功名の証(こうみょうのあかし)

北之 元

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第10話  阿修羅

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 A夫とB輔は、建物の奥の一室へ案内されたが、そこに到達するまでには幾重にも折れ曲がった長い廊下を渡り、複数の部屋を通りすぎる必要があった。E氏の話によると、その部屋は一種の隠し部屋で、事情があって身を隠す際や、要人をかくまうのに使われる部屋だという。――やがて部屋に到達したが、その規模や間取りは、ちょうどホテルのスイートルームを思わせる豪華なつくりであった。部屋に窓はないが、応接室で見たような各フロアの監視カメラ映像を見られる設備もあり、居ながらにして外部の状況を逐一確認できるようにもなっていた。
「この部屋は邸内でも一番安全な場所だ……まあ、ことがおさまるまで、酒でも飲みながらゆっくりして行きたまえ」E氏は高級酒のボトルが並んだアンティーク調のサイドボードに目をやりながらそういった。
 A夫はE氏に訊ねた「C子あいつはここまで追ってくるでしょうか」
「まあ、この部屋までは来られないだろうが、邸内に侵入される可能性はあるだろう」E氏はそういうと、ジャケットを開いて下のショルダーホルスターから拳銃を取り出した。
「そうなると、こいつの出番ということになるが、君たちや死んだD(住職)の話から想像すると、その化け物は人造人間ロボットの可能性があるな」
「ロボット?」
「うん、私はDと違って、基本的に幽霊のような存在は信じないからね。――たとえば人間以上の運動能力を持つヒト型ロボットにホログラムを組み合わせて、戦国武将の亡霊を演出する。その事前準備として薬物中毒者たちに無差別殺人事件を起こさせ、それにC子さんを誘拐して、Dの寺の伝説を組み合わせれば、世にもおぞましき怪談の完成だ……おおかたどこかの国が新兵器のテストとこの国の人心攪乱じんしんかくらんを兼ねて仕組んだか、悪趣味で頭のイカれた科学者どもがウイルスをばらまくような気分で仕掛けたんだろう」
 E氏はそこまで話すと、拳銃をホルスターに収めて立ち上がった。
「まあ、いずれにせよ今回の化け物退治はまかせてくれ。もう組員たちには武器を持たせて配置させているし、こちらもとっておきの新兵器を用意した」

 室内の壁に邸内正面フロアの監視カメラ映像が浮かび上がる――そこにはSF映画に登場するような二足歩行型ロボットが仁王立ちになっていた。高さは三メートル近くあるだろうか、角張った本体と、それを支える安定感のある歩行脚はいずれも厚い装甲でおおわれ、左側には大口径のガトリング機関砲、右側には多目的アームがそれぞれ人間の腕の位置に取りつけられていた。メカニックで武骨な外見は少年たちが見たら狂喜しそうな格好良さである。
「某国陸軍で開発していた歩行式無人小型戦車だ。ある筋から試作品を大枚はたいて取り寄せたんだが、今回はその性能を試す絶好の機会といえるな――これもわば私の“ Pfeil und Bogen” だ」E氏は流暢りゅうちょうな発音でそう言うと部屋を出て行った。

 その後のいきさつは、A夫とB輔が固唾かたずを呑んで見守るマルチディスプレイに細大もらさず映し出されていた。

――深夜零時、外部の集音マイクが「カラカラ、カラカラ」という、高く乾いた音を拾う。このときはまだどの画像にも異変は見られない。音は次第に近づき、やがて止まる。すると同時に正面ゲート入口の画面が青白く光った。

「お二方、わが功名の証とせんがため、その首級みしるしを頂戴いたす」

「C子だ、C子が来た」A夫がうめくようにつぶやく。
 しかし、そのほんの数秒後のことであった。
「お二方、わが功名の証とせんがため、そのみしるしを頂戴いたす」

「ええっ」
「な、なんで」
 ふたりは仰天した。二度目のC子の声は外ではなく邸内の集音マイクから聞こえたのである。あの頑丈な正面ゲートと、対戦車砲でも破れない玄関ドアを一体どうやって通り抜けたのか――正面フロアの映像を見ると、入り口に向かってあの二足歩行型ロボットが金剛力士然と立ちふさがり、その左右は銃を構えた組員たちが臨戦態勢を整えていた。
――無論のこと、対峙たいじしているのは甲冑姿のC子ひとりである。

「助太刀の方々、いずれの御家中ごかちゅうかは存ぜぬが手出しは無用じゃ」彼女は落ちついた、よくとおる声で言った。

 二足歩行型ロボットが作動音を響かせた。多目的アームから鎖でつながれた鉄球がジャラリと垂れさがり、すさまじい勢いで回りはじめた。ロボットはそのままC子に向かって歩き出す。並の人間があの回転する鉄球に少しでも触れたら、瞬時に肉塊と化してしまうだろう。しかし彼女は微動だにしなかった。
「やむを得ぬ、手向かうとの仰せならば押し通るまで」C子がそう言った次の瞬間、室内の一隅から「ワアッ」という叫び声と、何かが床に落ちる音が聞こえた。
――ひとりの組員が床にうずくまり、そのかたわらには取り落としたリモコンが炎を上げて転がっている――ロボットは動きを止め、最新鋭の兵器は単なる巨大な鉄のオブジェと化した。
「笑止、傀儡くぐつごときでこのZが倒せると思ったか」
「くそっ、撃て、うてっ!」
 数十挺の拳銃や自動小銃が一斉に火を噴く。C子は両刀を抜き、刀身でその銃弾をことごとく跳ね返した。秒速数百メートルに達する飛翔物をたたき落とすのだから、その手元は肉眼では捉えられない。弾かれた銃弾は跳弾となって射手たちを襲い、守備側がこれにひるんだ隙に間合いを縮めたC子は片っ端から組員たちの首を切り落とし、その胴を両断した。その無慈悲で徹底した戦いぶりは阿修羅もかくやと思われるほどで、たちまち幾つもの生首が床に転がり、鮮血とともに吹き出した臓腑ぞうふがその隙間を埋めた。

――ものの数分で正面フロアは制圧されてしまった。いまやヒトをさばく巨大なまな板と化した床の上をC子は悠然と歩き回り、甲冑の隠しからなにやら針のようなものを取り出しては、それを死体の首のぼんくぼへ一つずつ植えて行く。針には小さな布きれが結わえつけられており、画像をズームさせると小さな文字で何かが書き込まれてあるようだった。
「あれは多分『首取りのZ』の名札だろう」A夫が吐き気をこらえてそういうと、B輔も相槌あいづちをうった。
「ああ、自分がった首だということを示すための目印をつけているんだろうな」

 堅固なはずの正面フロアがあっさり突破されてしまったにもかかわらず、組員たちの士気が衰えなかったのは、やはり日頃の訓練のたまものであろう。彼らは長く入り組んで迷路のようになっている通路へC子を誘い込み、曲がり角や天井などに潜んで、通りかかった彼女に次々と奇襲をかけた。だがそれらの試みも四百数十年のキャリアを持つヒトハンターをはばむことはできず、通路には首筋に名札を植え込まれた生首と死体が延々と連なった。
 組員の中には腕に覚えがあるのか、日本刀で立ち向かう者もいた。C子は「卑怯な鉄砲に頼らぬその心がけ、まことに殊勝しゅしょうなり」とめながらも、その行動は容赦なく、一瞬で相手の上半身と下半身を分離させてしまった。

 E氏はいたずらに部下たちの命を犠牲にしている訳ではなく、多くの損害をこうむりながらも「化け物退治」のシナリオは着々と進んでいた。
 ちなみに彼の作戦は粘り強く抵抗を続けながら、通路伝いに「化け物」ことC子を訓練兼集会室におびき寄せることだった。そこは邸内でも別棟になっており、学校の体育館ほどの広さがある。その入り口から見て正面と左側に隙間なく自動小銃のみならず携行式対戦車ミサイルまで構えた組員を配置し、入ってきた「化け物」を十字砲火で掃討する算段である。そしてそれでも効果がない場合は、床下に仕掛けた高性能爆弾を作動させて微塵みじんに粉砕するつもりだった。既述のとおり外壁や天井は砲爆撃にも耐えられるほどの堅固なつくりになっているので、爆風は外に抜けず、このため建物内部は最大級の破壊力を発揮するはずであった。そして万が一爆圧に耐えられず建物が破壊されても、別棟ゆえ施設の被害を局限できる――E氏の思惑どおり、C子はわなの仕掛けられたポイントへ徐々に近づきつつあった。

 やがてC子は「訓練兼集会室」と書かれたプレートが掲げられた扉の前に到達した――しかし、そのまま開けて踏み込むかと思われた彼女の足がピタリと止まり、数秒間じっとしていた。
 やがてそろそろと扉から籠手をはめた手を離し、ゆっくりと後ろを向く。カラカラと追従する草摺の音。
「わがしもべとなりし者どもよ、加勢せよ」
 C子がそう呼ばわると、床にころがっていた幾つもの生首がカッと目を見開き、空中へ浮かび上がった。そしてそのままドローンのように飛翔して、通路伝いに進みはじめた。一方、まだ屍骸とつながっている首はブチブチと音を立てて胴体から離れ、脊髄や食道、筋肉の切れ端をつけたまま飛んでいった。
 生首たちが向かう先はC子のいる訓練兼集会室入口である。彼女はスズメバチの群れのように向かってくる生首の一団を確認すると、扉に手をかけて全開にした。
  
 訓練兼集会室へ突入した生首の群れは、中にいたかつての仲間たちに襲いかかり、ところかまわず噛みつき、その喉笛を食いちぎった。日頃から充分な訓練を積んだ組員たちも空中を飛来する生首には抗するすべもなく、混乱のうちに次々と食い殺され、もはや組織的な戦闘が不可能な状態になった。

「もうムリ、グロすぎ」
「小泉八雲(ろくろ首)かよ」
 A夫たちはそのあまりのグロテスクな様相を見るに堪えず、途中から訓練兼集会室の映像を閉じてしまった。

「そこに居られたか、お二方」
 左端のモニター画面から、兜の眉庇まびさしの下、二重瞼ふたえまぶたのくっきりした目がまっすぐにA夫とB輔を見つめていた。 
「わが功名の証となれ。次はうぬらぞ」
 C子は数時間前に○○寺の前で発したのと同じ台詞せりふをつぶやき、そのままスタスタと歩きはじめた。彼女は複雑に入り組んだ通路の枝道や階段も迷うことなく進んでおり、マルチディスプレイはその向かう先が自分たちの部屋であることを示していた。ここは広大な邸内の奥の院とはいえど、この様子ではあと数分ほどでC子は部屋の前まで到達しそうであった。

「なんでモニター越しに俺たちの居所がわかるんだよ」
 B輔が泣き声をあげた。住職の首をね、精鋭ぞろいのE氏の手下たちを赤子の手をひねるより易々やすやす鏖殺おうさつするのみならず、犠牲者たちの生首をあやつって残虐な共食いまでさせるC子は、無二の親友とその姿形は同じでも、いまや最大の恐怖の対象でしかなかった。
 E氏が保証したとおり、この隠し部屋は邸内でもっとも安全な場所なのだろう。しかしこれまで見せつけられてきたC子の途方もない超能力を考えると、戦車の装甲板と同じ素材だという入口のドアに対してすら、襖障子ふすましょうじと大差ないような心許こころもとなさを感じていた。

 その入口ドアが突然開いた――(もうダメだ)A夫とB輔はおのれの死を覚悟した。

 しかし、部屋に入ってきたのはE氏であった。
「化け物はもうじきここに来る、はやく逃げるんだ」
「え、逃げるって、どこへ」
 E氏は室内のサイドボードへ歩み寄ると裏に手を回してスイッチを押した。するとサイドボードが横にスライドして、その奥のエレベーターがあらわになった。
「ここは地下の脱出用トンネルに通じている。朝まで逃げきることができたら、とりあえず次の日没までは安全だ」
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