えた後に、ようやく黒猫は人間の言葉を聞き取れるようになったり、喋れるようになったりするんですわよね?」
「そうだが」
「ならば、何故ツバキさんは契約前であるにもかかわらず、お姉様の『私と契約して、使い魔になってくれないか?』との申し出をハッキリ理解できたのでしょう? ノラの子猫だったのですから、特別な使い魔教育などを受けていたはずもありませんのに」
チリーナの発言に、コンデッサはハッとする。しばらく黙り込んでいたが、やがて彼女は微笑した。
「その疑問は、追求したくないな。ツバキはツバキ、ということだよ、チリーナ」
「私、やっぱりツバキさんが羨ましいですわ。今より、〝駄猫〟呼びに戻します」
玄関から、物音がする。
「ただいまなのニャ~。わ! チリーニャさんが、また来てるニャン」
「帰ってきましたのね、駄猫」
「おかえり、ツバキ」
「ご主人様!」
その日、2人の魔女と1匹の使い魔は、夜遅くまで歓談を続けたのだった。
♢
黒い子猫とコンデッサが契約を交わした、その直後。
「ご主人様、傷を治してくれて、ありがとさんなのにゃ。これから、宜しくニャン」
「うん」
「アタシ、使い魔として頑張るニャ!」
「ほどほどにな。ノンビリやれば良いさ。ところで、お前、名前は?」
「アタシ、名前が無いニョ」
「そうか」
「ご主人様に、名前をつけて欲しいのにゃ!」
「よし、分かった! 素敵な名前にしてやるぞ」
「わ~い! やったニャン!」
「う~ん、う~ん」
「わくわく」
子猫の黒い毛並みをマジマジと眺め――
「……ピンと来た!」
赤髪の魔女が、ドヤ顔になる。
良くない予感がする、子猫。
「決めたぞ! 黒猫だから、クロ助にしよう」
「イヤだニャ! ご主人様のネーミングセンスは、ドブネズミの足の裏並の酷さにゃ!」
「何だとぉ~!」
「撤回を要求するニャン。だいたい、アタシはメスにゃ!」
「気付かなかった」
「見る目がないニャン。これは、使い魔としてアタシがご主人様を教育しなおさなくちゃならないようニャ」
「何か言ったか?」
子猫は、ふるふると首を横に振った。
「そうか……ふむ。では、クロ子にしよう」
「却下にゃ」
「クロ美」
「拒否にゃ」
「クロ菜」
「差し戻すにゃ。〝クロ〟から、離れて欲しいニャン」
「う~ん、う~ん……〝クロ〟から離れて……黒の反対は、白。……そうだな~、『ツバキ』はどうだ?」
「それ、良いニャ! 『ツバキ』! アタシは、ツバキ! 嬉しいニャ! ご主人様、ありがと!」
「喜んでもらえて嬉しいよ、ツバキ」
コンデッサはツバキを肩に乗せ、歩き出す。
ここから、魔女と使い魔としての彼女たちの生活が始まったのだ。
ちなみにコンデッサがツバキの名前を、白い椿の花言葉『至上の愛らしさ』から思い付いた事は、永遠の秘密である。
~おしまい~
※後書き
『黒猫ツバキと魔女コンデッサ』本編は、このお話でお終いです。最後に「彼女たちはどのように出会ったのか?」を語ってみました。
ここまで読んでくださり、心より御礼申し上げます。
ツバキとコンデッサは「終わりなき日常(いわゆる、サ◯エさん時空)」の中で暮らしていますので、彼女たちの物語はこれからも続いていきます。
今後は番外編をボチボチ投稿していく予定です。良かったら、覗いてみてください。
長い赤髪のコンデッサは20代前半という年齢にもかかわらず、並外れた美貌と才気によって魔女界で令名を馳せていた。
黒猫のツバキは、そんな魔女コンデッサの使い魔である。
「こんにちは~。あら、お姉様は不在ですの?」
「チリーニャさん、いらっしゃいなのニャン。ご主人様は、王都へお出掛け中にゃん」
ある日、高校生魔女のチリーナがコンデッサ宅を訪れた。チリーナは幼少期、コンデッサに家庭教師をしてもらった。以来、コンデッサを『お姉様』と呼んで慕っているのだ。
「残念ですわ。行き違いでしたのね」
伯爵令嬢であるチリーナの住まいは、王都にある。
「いつも、前触れ無しでやってくるチリーニャさんが悪いのにゃ」
「そうは言っても、私、毎回唐突にお姉様に会いたくなるんですもの! そしたら胸のドキドキが止まらなくなって、矢も盾もたまらずココに飛んできてしまうのですわ」
「そういう時は、ご主人様のところじゃ無くて、お医者様のもとへ飛んで行くのが良いにゃ。心を治療してもらうのにゃ。あと、頭も修理してもらうニャン」
ツバキのツッコミを、チリーナはスルーする。
「ところで、駄猫。アンタはお姉様についていかなくても良かったんですの? ……ああ、役立たずだから、放置されてますのね」
「何てことを言うのニャ!! アタシは、ご主人様に言いつけられた超・重要任務を遂行中なのニャン。責任重大、一瞬の気の緩みも許されないのニャ」
「超・重要任務とは?」
「お留守番にゃん」
「…………」
「アタシは、緊張しっぱなしニャ。ひたすら、日向ぼっこと、お昼寝と、おやつタイムを繰り返しているのにゃ」
「だらけまくっていますわね」
なんとなく、チリーナはツバキと駄弁り込んでしまった。
考えてみれば、コンデッサ抜きで彼女たち(ツバキはメスなのだ!)が語り合いをするのは初めてかもしれない。
「そう言えば、駄猫」
「ツバキにゃん」
「……ツバキさん。アナタ、どんな成り行きでお姉様の使い魔になったんですの?」
「いきなり、どうしたにょ?」
「だって、気が付いたら、アナタはお姉様の側に居ましたもの。お姉様は正式な魔女ライセンスを取得してからも、なかなか使い魔を持とうとはしませんでしたわ。魔女の使い魔は黒猫であることが、古よりの仕来り。ご自身の使い魔たるに相応しい、よっぽど有能な黒猫を探しておられるんだとばかり思っていましたのに……」
「にょに?」
「まさか……こんな……」
「チリーニャさん、アタシに何か不満でもあるのかにゃ?」
黒猫の問いかけを、令嬢は聞き流す。
「アナタ、ひょっとして由緒正しき血筋ですの? 親が、有名な黒猫とか?」
「アタシ、親の顔は知らないにゃ」
「そ……そう、ごめんなさい」
「謝る必要はないにゃん。アタシの中に流れる血は、アタシだけのものなのニャ!」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、別にたいした事は言ってませんわね……。では、どこかで高度な使い魔教育を受けていたとか?」
「アタシの先生は、いと高き天空と、何処までも続く大地なのニャ!」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、ただ外で遊んでいただけ……。では、どなたかの推薦を受けて、お姉様の使い魔になったとか?」
「アタシは独立独歩、我が道を進んでいたのにゃ。誰にも頼らず、ニャニモノをもアテにせず、立派に自給自足していたのにゃ」
「一見格好いいセリフですけど、よくよく考えれば、それってノラ……」
「にゃに?」
「な、なら、どうやってお姉様と知り合いましたの?」
黒猫が「にゅにゅにゅ」と小声で唸る。
過去を回想しているらしい。
「アタシは、もともと王都で生活していたのにゃ」
「王都で」
「王都のど真ん中で、豪華なお屋敷暮らしを満喫してたニャン」
「お屋敷」
「街の人達は皆アタシを愛してくれて、チヤホヤされっぱなしだったのニャ!」
「…………」
「アタシは日頃からファンに囲まれていて、そんなファン集団の中にご主人様……そにょ時はまだご主人様じゃ無かったけど、ご主人様が居たのにゃ」
「お姉様が……」
「ご主人様は、毎日アタシにご馳走を持ってきてくれたのにゃ。アタシは、すぐに悟ったニャン。『こにょ美人のお姉さんは魔女で、黒猫のアタシを使い魔にしたがってるニャン!』って。でも、ご主人様は恥ずかしがり屋さんで、なかなか言い出せにゃくて悩んでいるみたいだったニャン」
「お姉様が、恥ずかしがり屋……?」
それはあり得ない、とチリーナは思った。
薄毛を気に病んでいた国王の頭を丸坊主にしてしまったこともある、コンデッサ。
彼女が恥ずかしがり屋なら、恥知らずな人間はこの世界に誰1人として存在しなくなるのではなかろ~か?
「でも、ある時、大事件が勃発したのにゃ!」
「大事件」
「強大で凶悪なモンスターが突如現れて、アタシに襲いかかってきたのニャ! アタシは勇敢に戦い、あと1歩のところまで追い詰めたニャン。そしたらご主人様が駆けつけて、加勢してくれたのにゃ。助太刀のつもりだったんにゃと思うにゃ。アタシだけでも勝てたけど、ご主人様の気持ちは、とっても嬉しかったニャン。バトルのあと、ご主人様は『私と契約して、使い魔になってくれないか?』とお願いしてきたニャン。アタシはその申し出を了承し、ご主人様の使い魔になったのにゃ」
話し終えたツバキは、満足そうに「ふにゅ~」と息を吐いた。
「アタシみたいな優秀な黒猫を使い魔に出来て、ご主人様は本当に幸運にゃ」
「優秀なのは、お姉様ですわ」
「まぁ、アタシを選んだんにゃから、ご主人様が優秀であるのも間違いないニャ。今度、ご主人様を褒めてあげることにするニャン」
「真っ先に褒めなければならないのは、ツッコミどころ満載のアナタの思い出話を大人しく聞いてあげた私ですわ」
♢
「そんなことが、先日ありましたの」
「そうか。ツバキが迷惑を掛けたようだな、チリーナ」
後日、チリーナがコンデッサの家を再訪すると、今回はコンデッサのみが在宅だった。ツバキは、友達のところへ遊びに行っているとのこと。
「ツバキさんのお話、どこまでが真実なんですの? ツバキさん自身は、確かな思い出として固く信じているみたいですけど……」
「あ~」
コンデッサは、しばし目を閉じる。
「私の視点で語るとな、ツバキとの出会いは偶然だったんだ」
「偶然ですか?」
「『正式な魔女となったからには、黒猫を使い魔にしなくちゃならない』というのは良く言われるけど、別に義務じゃ無いんだよ。実際、黒猫と契約していない魔女も、少なからず居る。なのにあの頃、王都に住む魔女連中は、私に使い魔を持つようにシツコク勧めてきて……ウンザリしてた。彼女たちは『使い魔にどうか?』と、たくさんの黒猫を紹介してくれてな~。血統書つきの黒猫とか、一通りの使い魔教育を終えた黒猫とか。でも、どの猫を見てもピンと来なくてね。好意で推薦してくれているのが分かるだけに、断りづらくて困ってたんだ。で、気晴らしに散歩していると……」
「ツバキさんに会われたんですね」
コックリと頷く、赤髪の魔女。
「アイツ、マイホーム暮らしをしていたよ」
「ツバキさんのマイホーム……『豪華なお屋敷にゃ!』とか述べてましたけど……」
「マイホームは、道端に置いてある貧相な小箱だった」
「…………」
「ボロい箱の中で、ちっぽけな子猫がミーミー鳴いていてな。通行人からは、丸っきり無視されていた。でも、私はついつい気になって、少しばかり食べ物をやってしまったんだ。アイツ、嬉しそうに口にしてたな。それから何となくアイツのもとへ足が向くようになって、時々は餌をやるようになったんだ」
「お姉様は、お優しいのですね」
「そうかな? ノラへ餌付けしたのは、アイツが最初で最後なんだが」
「それで、ツバキさんと使い魔の契約を?」
「いや。黒猫とは言え、貧弱で小さいノラの子猫だぞ? さすがに使い魔にしようとは思わなかった。と言うか、餌をやるのも王都滞在中のみで、飼うつもりも毛頭なかった。私と別れたあとにどうなるかは、ソイツの運命次第だと割り切っていたんだよ」
「面倒を見る予定は無かった……と?」
「ああ。私を見るたびに喜んでミャーミャー鳴くアイツを眺めてると変に情が湧くんで、早めにサヨナラしようかとまで考えていたな」
「それはちょっと……可哀そうですわね」
「いよいよ王都を旅立つことになった前の日、アイツのところへ最後の餌やりに行くと……」
「どうしたんですか? も、もしかしてモンスターと戦っていたとか?」
「でっかいドブネズミに襲われていた」
「ドブネズミ……」
「ネズミを追っ払って、傷ついた子猫を見たとき、私はこう思ってしまったんだよ。『私が居なくなったら、コイツ、すぐに野垂れ死んでしまうんじゃ……』ってな」
「結局、ツバキさんを飼うことにしたのですね」
「どうせ飼うなら、いっそ使い魔にしたほうが手間が省ける」
「安直と言うべきか、合理的と言うべきか、お姉様らしいですわね。その後、『使い魔になれ』とお命じに?」
「いいや、『私と契約して、使い魔になってくれないか?』と申し込んだよ。子猫にだって、頑張って生きてきた誇りがあるだろうからな。選択する機会を、与えたかったんだ」
「お姉様ったら……あら? でも、『私と契約して、使い魔になってくれないか?』というお姉様のセリフをツバキさん、そっくりそのまま口にしていましたわよ。シッカリ覚えていたんですわ。余程、お姉様に求められたのが嬉しかったんでしょうね」
「そうか。この言葉だけは、私とツバキ、それぞれの思い出の中で一致しているな。他のパートは、全然違う記憶になっているみたいだが」
「ツバキさん、〝王都での豪邸暮らしを楽しんでいたところを、ご主人様にスカウトされた〟――という感じの話をしていましたわよ」
「ふふ。己に都合が良いように記憶を改変するのは、人間も猫も一緒ってことか」
「しかし、不思議ですわね」
「何がだ? チリーナ」
「基本的に、黒猫を使い魔にする契約は強制。契約をし終えた後に、ようやく黒猫は人間の言葉を聞き取れるようになったり、喋れるようになったりするんですわよね?」
「そうだが」
「ならば、何故ツバキさんは契約前であるにもかかわらず、お姉様の『私と契約して、使い魔になってくれないか?』との申し出をハッキリ理解できたのでしょう? ノラの子猫だったのですから、特別な使い魔教育などを受けていたはずもありませんのに」
チリーナの発言に、コンデッサはハッとする。しばらく黙り込んでいたが、やがて彼女は微笑した。
「その疑問は、追求したくないな。ツバキはツバキ、ということだよ、チリーナ」
「私、やっぱりツバキさんが羨ましいですわ。今より、〝駄猫〟呼びに戻します」
玄関から、物音がする。
「ただいまなのニャ~。わ! チリーニャさんが、また来てるニャン」
「帰ってきましたのね、駄猫」
「おかえり、ツバキ」
「ご主人様!」
その日、2人の魔女と1匹の使い魔は、夜遅くまで歓談を続けたのだった。
♢
黒い子猫とコンデッサが契約を交わした、その直後。
「ご主人様、傷を治してくれて、ありがとさんなのにゃ。これから、宜しくニャン」
「うん」
「アタシ、使い魔として頑張るニャ!」
「ほどほどにな。ノンビリやれば良いさ。ところで、お前、名前は?」
「アタシ、名前が無いニョ」
「そうか」
「ご主人様に、名前をつけて欲しいのにゃ!」
「よし、分かった! 素敵な名前にしてやるぞ」
「わ~い! やったニャン!」
「う~ん、う~ん」
「わくわく」
子猫の黒い毛並みをマジマジと眺め――
「……ピンと来た!」
赤髪の魔女が、ドヤ顔になる。
良くない予感がする、子猫。
「決めたぞ! 黒猫だから、クロ助にしよう」
「イヤだニャ! ご主人様のネーミングセンスは、ドブネズミの足の裏並の酷さにゃ!」
「何だとぉ~!」
「撤回を要求するニャン。だいたい、アタシはメスにゃ!」
「気付かなかった」
「見る目がないニャン。これは、使い魔としてアタシがご主人様を教育しなおさなくちゃならないようニャ」
「何か言ったか?」
子猫は、ふるふると首を横に振った。
「そうか……ふむ。では、クロ子にしよう」
「却下にゃ」
「クロ美」
「拒否にゃ」
「クロ菜」
「差し戻すにゃ。〝クロ〟から、離れて欲しいニャン」
「う~ん、う~ん……〝クロ〟から離れて……黒の反対は、白。……そうだな~、『ツバキ』はどうだ?」
「それ、良いニャ! 『ツバキ』! アタシは、ツバキ! 嬉しいニャ! ご主人様、ありがと!」
「喜んでもらえて嬉しいよ、ツバキ」
コンデッサはツバキを肩に乗せ、歩き出す。
ここから、魔女と使い魔としての彼女たちの生活が始まったのだ。
ちなみにコンデッサがツバキの名前を、白い椿の花言葉『至上の愛らしさ』から思い付いた事は、永遠の秘密である。
~おしまい~
※後書き
『黒猫ツバキと魔女コンデッサ』本編は、このお話でお終いです。最後に「彼女たちはどのように出会ったのか?」を語ってみました。
ここまで読んでくださり、心より御礼申し上げます。
ツバキとコンデッサは「終わりなき日常(いわゆる、サ◯エさん時空)」の中で暮らしていますので、彼女たちの物語はこれからも続いていきます。
今後は番外編をボチボチ投稿していく予定です。良かったら、覗いてみてください。
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筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
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