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第7話 ビデオカメラ
しおりを挟むおぞましくも凄惨な映像は予想を上まわるものであった。A夫たちは「功名の証ぞ」がおそらくは自分にとって生涯のトラウマになったであろうことを確信した。
「次は、俺たちが用意したビデオカメラだけど、どうする?」B輔がおずおずと言った。
「拝見するしかないだろう」A夫は自分の吐瀉物のあとしまつをしながら答えた。他人様の家で粗相をしたのはまことにもって面目ないが、とっさにレジ袋を使ってその迷惑を最小限にとどめることができたのは幸運であった。
「俺も死にそうな気分だけど、あんなもの見たあとだったら、もう何が映っていようと平気だよ」
ビデオカメラがテレビに接続され、昨夜来のA夫たちの行動が再体験された。収蔵庫への侵入から、甲冑が納められている別区画へ到達するまでに、意味不明の光の筋や光響の他、人の顔らしきものが現れたような気がした。いつもの心霊同盟の会合では、そこで一々画像を停止させては意見を述べあうところだが、それらはすべて早送りされた。
やがてA夫は天井まで届くパーテイションで仕切られた一角が映ったところで早送りを通常の再生モードに戻した。出入り口のドアには御札が貼られているのが見てとれる。
『あれだな』
『うん、そうみたい、あのドアの奥からの霊気がいちばん強い』
『御札が貼ってあるぜ』
昨夜の自分たちのやりとりが再現されている。赤外線のモノクロ映像を観ていると、あたかも夢の中にいるような錯覚をおぼえる。
『まったく、おまえらはいつも見ているだけで、割に合わねえよ』
『なにをいうか、俺たちは世間に奉仕した対価で食べている社会人だ。おまえのように非生産的な遊民階級はせめてこんなところでお役に立たなきゃ存在価値がないだろうが』
『なるほど、そんなものか』
B輔がA夫と軽口を交わしながら小型の高圧スチーマーで慎重に御札を剥がしている。撮影者の息づかいとスチーマーの蒸気音……やがて御札が剥がされ、続いてドアの施錠が解かれた。
『どうする、開けるか』
『C子、どうなんだ、開けても大丈夫か』
『わからない、だけど視線を感じる……それも一人じゃない、何十、何百の目がこっちを見ている、そのドアの向こうから』
『よし、ここは引きあげよう、B輔、その御札を貼りなおして』
バタンと音を立ててドアが開く『きゃああっ!』
C子の悲鳴。画像がおおきくブレて、両目を見開いたままよろける彼女の姿がズームアップされる。
『 C子、どうしたんだ、大丈夫か!』というA夫の声、慌ただしく扉を閉じるB輔――
「そこ止めて!」B輔がそう言ったのでA夫は画像を一時停止させる。B輔はリモコンをひったくるように受け取ると、そのまま少し逆再生させ、パーテイションのドアが開いた場面で止めた。
「これ……なんだと思う」
A夫たちは当時まったく気づいていなかったが、ドアの向こうには、バレーボール大の物体が隙間なくぎっしり詰め込まれていた。物体の一つひとつには人間の顔としか思えないものがついており、先刻の監視カメラ映像で見た、切り落とされて床にいくつも転がった物体にもっともよく似ていた――というよりそのものだった。
「C子がビビったのも無理ないぜ」
「和尚さん、この生首の山はやっぱり」
「いや、とりあえず最後まで見届けよう」
一時停止画面は再生に切り替えられた。
『あれ?消えてる』
『え、なんだって』
『霊気が消えてる……そこ、開けようよ』
C子が開けはなったドアの奥には、昨晩見たのと同じ、鎧櫃と三角コーン以外何もない空間が広がっていた。
カメラ画像がいったん切られ、次に映像が再生されたときは最前より高い位置から室内全体を見下ろすような形になっていた。室内も赤外線のモノクロから懐中電灯で照らされたカラー映像に変わっている。
その後しばらくはさしたる怪異な現象も起こらず、周知の経緯のとおり鎧櫃は開かれ、中に納められていた甲冑がA夫たちの視線にさらされることになった。
そのうち写真を撮り終えた頃から、A夫とB輔が“記念撮影”の件で諍いをはじめた。――一方、C子は二人を放ったまま甲冑を持ち出し、部屋の隅でさっさと着がえている。その手つきに迷いはなく、あたかも普段着のようにテキパキと武者草履、臑当、籠手、胴と順々に身につけている。事情を知らない者がこの時点から映像を目にしたら、何とも形容できないシュールな画に見えたことだろう。
「これだ」また画像は一時停止された。そこにはひととおり甲冑を着け終え、あとは兜を被るばかりとなったC子が振り向きざま床に置かれた朱塗りの両刀を拾い上げて腰に差す場面であった。
「やっぱり刀は突然出現している」その後、どの時点で刀が出現したのか、逆再生を繰り返したところ、どうやらC子が着がえている最中に現れたようであるが、あいにく刀はカメラ目線では彼女の後方に隠れていたため、出現の瞬間までは確認できなかった。
また再生モードへ――
C子が腰の刀を抜いて中の鉄筋もろとも赤い三角コーンを両断し、それに恐怖した一同が退散を決意する。
『お、おい、すぐに引きあげるぞ、C子、鎧を脱いで元に戻せ』
『脱げない』
『馬鹿、恥ずかしいなんて言ってる場合か』
『ちがう、外れないの、どうしよう』
そのあたりから、C子の周囲に何か淡く光る霧のようなものがあらわれ、それは次第に彼女の身体をを包み込み、そして全身が覆われると、
『あっ、あっ、いきが、息ができなっ』彼女は急に苦悶の様相を呈した。
A夫とB輔はC子の身体から甲冑を引きはがそうとするが、彼女に取りついている光が防御バリアの役割を果たしているようで、いっさい受けつけない――その光が一瞬強く輝き、A夫たちは部屋の隅まで跳ね飛ばされた。
『く、か、くは、かっ』
『このままじゃC子が死んでしまうぞ』
『和尚を呼べ』
『いや、その前に救急車だ』
A夫とB輔が大慌てで部屋から飛び出していった。
ひとり残されたC子は、全身を後方へ弓なりにそらせた姿勢のまま固まっていた。彼女をスッポリ覆っている得体の知れない光は次第に輝きを増し、それとともに身につけた甲冑が蜃気楼のように消えていった。
――いまや一糸まとわぬ姿となったC子が両脚を広げ、あお向けに横たわっている。光が明滅をはじめ、点いたり消えたりするたびに半開きになったその口からは押し出されるように『はっ、…はっ』と吐息がもれる。
そのうち光の明滅の間隔が短くなり、彼女の反応も変わってきた。
『はっ、はっ、はっ、――ああん、あん、あンあンあン、アンアンアン』
短周期の光の点滅が、映像を見るA夫たちにストロボ光源下特有の奇妙な錯覚を起こさせる。それは禍々しくもこのうえなくエロティックな光景であった。
『あんン…、アンッ、アッ、アッアッアッ、アッアッアッ、アッアッアッアッアッ』――明滅テンポが頂点に達した次の瞬間、室内全体が真昼のように明るくなった。
『アアアアアーッ、――アッ』
C子はおおきくのけぞり、感電したように全身をビクッ、ビクッと痙攣させる――真昼の輝きは数秒ほどつづき、そして瞬時に消え失せた。
懐中電灯の淡い光源のもと、溶けるように横たわるC子――。
線香一本が燃えつきるほどの時間が経過したころ、彼女はムクリと上体を起こす。乱れた頭髪が顔にかかっていたが、その容姿は以前より数段美しさを増し、もはや凄艶というべきものであった。そんな白く浮かび上がる裸身に、ふたたび甲冑が二重写しされるように現れて定着した――スックと立ち上がるC子。同時に袖と草摺の金具がカラカラと鳴った。
C子は慣れた手つきで腰の朱鞘から大刀を抜き放ち、ゆっくりと左右を見回す。
『お二方、いずこに参られた』
彼女は室内を歩き回りつつ、A夫とB輔を探しているようだった。
『わが功名の証とせんがため、その首級を頂戴いたす』
やがてドアの向こうにC子の姿が消える。
『お二方、いずこに参られた』
『わが功名の証とせんがため、そのみしるしを頂戴いたす』
『お二方、いずこに参られた』
『わが功名の証とせんがため、そのみしるしを頂戴いたす』
呼び声がリフレインしながら次第に遠ざかる……そしておとずれた束の間の静寂も、ほどなくA夫たちが住職とともに慌ただしく駆け込んでくることによって破られることになる。
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