心の鍵はここにある

小田恒子

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先輩の気持ち 3

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「何その上目遣い、もしかして誘ってる?」

「そんな訳ないでしょうっ!」

「だよなー、こんな公共の場でそんな大胆な事、してくれる筈ないよなー」

「……先輩、昔とキャラ変わりましたね」

「変わったか?
 里美には素直になろうと思ってる。……昔は俺、ヘタレで何も言えなかったからな」

 先輩の眼差しが、少し憂いを帯びている。
 私は、また何も言えなくて、黙って俯くだけだ。そんな私を見て先輩は、言葉を続ける。

「学生の頃、何か無駄にモテてたからさ……。
 何て言うのか、女の子と話をして勘違いさせちゃダメだって思ってて。
 彩奈もいたし、何かあれば彩奈に話せば済んだってとこもあって、極力女子とは距離を置いてたんだけど。
 里美とは、そんなの御構いなしでさ。
 当時はニセカノって言いながらも回りには『付き合ってる』アピールしてたし、俺もその……。
 付き合ってるつもりだったんだ」

 先輩の言葉に驚き、顔を先輩の方に思わず向けてしまった。

「……俺、何であの時『付き合ってる振り』って言ったんだろうな。
 実際に付き合うのと、変わらなかったのに。
 ……休みの日だって、こうやって一緒に出掛けたかった。
 普通の高校生のカップルがしている様な付き合い、すれば良かったって、ホント後悔した」

 先輩の言葉が、胸に響く。後悔なら、私だってそうだ。先輩に気持ちを伝えられなかったから。
 最初に、『勘違いするなよ』と釘を刺され、恋心を悟られない様に振る舞うのに必死だった。
 周りには、付き合っているアピールはしていたから、私の気持ちは周りにはダダ漏れだっただろう。
 でもそれは、彼女と認識されていたから、成り立ったものだ。
 もし、周りが私をニセカノだとわかっていたら……。
 きっと、過去に先輩に振られた女子生徒のやっかみはあの頃受けた嫌がらせより酷かったに違いない。
 なのに、何で今更……。

「今更なのは分かってるけど……」

 先輩は、深く息を吸い込んで、私の手を改めて握り、こう言った。

「里美、俺達、十二年前からやり直さないか?」

 先輩の言葉に、周りの音が消えた。先輩の言葉が、良くも悪くも私の心を支配する。
 十二年前から、やり直す……?

「こんな、通勤中に言う様な事ではないけど……。
 帰宅時間が合わないし、週末は松山に帰るだろう?
 ニセカノとか、ニセカレとかじゃなく、俺達、きちんと付き合わないか?」

 先輩の眼差しは、真剣だ。これが芝居だったら、アカデミー賞ものだろう。
 ちょうど、他の路線との乗り換えが出来る駅に到着するタイミングで言われたので、人の出入りも多くなり始めた。

「……今日はいつもより早い時間に出たし、改札出たら、コーヒーでも飲んで行こう」

 この話は一先ずこの場では終了ということらしい。私は、頷く事しか出来ない。
 最寄駅に到着するまで沈黙は続く。
 会社のある駅に到着すると、先輩も一緒に電車を降りた。
 先週も思ったが、先輩の勤務する会社も最寄駅はここなのだろうか。
 先輩に手を引かれ、改札を出て、構内にあるコーヒーショップに入った。

 結局、私は先輩の事を何一つ知らない。
 在学時に知っていた事は、家族構成(両親とお兄さんが一人いる)と、誕生日、血液型位だ。
 誕生日や血液型は、当時先輩のファンだった子から教えて貰ったもので、本人から直接聞いた訳ではない。
 唯一聞いたのが、家族構成だけ。本当に、あの頃の自分に呆れてしまう。
 裏を返せば、そこまで深く知らないからこそ心の傷もそこまで深くないと言う事だ。
 先輩の側を離れていた十二年間、私は恋愛から遠ざかり、傷付かずに済んでいたのだから。

 先輩が、私の分のオーダーを聞いてくれる。
 私は、ブラックのアイスコーヒーを頼んだ。先輩も同じ物を頼み、座席に運んでくれた。

「さっきの話だけど、俺は真剣に考えてるから。
 遊びとかではなくて、きちんと里美と向き合いたいんだ。
 週末、松山に行ってご両親に俺の事を話すなら、ウソ彼ではなくて本当の彼氏として話をして欲しい」

 信じてもいいのだろうか。アイスコーヒーの氷を見つめたまま、私は動けない。

「俺も、実家に里美の事、話をしてくるから」

 先輩の言葉に、私は顔を上げた。

「それは待って下さい」

 私は、先輩に訴える。

「どうして?」

「まだ早過ぎます! それに……」

「それに?」

 先輩は、私の顔を覗き込む。
 先輩は本気なのだろうか。
 十二年前に戻って……と言われても、 まだ、肝心な先輩の気持ちを聞いていない。
 『好き』の一言が貰えたら、私は間違いなく先輩の胸に飛び込んで行くだろう。
 本気で考えている、遊びじゃないと言われても、きちんとした先輩の気持ちを先輩の口から聞きたい。

「……私の事、どう思ってますか?」

 意を決して言った言葉は、タイミング悪く先輩の携帯が鳴った事で、掻き消された。

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