心の鍵はここにある

小田恒子

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 明日は土曜日。
 実家の母からのメッセージは、出来れば来週帰省する様にとの事だった。
 パンフレットを見ながら、インターネットでパックツアーの飛行機の便、座席、ホテルの空き状況を確認した。
 希望する便は、帰りの便が既にキャンセル待ちになっていたけれど、一番安いホテルは空いていた。
 ただ……。
 スマホの画面を眺めていると、ラインのメッセージ通知が入って来た。
 タイミングよく入って来た相手は、先輩。

「はぁ?」

 相変わらず自己中だ。
 通知には『今から行く』この一言。うっかり既読をつけてしまったから、見てないとの言い逃れが出来ない。
 てか、今日は確か藤岡主任と飲みに行ってるんじゃなかったの? まるで意味がわからない。
 でも、来られても部屋に上がって貰う訳にはいかない。
 きっと私は、また『偽物の彼女』なのだろうから。
 何の気まぐれで私を振り回すのか、目的がわからない。
 きっとまた言いくるめられて偽物の彼女をする事になるのなら、公私を分けて割り切らないと後で泣くのは私だ。
 その為にも、私の心を守る為にも、部屋には上げてはいけない。
 私は、ラインに返信した。

『うちに来られるとの事ですが、一Kと狭く、先輩をお招きするスペースがありません。
 駅まで出ますので、南口横のコンビニで落ち合いましょう』

 南口にあるコンビニは、繁華街である北口の逆で、私のマンションがある側にある。
 私は片付けを後回しにして、部屋着から、Tシャツとジーンズに着替え直し、部屋を出た。
 流石に部屋着のまま先輩に会うのは躊躇われる。もう、高校生ではないのだから……。
 駅まで早歩きで歩いた。
 コンビニに入って自分と先輩のコーヒーを買い、イートインスペースの座席でスマホをチェックしたら、丁度のタイミングでメッセージが届いた。

『今、改札を出たから、すぐに着きます』

 メッセージを既読にすると、OKのスタンプを押してスマホを片付ける。
 窓際の席で、ボーっとしながら先輩を待っていると、走って息を切らした先輩がやって来た。

「待たせて悪い」

 仕事帰りのスーツ姿の先輩が、私の隣に座った。
 スーツ姿と一緒に並ぶには不釣り合いな格好の私。
 こちらは帰宅して寛いでいた所を妨害されたのだから、敢えて先輩の格好に合わせる必要はないと思い、わざとカジュアルな服装を選んだ。

「いえ。で、ご用件は何でしょうか?」

 彼女として会うのではない、高校時代の後輩の立場で私はこの人に接するのだ。
 自分にそう言い聞かせる。
 先輩は、他人行儀な私に苦笑い。
 私からは、何も言わない。
 そうしないと、封印していた想いが溢れてしまうから……。
 でも、伝えなきゃいけない事は、伝えなきゃ。先輩の言葉を待つ。

「……先ずはコーヒーでも飲もうか、これ、ありがとう」

「……はい」

 手元のアイスコーヒーに口をつける。
 ブラックを勝手に買ったけど、良かったのだろうか。先輩の様子を窺ってみると、何も言わず飲んでいる。
 なら大丈夫かな。
 コンビニのアイスコーヒーの味を味わう余裕なんてなかった。
 アイスコーヒーを飲み干して、中の氷を捨て、カップを備え付けのゴミ箱に捨てると、先輩もカップを捨て、一緒にコンビニを出た。

「少し話をしたいから、ちょっと付き合って」

 先輩はそう言って、また私の右手を取り、歩き始めた。私は、少し遅れて先輩の斜め後ろをついて歩く。
 先輩が歩幅を合わせようと、ゆっくり歩くのに倣い、私もゆっくり歩くと、溜息をつかれてしまった。

「……そんなに並んで歩く嫌か?」

 俯いて歩く私に、先輩の表情は見えない。でも、声色からして、怒っている様には聞こえない。
 私は、少しの間を置いて頷いた。

「そっか……。
 大事な話をしたいから、他人の目につかない所に行きたいんだけど、里美の部屋、行っていいか?」

 大事な話って、何? また偽物の彼女の再確認?

「……すみません」

「……部屋に上げるのも、嫌?」

 私は、小さく頷いた。先輩は途端に息を飲む。

「……わかった。この先少し歩いたら公園があるから、そこに行こう」

 繋がれた手はそのままで、先程と同じく先輩の半歩後ろをついて歩く。
 もう、何も期待はしない。
 十二年前に傷付いて壊れた心の傷は、癒えるどころか下手したら益々悪化する可能性だってある。
 でも……。
 傷付くと分かっていても、何故か先輩この人に惹かれてしまう。

 私の気持ちを先輩に気付かれない様に、先程の先輩の問いを咄嗟に否定したけれど……。
 これから私が先輩にお願いする事は、まさに『彼氏役を頼みたい』、これだから。
 自分から傷付きに行くようなものだ。
 先輩に気付かれない様に、小さく溜息をつく。

 暫く歩くと、住宅街の一角に、小さな公園が見えてきた。
 遊具なんてない。街の緑化推進事業の為に作られたものだ。
 花壇と植栽、小さな東屋にベンチが一つ。
 先輩はそこに座り、隣に私を座らせる。顔を見ないで済む分、距離が近いので、ドキドキが止まらない。

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