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第4話 再生品(末尾に1枚画像あり)
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「これこれ、これが必要だったんだよ」
アパートにもどった摩耶が行李の蓋を開けると、中には旧陸軍の士官が使っていた制服や軍帽、略帽、鉄帽、帯革、革長靴、図嚢、双眼鏡といった、武器以外の個人装備がおさめられていた。しかし制服には一部虫食い穴がみられ、帯革や長靴のような革製品も経年劣化やカビが目立った。
「うーん、やっぱり傷んでいるなあ」そう言いながら九八式軍衣に袖を通した摩耶はさらにつぶやく。
「サイズも合わないし」
ありし日の敷島大佐は相当に大柄だったのだろう。スレンダーな女性の摩耶が着るとまるで小学生が大人の服を着たようにブカブカだった。「これを今の私の体格に合うようにしたいのだが」
「へえ、ミリオタのコスプレ大会にでも出るのかよ」つい健太が冗談をもらす。
「みりおた?こすぷれ?」と、怪訝な表情で聞き返す摩耶。
「戦争モノ好きの仮装大会にでも参加するのかい」健太が言いなおすと「馬鹿もん、そんなふざけた理由などではないぞ、私がこの時代に舞いもどってまでも欲しかったものが、これによって手に入るのだ」
昔の軍人ルックに身を固めることで何が手に入るのか知りたかったが、摩耶はあいかわらずの思わせぶりで、それ以上頑として話さない。
(また大佐殿の従卒としてのご奉公をさせていただきますか)
健太はとりあえず摩耶の希望をかなえてやることにして、さきの拳銃の件で知識をさずけてくれた軍事オタクの友人に相談したところ、そうしたミリタリーコレクターを対象にした軍服や装備品のリフォームをあつかう業者を紹介してもらった。
制服は身頃部分は掛け矧ぎや裏地の張りかえ等でほとんど新品同様にリフォーム可能であるが、上衣の袖や、ズボンの裾部分は汚れや虫食いが進行していて修復は難しいということだったので、摩耶は思いきって上衣は半袖に、ズボンはスカートに仕立てなおしてもらうことにした。
そして革製品は経年劣化で再生困難なためすべて新調させた。革長靴は制服の丈が短くなったのを埋めあわせるかのように膝頭が隠れるほど深い牛革固胴仕立てで、手袋も肘まで覆う長いものをあつらえた。手袋はしっとりとした羊皮製で、指先にまでよくなじむ逸品であった。
図嚢、双眼鏡ケース、拳銃のホルスターも再利用可能な金具以外はすべて当時の規格で作りなおしてもらい、双眼鏡ケースにはもともと入っていた独ツァイス社製のそれを、ホルスターには件の十四年式拳銃をおさめることにした。
ちなみに十四年式本体は実銃なので、むろん業者には現物を見せていない。
なお旧陸軍の場合、上衣の上からは「胴締め」という、上衣と共色でやや細身のベルトをつけることになっていたが、今回は制服の形状を大幅に改変したので、あえて様式に固執することもなかろうと二本爪で幅広の革ベルトに変更した。これは同時代のドイツ将校が使用していたもので、なるほどこちらのほうが軍装らしい厳めしさが増すとともに、よりスタイリッシュである。
仕立て上がった制服の襟には、ベタ金で星二つ(中将)の階級章がついていた。どうやら業者の手ちがいがあったらしい。
「すごいな、これって『二階級特進』ってやつ?」健太がふざけてそう言うと、
「うん、だからこれからは私のことを『閣下(将官の敬称)』と呼ぶんだぞ」摩耶は苦笑いをうかべて言い返した。――その後、彼女は「これも何かの天命だろう」と嘯き、あえて襟章の交換を申し出ることはなかった。
なお、上衣には注文していなかったはずの飾緒(参謀肩章)が取りつけられていたので業者に問い合わせたところ、サービスであるとのこと。
飾緒は制服と共色仕立ての野戦用で、おもしろいのは先端の飾り金具がボールペンまたは鉛筆として使用できるようになっていることであった。これは飾緒の起源が野戦士官の筆記具だったことを意識しているらしく、どうやら件の業者も相当な軍事オタクであるようだ。
アパートにもどった摩耶が行李の蓋を開けると、中には旧陸軍の士官が使っていた制服や軍帽、略帽、鉄帽、帯革、革長靴、図嚢、双眼鏡といった、武器以外の個人装備がおさめられていた。しかし制服には一部虫食い穴がみられ、帯革や長靴のような革製品も経年劣化やカビが目立った。
「うーん、やっぱり傷んでいるなあ」そう言いながら九八式軍衣に袖を通した摩耶はさらにつぶやく。
「サイズも合わないし」
ありし日の敷島大佐は相当に大柄だったのだろう。スレンダーな女性の摩耶が着るとまるで小学生が大人の服を着たようにブカブカだった。「これを今の私の体格に合うようにしたいのだが」
「へえ、ミリオタのコスプレ大会にでも出るのかよ」つい健太が冗談をもらす。
「みりおた?こすぷれ?」と、怪訝な表情で聞き返す摩耶。
「戦争モノ好きの仮装大会にでも参加するのかい」健太が言いなおすと「馬鹿もん、そんなふざけた理由などではないぞ、私がこの時代に舞いもどってまでも欲しかったものが、これによって手に入るのだ」
昔の軍人ルックに身を固めることで何が手に入るのか知りたかったが、摩耶はあいかわらずの思わせぶりで、それ以上頑として話さない。
(また大佐殿の従卒としてのご奉公をさせていただきますか)
健太はとりあえず摩耶の希望をかなえてやることにして、さきの拳銃の件で知識をさずけてくれた軍事オタクの友人に相談したところ、そうしたミリタリーコレクターを対象にした軍服や装備品のリフォームをあつかう業者を紹介してもらった。
制服は身頃部分は掛け矧ぎや裏地の張りかえ等でほとんど新品同様にリフォーム可能であるが、上衣の袖や、ズボンの裾部分は汚れや虫食いが進行していて修復は難しいということだったので、摩耶は思いきって上衣は半袖に、ズボンはスカートに仕立てなおしてもらうことにした。
そして革製品は経年劣化で再生困難なためすべて新調させた。革長靴は制服の丈が短くなったのを埋めあわせるかのように膝頭が隠れるほど深い牛革固胴仕立てで、手袋も肘まで覆う長いものをあつらえた。手袋はしっとりとした羊皮製で、指先にまでよくなじむ逸品であった。
図嚢、双眼鏡ケース、拳銃のホルスターも再利用可能な金具以外はすべて当時の規格で作りなおしてもらい、双眼鏡ケースにはもともと入っていた独ツァイス社製のそれを、ホルスターには件の十四年式拳銃をおさめることにした。
ちなみに十四年式本体は実銃なので、むろん業者には現物を見せていない。
なお旧陸軍の場合、上衣の上からは「胴締め」という、上衣と共色でやや細身のベルトをつけることになっていたが、今回は制服の形状を大幅に改変したので、あえて様式に固執することもなかろうと二本爪で幅広の革ベルトに変更した。これは同時代のドイツ将校が使用していたもので、なるほどこちらのほうが軍装らしい厳めしさが増すとともに、よりスタイリッシュである。
仕立て上がった制服の襟には、ベタ金で星二つ(中将)の階級章がついていた。どうやら業者の手ちがいがあったらしい。
「すごいな、これって『二階級特進』ってやつ?」健太がふざけてそう言うと、
「うん、だからこれからは私のことを『閣下(将官の敬称)』と呼ぶんだぞ」摩耶は苦笑いをうかべて言い返した。――その後、彼女は「これも何かの天命だろう」と嘯き、あえて襟章の交換を申し出ることはなかった。
なお、上衣には注文していなかったはずの飾緒(参謀肩章)が取りつけられていたので業者に問い合わせたところ、サービスであるとのこと。
飾緒は制服と共色仕立ての野戦用で、おもしろいのは先端の飾り金具がボールペンまたは鉛筆として使用できるようになっていることであった。これは飾緒の起源が野戦士官の筆記具だったことを意識しているらしく、どうやら件の業者も相当な軍事オタクであるようだ。
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