心の鍵はここにある

小田恒子

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今更です。 3

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 私は台所の片付けをしていない事を激しく後悔した。
 よりによって、おかずを食べられてしまうとは……。
 揚げ物を日頃控えているから、沢山作ったのに、何故勝手に許可なく食べるかな。
 私の不機嫌な顔を見て、先輩は何が楽しいのか、終始ご機嫌で部屋の中をジロジロと見渡している。

「彼女の手作り料理を食べるのって、男は嬉しいものさ。ほら、早く飯の支度してくれよ」

「……お断りします。あれは明日の私の食事です。
 生活切り詰めて自炊しているんですから、勝手につまみ食いしないで下さい」

「そっか……、ごめん」

 私に叱られて頭を垂れる先輩は、何だか大型犬が飼い主に叱られてしょぼくれている様に見えて、何だか可笑しかった。

「それに今日は藤岡主任と会っていたんでしょう?
 この時間なら既に食事も終わらせて来られたんじゃないですか?」

 私は、先程使った食器を洗いながら先輩に聞いてみた。
 すると……。

「ああ、済ませたけど……。里美の手料理は、別腹なんだよ」

 照れた表情を、隠さず私に見せる先輩。
 この人、こんなだったっけ?
 昔はポーカーフェイスで、何考えてるかわからなかった。
 と言うか、そんな深い付き合いじゃなかったし、気にも留めなかったからだろうか。
 洗い終わった食器を布巾で拭いて、おかずを盛り付ける。
 味噌汁と、お茶碗に白米を控え目によそい、そっとテーブルの上に配膳した。
 先輩は、びっくりした表情で固まっている。まさか食事を出されると思わなかったのだろう。

「うちでご飯食べてる写真撮ったら、帰って下さい。一緒に写さなくても、それで十分信憑性あります」

 そうだ、わざわざお互いのパーソナルスペースに入って一緒に写真を撮らなくても、これならきっと親密さが伝わるだろう。

「えー、それとこれとは話が別だろ? でも、これ食べていいのか? 明日の分だろう?」

「一緒に撮影しなくても、私の部屋って分かれば親も騙せますから。
 それによく考えたら、一緒に撮影したら私の表情でバレますよ。
 ごはんは……、今日沢山作って食べたからもういいです」

 先輩はしばらく目をぱちくりさせていたけれど……。
 テーブルの上に並べた今日の我が家のご飯を改めて眺めながら、スマホを取り出し、何を思ったのか写真を撮った。

「……女子?」

 思わず呟いた私の言葉に反応する先輩。

「……あのなぁ、好きな子の部屋に上げて貰って、手料理食べさせて貰えるんだぞ。証拠に残したいじゃないか」

 ……今、この人『好きな子』って言った……?
 いや、きっと聞き間違いだろう。また傷付きたくない。
 私は先輩の言葉をスルーして、先輩の向かいに座って、スマホのカメラアプリを起動させる。

「……おい、スルーかよ。……まぁいいや。
 そのうちゆっくり解らせてやるから。じゃあ、頂きます」

 先輩はきちんと手を合わせて、私が作ったご飯を食べ始めた。
 昨日は気付かなかったけれど、先輩のお箸の使い方は、見ていて綺麗だ。お箸の持ち方も正しくて所作も美しい。

「……うん、美味い!」

 カメラ目線ではない素の顔の先輩の笑顔を、ナイスタイミングで撮影する事が出来た。
 家族には、これを見せよう。
 食事の邪魔にならない様に席を立ち、食後のお茶を用意しながら、結局明日の献立を改めて考えなきゃと、冷蔵庫のドアを開けた。

「……明日、何にしようかな」

 結局何も思い浮かばない。
 先輩に聞こえない様に呟いて、冷蔵庫のドアを閉め、お茶を淹れてテーブルに運んだ。
 先程食事を済ませていると聞いたものの、用意した量は綺麗に食べられて、もうすぐ全ての器が空になっていく。
 成人男性の食事の量が今ひとつ分からない私は、お茶を出した時に聞いてみた。

「先に食事を済ませてたんですよね。その上に、結構これも腹持ちしますが大丈夫ですか?」

「心配してくれるのか? ありがとう。大丈夫、藤岡達との食事は軽く済ます程度だったから」

 お茶の入ったグラスを受け取り、先輩は一気に飲み干した。

「……で、来週は俺も一緒に行かなくていいのか?」

 グラスをテーブルの上に戻した先輩は、私に問う。一緒に来られても辛いだけだから、一人の方がいい。
 私は頷く。

「空港に、さつきに迎えに来てもらうから。きっと、先輩と一緒だったらさつきも驚くし……」

 さつきの名前を出すと、先輩はすんなりと引き下がった。
 私が転校してからさつきと何かあったのだろうか。さつきも、先輩の事は何も言わない。

「……食事も終わったみたいですね。そろそろお引き取り下さい」

 私は先輩の使った食器を下げて、荷物を玄関へ運ぶ。
 先輩は、立ち上がって私の後ろをついて歩くから油断していた。

「里美……」

 不意に、背中から抱きすくめられ、身動きが取れない。
 元々身長が頭一つ分くらい違うのだ。先輩の胸の中にすっぽりと埋もれてしまう。
 後ろから抱き締められて、私の頭上に先輩の頭の重みを感じる。
 突然の事で、身体が、心が、動かない。
 先輩の抱擁は、ほんの数秒の事だったけれど、私には、数分にも感じる長さだった。

「……おやすみ。晩ごはん、嬉しかった」

 先輩は抱擁を解くと、玄関に私が置いた鞄を持って、部屋から出て行った。
 私は、先輩が出て行った後もしばらくの間、動く事が出来なかった。
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