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第5話 甲冑の由来
しおりを挟むA夫とB輔が庫裏の玄関口にたどり着いたのと、ただならぬ気配を感じたD住職が玄関の扉を開けたのがほぼ同時であった。
住職はサバイバルゲーム中のような服装の青年二人が血相を変えて飛び込んできたのには面食らった様子であったが、興奮して早口でまくしたてる彼らの話を聞いているうちに、みるみる顔面蒼白になった。
「君たちは……なんということをしたのだ」
「申し訳ありません、このおわびはあとでいかようにでもさせていただきます。警察に突き出してくださってもかまいません。それより友人が大変なんです、助けてください」
「このままでは死んでしまうかも知れないんです、お願いです」
「まあ、まずは落ち着きなさい」住職はA夫たちを制しつつ言った「警察には連絡したのかね」
「はい、警察と消防(救急車)の両方に電話しました」
「その危険だという君らの友達はいまどこにいるのかね」
「あっ、C子」A夫とB輔は顔を見合わせた。当のC子を一人現場に残してしまっていたのだ。二人ともパニック状態だったとはいえ、これはまったく迂闊であった。彼らは住職とともに全速力で収蔵庫へ駆け戻った。
到着するや、住職は収蔵庫の照明スイッチを入れた。三人はそのまま件のパーティションで仕切られた内部に駆け込んだが、――そこには蓋の開いた鎧櫃と、上部が切断された三角コーン、そして床に広げられた養生シートの上にはA夫たちが持ち込んだ器材と、C子の衣類があるきりだった。
やがてパトカーと救急車が到着したのでA夫たちは事情を話し、しばらく付近を捜索したが、C子は見つからなかった。明け方になっても何の手がかりもなく、警察関係者はあらためて本格的に捜索隊を編制して出直すと言い残して引き揚げた。
住職はポツリといった「かわいそうだが、あんたらの友達はもうダメだろう」
「ダメ、というのはC子が死んだということですが」A夫が恐るおそる聞き返す。
「いや、まだ死んではいないが、それよりもっと悪いことになっておる」
「それは、あの甲冑が関係しているのですか」
「もちろんだ、あの鎧には何びとといえど抗しきれぬほどの、世にも怖ろしい呪いが込められておるからな」
「それでは、やっぱりあれは『呪いの甲冑』だったんですね」
A夫のその言葉に住職はおおきくうなずいた「事ここまで来たからには拙僧も、そしておそらくは君たちも無事ではいられまい。もはや一蓮托生の我ら、これまで門外不出であったその甲冑の由来を共有するのも定めであろうな」
住職の口調は次第に時代がかってきていたが、それはこの寺の後継者たちが代々受け継いできたという重大事を明かす際の精神上の影響なのだろうか。――A夫とB輔は庫裏の奥の間へ通され、そこで住職から「呪いの甲冑」にまつわる伝承の一部始終を聞かされたが、そのあらましは次のとおりである。
――戦国時代の終わり頃、この地方には地元の△△家に仕えるZという武士がいた。Zの家は身分の低い地方の小土豪にすぎなかったが本人は武勇の誉れ高く、戦場では数多くの手柄を立てた。ちなみにこの時代の「手柄」とは、戦闘で一人でも多くの敵を斃すことであり、証拠いわゆる「功名の証」として殺した相手の首を切り取って持ち帰り、それを上役に見せて評価してもらうことが通例であった。このため有能な武士は血の滴る複数の生首を腰に吊るして戦場を疾駆していたわけであり、その絵面のグロテスクさゆえに現代の時代劇では多少の脚色がされている――そしてZもまた例外ではなく、数多の敵の兜首を稼ぐ彼は敵から「首取りのZ」と怖れられ、短期間のうちに足軽大将にまで上りつめるという快挙を果たした。
しかし、いずれの世でも脚光を浴びる者は妬みの対象とされることが多い。ことにZは成り上がり者であるとともに、寡黙で非社交的な性格であった。兵士としての働きが有能である者が、指揮官としても充分な才覚が発揮できるかどうかというのはまったく別の問題である。彼は出世したことによって人の上に立つ身分になったのだが、管理職として人を動かす能力にはなはだ欠けていた。――Zは安全な後方で采配をふるうことを嫌い、つねに最前線で戦った。それも手勢を率いての行動ではなく、単独行動である。敵の行動を予測して奇襲をかけ、あるいは混戦の中で名のある者が孤立した好機に乗じて一騎打ちを挑むといった「首取りのZ」からの行動様式をまったく変えようとしなかったのである。戦闘中、彼の頭の中にあるのは如何にして敵を討ち取るかということだけであり、大局的なことにはまったく関心がなかった。
戦乱の世では、高い戦闘能力を備えた者が優先的に評価される社会構造になっているが、Zのように自己の戦闘能力を向上させることにのみ特化した者は、おそらく指揮官としてはもっとも不適格な存在であろう。合戦となれば一人さっさと戦場に入り込んでしまい、なるほど鬼神のようなはたらきで多くの首を手土産に戻ってくるが、その間なんの具体的な指示も出されずに放っておかれる配下の兵たちにとってはたまったものではない。いきおい組織管理者としての務めが不充分なZへの不満が聞かれるようになり、そのことが彼を陥れようともくろむ連中が行動を起こす追い風にもなったのである。
彼らは△△家当主に対し、Zは敵方のXX家と通じていると讒言した。もとより事実無根であるが、当主は軽薄で度量の狭い男であった。このため無愛想でお世辞を言わず、思ったことを率直に述べるZより、自分の機嫌をとることの巧みな取り巻き連中の言葉を信じた。しかし内通の件を明るみに出すと本人の申し開きで嘘だということがばれてしまう――讒言者たちは一計を案じ、次の合戦で行動中のZの所在を敵側に漏洩したのである。
大軍に包囲されたZは、鉄砲の集中射撃によって深手を負ったところを討ち取られた。
Zは英雄としての名声が高く、内通者として処刑することは味方の士気にも影響するだろうから、ここは戦場で「名誉の戦死」を遂げさせ、死後は彼を軍神として称えることでむしろ士気向上に役立て、さらにZの口封じも図ろうという一石二鳥の目論見が成功した――はずであった。
しかし、その後事態は世にもおぞましい展開を迎えた。翌年の年賀の席上で、讒言者の首謀格だった男が突然太刀を抜き「功名の証ぞ」と叫びざま当主の首を切り落としたのである。彼はただちにその場で成敗されたが、事はそれで終わらなかった。――数日後、やはりZの謀殺に関わっていた者が、おのが一族郎党をことごとく殺害してその首を自宅屋敷の門前に掛け並べ、自らも我とわが首を刎ねて絶命したのである。長持の中に隠れて奇跡的に助かった下女の話によると、彼女の主は血刀を振りかざし「功名の証ぞ」と叫びつつ邸内を駆け回っていたという。
怖ろしい出来事はさらに続いた。城下の往来で一人の武士が突然太刀を抜き放ち、付近の通行人に見境なく切りつけたのである。鎮圧に駆けつけた者たちから深手を負わされても容易に凶行はやまず、背後から薙刀で首を切り落とすことによって「功名の証ぞ」と叫び続けるその口がようやく沈黙した。このときは数名の死者と数十名の怪我人がでた。
△△家中は恐怖に陥った。これはまぎれもないZの祟りだとして、あらためて怨霊鎮護のための法要を盛大に執り行ったが、それでも事態はおさまらず、Z謀殺関係者が一人残らず死に絶えた後も同様の惨事は続いて起こった。人々はいつか自分の身近な人物が急に発狂して刀を振り回すかもしれないという妄想にとらわれて、片時も心が安まらないほどになった。
――時は戦国である。この不安定な△△家の内部情勢が伝わるや、隣国のXX家は千載一遇の好機とばかりに攻め寄せてきた。△△家はあっけなく滅亡し、数代にわたって続けられた両家の敵対関係に終止符が打たれた。
戦後、かつての△△領内に進駐したXXの将士たちは、兵の一人が突然刀を抜き「功名の証ぞ」と叫んで周囲に切りつける事件が複数発生したことをいぶかしみ、調べたところそこで初めて一国を滅亡に追いこむほど強力なZの祟りの存在を知って驚き、そして大いに怖れた。彼らは累が自分たちに及ぶことを防ぐために、本格的な怨霊対策に乗り出すことを決めた。
内外から徳の高いとされる僧侶や、霊験あらたかと評判のある祈祷師が、高額の報酬で呼び寄せられて各種の手段を講じた。しかし、いかなる呪法や調伏を用いても一向に験が見えないのみならず、むしろ祓う側にも犠牲者が出るに至っては、もはや万策尽きたかと思われたその時、ひとりの旅僧が一同の前にあらわれた。彼は事の顛末を聞くと、Zはおのれが死んだことを知らないまま、その霊魂は今もなお現世を彷徨っては彼が生涯をかけて追求してきた仕事を続けているのだと語った。その「仕事」とは無論一人でも多くの敵を殺し、「功名の証」となるその首級を蒐めることに他ならない。味方の企みによって死んだZの霊にはもはや敵味方の区別がつけられなくなり、ひたすら殺して首を取ることを繰り返す、未曾有の殺人鬼と化したのであった。
かの旅僧は、仮にZが怨霊であれば「怨」の対象が消滅した時点で祟りを為すこともなくなるのであるが、Zの所業は本人が天職と意識して無邪気に行っているものであって、その意志に毫も疑いがないことから、祈祷のたぐいはいっさい通用せず、このまま放置すれば世の生霊すべてを滅ぼすまでこの殺戮はやまないこと、このため当人が生前もっとも関心を寄せていた物品にその霊を封じ込めることで被害の拡散を防ぐしか方法はないと述べた。
さっそく遺品の中からそれと思われるものをいくつか試したがうまく行かず、あきらめかけたところでZが以前新しい甲冑を注文していたことをつきとめる。製作に手間のかかる甲冑は、完成までに年単位の日数を要することからまだ納品されていなかったのである。――旅僧は完成した新品の甲冑の中へZの霊魂を封じ込めることに成功し、以後怪異な現象は起きなくなった。
旅僧は寺を建立して甲冑を納め、門外不出とすることで今後二度とZの霊が世間の人々に災厄をもたらすことがないようにしたのである。
「かくいうその寺こそが、この○○寺で、寺に納められていた『首取りのZ』の霊魂を封じた甲冑が、君らの友人とともに行方不明になったということなんだよ」
D住職が甲冑の由来を話しおえたとき、すでに陽は高く昇っていた。
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