心の鍵はここにある

小田恒子

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ご対面 2

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 エレベーターで一階まで降りて、またまた先ほどの道を途中まで引き返し、路面電車乗り場へ向かう。
 八月の陽射しは、松山だろうが何処だろうが容赦なく照り付ける。
 茹だる様な暑さの中、道後方面へ向かう路面電車に乗り込み、目的地である大街道おおかいどうへ。
 路面電車に乗り、久々の車窓を眺めてみた。
 堀端沿いにある城山公園も、路面電車に併走して通る国道五十六号線も陽炎が立ち上っており、外気の温度が高いのが視覚でも確認出来る。
 さっきから、暑い屋外と冷房の効き過ぎている屋内を行ったり来たりで汗が気持ち悪い。
 ハンカチ一枚だけでは間に合わないので、タオル地のハンカチを何枚か持って来ているけど、正解だった。
 直哉さんも、流れる汗を拭いている。私は、余分に持っていたハンカチで、比較的地味な男性が使ってもおかしくない物をバッグから取り出し、差し出した。
 直哉さんは、ありがとうと言って素直に受け取り、汗を拭う。

 路面電車のすれ違いで、坊ちゃん列車が通過している。
 坊ちゃん列車は見た目がレトロな列車で、車掌さんが創業時の制服を着用している。観光客にはたまらないだろう。
 私の視線の先を読んだ直哉さんは、私の耳元で囁く。

「もしかして、坊ちゃん列車に乗りたかった?」

 私はびっくりして直哉さんの方を向くと、イタズラっ子な表情をしている。

「恥ずかしいからこっちで十分です。あれは観賞用で、乗りたいとは思いませんよ」

 私も小声で返事をする。
 すると、意外だと言わんばかりの表情で、会話が続く。

「そうか?
 滅多に乗る機会がないし、あれって特定の駅からしか乗車出来ないのって知ってたか?」

「え?  そうなんですか?」

「ああ、確か、道後温泉、大街道、松山市駅、JR松山駅前、古町こまちの 五ヶ所だったかな。
 確か料金も千円くらいしたんじゃなかったっけ? よく覚えてないけど、ちょっと高いよな。
 路面電車これなら一律百六十円なのに」

 利便性だけを考えたら、そこまで支払ってまで乗りたいとは思えなかった。
 やっぱり坊ちゃん列車は観賞用で十分です。
 話をしていると、あっという間に目的地である大街道駅に到着した。お金を払って下車し、百貨店へと向かう。
 さあ、いよいよだ。
 信号を渡り、待ち合わせ場所であるライオン像の前に向かうと、両親も丁度買い物を済ませて来たらしく、すんなりと合流した。

「里美! 元気そうで良かった。あなた、彼氏が出来たなら直ぐに報告しなさいよ」

 母のマシンガントークが始まりそうな気配を感じ、私は即座に直哉さんを紹介した。

「お父さん、お母さん。こちら、お付き合いしてる越智直哉さん。直哉さん、父と母です」

 私の直哉さん呼びに、ほんの少し反応したものの、直哉さんは両親に挨拶をした。

「初めまして、越智直哉です。里美さんとは結婚を前提としてお付き合いをさせて頂いております。
 どうぞ宜しくお願いします」

 直哉さんの挨拶に、両親は驚きを隠せない様だ。
 そりゃそうだろう。付き合っている事すら最近知った上に、いきなり結婚を前提としていると発言したのだから。

「立ち話も何ですから、何処かでお茶でも飲みながらお話ししましょうか」

 母の発言に、一同が従う。
 百貨店の館内にあるカフェに場所を移し、テーブルを挟んで両親の向かいに座る私と直哉さんを、二人がマジマジと見つめている。

「まさか里美が彼氏を連れて帰って来るとは……」

「ねぇ、連絡貰ってびっくりよね。てっきりお見合いが嫌だから嘘だと思ってた」

 ……散々な言われ様だ。私が反論しようとするのを、直哉さんが制した。

「実は僕も地元が松山なんです。
 里美さんとは高校時代からの知り合いでして、当時、数ヶ月だけですがお付き合いさせて頂いておりました」

 直哉さんの発言に、食いついたのは母だ。

「え? そうなの? じゃあ、あの当時、里美はバレー部のマネージャーしてたけど、バレー部の方かしら?」

「はい、そうです。当時、部長をしておりました」

 母と直哉さんの会話を、父と私が見守っている。その後も母の質問に応える直哉さんを、父と母が優しく見つめている。今晩はこの逆で、私が直哉さんのご両親に挨拶すると思うと、手に汗をかいてしまう。
 ある程度話をして、両親は納得してくれた様だ。そこで、お見合いを断って貰う様に話をすると……。

「その件は、私達はノータッチなんだ。
 すまない。親父が勝手に話を持って来たから、私達も相手すら聞かされてなくて……。
 今朝病院に行って、今日、里美が彼氏を連れて帰って来る事は伝えてるから、明日、二人で病院に行ってごらん。
 親父も可愛い孫に無理強いはさせないから。その代わり親父が納得したら話は早いぞ」

 父が初めて口を開いた。
 そんな、両親すら見合い相手を知らないとは……。
 私は開いた口が塞がらず呆然としていると、直哉さんは父に宣言した。

「分かりました。明日、病院に一緒にお見舞いに行かせて頂きます。
 その時にもお願いするのですが、ご両親にも許可を頂きたいので申し上げます。
 実は今、僕が住んでるマンションが、偶然にも里美さんの住むマンション向かいなんです。
 学生時代、兄と一緒に住んでいたので間取りも二DKと広いので、良かったら一緒に暮らしたいと思ってます。
 もし、お祖父様に許可を頂けたら、一緒に住む事をお許し願えますか?」

 直哉さんの発言に、両親は笑顔で応えた。

「うちの娘で良かったら、宜しくお願いします。
 恋愛と縁遠いと思っていたけど、地元もこっちなら安心して任せられるな、なあ母さん」

「そうね、こんなイケメンさんが彼氏だなんて、信じられなかったけど。
 ……里美の事、大事にして下さいね」

 両親の言葉に、私は思わず涙が出てしまう。
 直哉さんは、テーブルの下で私の手を握って、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。今晩、僕の両親にも里美さんを紹介させて頂きます。
 お祖父様に認めて頂いたら、また日を改めてご挨拶に伺いますのでよろしくお願いします」

 両親も納得して帰って行った。
 今回の帰省で直哉さんを紹介出来たのは良かったけれど、まさか本当に同棲の許可を取るとは思わなかった。
 時計を見ると、十六時を回っている。
 今晩、直哉さんのご両親に挨拶すると言うけれど、直哉さんはいつご両親に連絡を取ったのだろう。
 ふと湧いた疑問をぶつけてみた。

「里美が洗面所で化粧直ししてた時にメッセージ送ったら、電車に乗ってる時に返事が来た。
 十九時にホテルに迎えに来るから、一緒に食事しようって」

 まあ、時間的にそうなるよね。……って、こんなラフな格好で大丈夫だろうか。
 直哉さんも比較的ラフな格好だけど、初めてご両親に挨拶するのに、どうしよう……。
 直哉さんに思い切って相談してみると……。

「折角イメチェンして可愛くなってるんだし、新しく洋服買ってみる?俺好みの服、着てみて?」

 表情が変わり、目がキラキラしている。私は頷いて、早速店内を散策する事になった。

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