心の鍵はここにある

小田恒子

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今更です。 2

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 公園に面した通りは人通りが少なく、きっと邪魔も入らない。

「あのさ……」
「あのっ」

 タイミングが重なって、どちらともなく口を閉ざす。

「先輩、お先にどうぞ」

「いや、里美から……、てか呼び方戻ってる」

 先輩は、また私の右手を握りしめる。一体どうしたのだろう。

「名前では呼べませんよ」

「なんで?」

「……本当にお付き合いしている訳ではないじゃないですか。
 どうせまた、十二年前みたいに偽物の彼女、なんでしょう?」

 私の言葉に、先輩が反応した。握られた右手が痛い。先輩の身体が私の方に向けられ、私の左肩を掴んだ。

「違う。
 ーー里美は、十二年前から、俺のたった一人の彼女だ」

「違いませんよ。別に偽物の彼女のままで構いません。私もその方がお願いしやすい事がありますので」

 私は、先輩の言葉を否定して、敢えて自分がこれ以上傷付かないようにガードを固める。

「里美……。あの時何も告げられず、俺の前から突然消えて、俺がどれだけショックだったか分かるか?」

 先輩の言葉が、私の心を掻き乱す。
 何で今更……。じゃあ、私の気持ちはどうなの?
 貴方の言葉で傷付いて、傍にいるのが辛くて、立ち直れなくて、どんな思いで松山を離れたのか知らない癖に。

「……は、無理」

「ん? 何? 里美、もう一度言って?」

 先輩は、私の顔を覗き込みながら尋ねた。

「『里美だけは無理』なんですよね」

「……!! それは……」

「今更何を言われても信用出来ません。でも……。こんな事お願い出来るのは、先輩しか……」

 十二年前あの頃の感情が込み上げて来た。
  私は先輩に悟られたくなくて、背中を見せる。

「……今朝、駅でお会いした女性絡みのニセカノ、ですよね。いいですよ、その話、お受けします。
 それと交換条件で、先輩、申し訳ありませんが私の身内にニセカレをお願いします」

 私の言葉に、私の手を握った手が反応した。

「昨日、母から電話があった件です。昨日の夕方メールが届いていて……。
 今、父方の祖父が松山の病院に入院しているんです。
 本人、入院した事でかなり気落ちしてる様で、自分の目の黒いうちに私の花嫁姿が見たいと言い出したとかで、お見合いの話をされました。
 流石に私もそれは嫌なので、彼氏がいるって事にしたいんですが……。
 その役、引き受けて貰えませんか?」

 先輩は、瞠目してる。
 そりゃそうだろう。ニセカノから、逆にニセカレの依頼を受けたんだから。しかも、私の家族相手にだから。

「母から来週土曜日に出来れば松山に戻れと連絡があったので、松山へ行って来ます。
 その時に、先輩の事、話してもいいですか?」

「……く」

「は?」

「俺も一緒に行く、松山」

 話は意外な方向へ向かっていく。
 逆に断られる事を想像していたのに、一緒に帰省するなんて、思ってもみなかった。

「.……いえ、話をしに帰るだけなので、私一人で大丈夫です。
 ただ、付き合ってる人の写真を見せろと言われる可能性があるので、写真、適当にラインして下さい」

「それなら、一緒の写真だな。でもここじゃ撮れないな、暗すぎる。
 やっぱり、里美の部屋の方が信憑性あるんじゃないか?」

 そう言われたら言い返せない……。
 下唇を噛みながらそっぽを向く私に、先輩は嬉しそうな声で帰宅を促す。

「さ、そうと決まれば里美の部屋に行くぞ?」

「……え?」

「だって、写真撮るんだろ?  ほら行くぞ!」

 先輩は、私の手を引いて歩き始める。
 ……ニセカレ、本当にやる気なんだ。

「付き合い始めたばかりで部屋に上り込むのって、期待していいんだろ?」

「……ニセカレさん、写真撮ったらお引き取りください。そうじゃないなら部屋に入れません」

「えー、彼氏に対して冷たいなぁ」

「彼氏ではありません、ニセカレです」

「里美、ツンデレだからなぁ、部屋でデレろよ?」

「デレませんし。写真撮ったら帰って下さい」

「……なんか、懐かしいな、こんな言い合い」

 先輩が、ふと急に過去を振り返る。
 そうだ、初対面で言い合いになったんだっけ。私は口をつぐみ、先輩の反応を待つ。
 先輩は、急に黙り込んだ私の繋いだままの右手を引き、立ち上がる様に促した。
 私も釣られて立ち上がると、バランスを崩してしまい、そのまま先輩の胸に……。
 先輩は、右手を私の背中に回して、そっと抱きしめた。

「……信用されていないのはよくわかった。でも、言わせてくれるか?
 十二年前のあの言葉は……。彩奈に俺の気持ち、知られるのが恥ずかしかったからであって……」

「もういいです、今更だし」

 先輩の言葉を遮る。
 そして、私は先輩の胸に手を添わせると、思いっきり突き出して抱擁から逃れた。
 これ以上聞いちゃダメだ。これ以上、踏み込んで来ないで。私の心が完全に壊れてしまう……。

「約束して下さい。お互い、偽カレ偽カノをしている時以外のスキンシップは辞めて下さい。
 心臓が持ちません」

「……なら、偽カレ偽カノの時ならいいんだな?」

「……はぁ?  スキンシップも限度がありますから。調子に乗らないで下さい。
 ……行きますよ」

 結局は、先輩の言いなりになってしまう。
 私達は、私の部屋へ向かった。

 * * *

「……今晩はコロッケか、食いたいな」

 部屋に上げて開口一番、先輩はキッチンスペースに確保していた私の明日のおかず用のコロッケを目敏く見つけ、口に入れた。

「勝手につまみ食いしないで下さいっ! それ、私の明日の夕飯のおかずなんですから」

「藤岡の彼女と一緒にメシ食ったんだろ? なら、俺にも食わせろよ」

「私は先輩の家政婦ではありませんから。早く写真撮ったら帰って下さい」

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