心の鍵はここにある

小田恒子

文字の大きさ
上 下
31 / 53

ランチミーティング 1

しおりを挟む
 朝一番で、各部に配荷を届けながら、各階の電球やトイレの備品等をチェックして行く。
 部署のメール便を配荷中に回収しながら業務をこなし、総務に戻ったのが十時半。
 回収したメール便を仕訳して、外部への郵便物が混じっていないかを確認する。
 社内メール便は、明日の朝各部に配送なので、それまでに仕訳すれば良い。
 外部への郵便物は、近くにある郵便局の回収時間がお昼なので、出来るだけ午前中に郵便局へ行く段取りをする。
 全ての段取りを整えると、十一時を回ってしまっている。
 私は急いで郵便局へ行く準備をし、離席しようと立ち上がった瞬間、藤岡主任に声を掛けられた。

「郵便局の後、ランチミーティング行くから。
 一度こっちに戻ると暑いし、郵便局出る前に僕の携帯鳴らしてくれる?
 店、その時に言うから直接向かって」

 藤岡主任は、地方営業所の機材購入に関する稟議書を精査しながら、購入予定メーカーのカタログを見ている。
 私は返事をして、郵便局へ向かった。
 ここ数年の異常気象で、会社から一歩外に出ただけで、まとわりつく様な暑さと湿気で気持ち悪くなる。
 極力外には出たくないのだけれど、これも仕事だから仕方ない。
 私は日傘を差して影を作り、足早に郵便局へと向かって行く。
 郵便局に到着するまでにかく汗が、ベタついて気持ち悪い。
 そして、外気と室内の気温差で汗が冷えるので、しばらくすると寒くなるし身体には良くない。
 今日の郵便物は書留扱いの物がある為、どうしても窓口で手続きをしなければならず、一般の方に混じって順番を待った。
 手続きが終わり、時計を見ると、十一時四十分を回っている。
 私は携帯から藤岡主任にメールを送った。すると、すぐに返信が届く。

『お疲れ様。郵便局裏にある山川で待ってて』

 山川とは、手打ちうどんが美味しいと評判のお店だ。
 うどんが本場の香川県出身のご主人のお店と聞いた事があり、思わず顔が緩んだ。
 慣れ親しんだ四国の味を思うと、暑くても笑みが浮かぶ。
 私は郵便局を出て、山川へ向かう。

 八月の陽射しはジリジリと地面を、ビルを、街全体を照り付ける。
 外気温と建物の中の温度差にやられそうになるので、しっかりとお昼ご飯を食べて体力を回復させなければ。
 私は極力直射日光が当たらない様に、日傘で影を作りながらお店へと歩を進めた。
 週末の帰省が高松だったら、製麺所の美味しいうどんを食べる事が出来たのに、今回は松山だからそれは叶わないと思っていただけに、これは素直に嬉しい。
 季節的に、喉ごしの良い麺を食べる楽しみが出来て、外気が高くても足取りは軽い。
 山川のお店は引き戸で暖簾をくぐると、既にランチタイムのビジネスマンでごった返している。
 この店も、香川同様セルフスタイルのお店らしい。
 座席を二つ確保してからグラスに水を注ぎ、何を食べようかメニューに目を凝らしてみる。

 暑いから冷たいのがいいか、汗が冷えるのを見越して熱いのにするか。
 トッピングをどうしようか目の前の誘惑に心が躍る。
 野菜の天ぷらや海老天、卵等、見ていると目移りしてしまう。
 主任が到着する前に、何を食べるか決めておこうとトッピングの品を吟味していると、入口の引き戸が開き、藤岡主任が入って来た。

「お疲れ様です」

 私は会釈して、主任に合図を送る。

「お疲れ様。座席ありがとう。何にするか決めた?」

 藤岡主任は座席に座ると、私が汲んでいたグラスの水を一気に飲み干した。
 喉仏が上下するのを眺めながら、首を横に振る。

「色々と目移りしちゃって……。主任は食べたいのは決まってますか?」

「うん、俺はざるの大。こう暑いと冷たいのがいいな。トッピングは……、どうしようかな」

「そうなんですよ。トッピングに悩んじゃって」

 話しながら座席を立ち、移動する。
 結局私は温かいかけうどんに決めたものの、うどんだけでは体力がもたないのでガッツリとトッピングの具材を頼むことにしたのだけれど……。
 どれも美味しそうで、なかなか決められない。
 こんな時に、やはり性格が出てしまう。

「野菜の天ぷらも捨てがたいけど、海老天の方が体力付きそうだな」

 どうもこれは、さり気なく海老天を取る様に誘導されている様な気がする……。
 そして、主任自身は温泉卵と唐揚げ、さつまいもの天ぷらを選んでいる。

「夏場はガッツリ食べろよ? ダイエットなんて、今時の子はしなくても十分だし。
 多少肉付きいい方が、男は嬉しいものだからさ?」

 ……最後の一言は、主任自身の感想だと思うけど。
 春奈ちゃんは、見た目スラっとしているので、私的には羨ましい体型だけれども……。

「春奈も、もう少しふっくらしてもいいんだけど。
 いつもガッツリ食べるくせに何故か全然太らないんだよなぁ」

 確かに金曜の夜、我が家でのご飯の食べっぷりは、見ていて気持ちいいくらい、よく食べていたな、春奈ちゃん。
 あれで太らないなんて、羨ましい。
 主任は私の分と自分の分を注文し、トレイに乗せて、勝手にトッピングでうどんの上に海老天とかき揚げを乗せていた。

「しっかり食べろよ?」

「はい」

 乗せられてしまったので、残しません。
 藤岡主任が私の分もお会計を済ませてくれたので、素直にお礼を伝えて座席に戻った。
 先程主任が飲み干したグラスに水を注ぎ、自分のグラスにも少し水を入れ足した。

「「いただきます」」

 割り箸を主任に渡し、主任が受け取って箸をつけたのを確認してから私もうどんに箸をつけた。
 温かいうどんなので伊達メガネに湯気がつき、途端に視界が悪くなる。
 私はメガネを外し、器の傍らに置いた。
 うどんにふーふーと息を吹きかけながら、啜り上げる。
 やはり、コシがあり美味しい。海老天も、衣がサクサクで病み付きになりそうだ。
 水を飲みながら、うどんを食べ進める。藤岡主任も、美味しそうにうどんを食べている。
 今日のランチミーティングは、きっと私の様子がおかしいのに気付いた藤岡主任の配慮だろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...