仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

カウントダウン ーside理玖ー 2

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 過保護だと思われるかも知れないが、高宮の会社は業界でもそれなりに大手の部類に入る。その子どもを誘拐しようと考える輩もいるということを小さい頃から散々聞かされている。
 本来ならば、登下校以外の外出も、一人で出歩くことにあまりいい顔はされない。

 でも、そこまで過保護すぎるのもどうかと思うと言う父や叔父の考えで、スマホを持ち歩く条件でこうやって自由に出歩ける。
 
 なかなか既読がつかないのでどうしようかと思っていた矢先、試験会場からようやく史那が出てきた。
 俺は、史那に気づかれないように後を追う。
 試験会場は駅前だ。史那は迷わず駅ビルに入って行く。
 周囲を気にしながら奥にあるトイレへと駆け込んで行った。
 俺はその姿を確認すると溜息を吐いた。

 今日の史那はいつもの史那と違う。
 髪型にしたって、いつもなら地味に、耳の下でツインテールなのに、今日に限って下ろしている。
 それだけでも全然印象は変わる。
 元々の顔立ちだって叔父さん譲りで整っている上に身長もある。
 なのに自分自身が目立つ存在だと無自覚だから始末が悪い。

 しばらく隠れてトイレの前の様子を見ていると、リバーシブルの上着を着直して、いつもの髪型に戻した史那が出てきた。
 先ほどとは違って、周りを気にすることなくエスカレーターで階を移動し始めた。俺は史那に見つからないように間隔を空けて後に続くと、ビルの中にある休憩室へと入って行った。
 するとスマホからメッセージを受信する電子音が聞こえた。

『ごめん、買い物に出ていて気づかなかった。なにかあった?』

 ダメ押しのようにスタンプまで押されている。
 なにが買い物に出ていた、だ。そこまでして統一テストを受験したことを隠したいのか。
 やはり史那は外部受験に気持ちが傾いているのだろうか。
 俺は思わず通話ボタンを押していた。
 四コール目でようやく電話に出た史那。遅すぎる。多分電話に出るか気づかない振りをしてスルーするか悩んだのだろう。

『もしもし……?』

 恐る恐る電話に出たのが丸分かりだ。俺はそんなに怖いのか?

「史那、今どこだ?」

 俺はなんの前置きもなく突然本題に入った。
 正直に居場所を吐くだろうか。

『えっと……、駅ビルの中の休憩室』

 俺の心配は杞憂に終わった。
 史那の返事に俺は駅名を挙げた。電話口で驚いて返事ができないでいる史那に俺は、今から行くと告げた。まさかこの場に俺がいるとは思ってもいないだろう。驚く顔が想像つく。

『えっ、ちょ、ちょっと待って! 私も友達と一緒だからっ……用事があるなら今聞くよ?』
「友達? 嘘つくな」

 史那の背後まで、あと一メートルの距離だ。
 ここまで近づけばかなり声は近い。
 多分史那も気づいたのだろう、恐る恐るこちらを振り返った。

 ようやく史那と視線が合った。俺はスマホの通話ボタンを切った。
 言いたいことは沢山ある。でもそれを聞いたところで素直に史那が答えるかは分からない。

「買い物か?」

 俺の問いかけに史那は頷く。

「友達は? って、この場にいないんだから、もういいよな? ちょっと付き合え」

 俺はそう言うと、史那の左手を掴むと歩き始めた。
 いつもそうだ。史那は俺と並んで歩いてくれない。俺の歩幅が大きいせいかと思っていたけれど、きっとそうではない。史那は意識して俺の後ろを歩いている。ならば……俺は史那の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、しばらく並んで歩くことに成功した。
 きっとここは学校じゃないからそこまで人目を気にしなくていいと思ったのだろう。

「ここなら別に人の目を気にすることはないだろうけど、気になるならこれ被っとけ」

 俺はそう言って史那に帽子を手渡した。
 季節先取りのニット帽で、ブルー系のかわいい物だ。きっと史那に似合うと思い、ここへ来る前に買っておいた。

「俺、被り物似合わないから、それやるよ」

 いつかのハンカチの時のように、今回も史那の気持ちに負担がかかるようなプレゼントは避けたつもりだ。
 自分が選んだものを身に着けてくれることが、なによりも嬉しい。
 いつかは指輪やアクセサリーを贈って受け取って貰いたいものだ。
 この帽子だって、史那をイメージして購入したのだった。もしかして気づいただろうか。

 史那は帽子を目深に被ると俯いたまま、結局俺が手を引く形で後ろを歩く。
 ここには知り合いなんていないのだから、人の目なんて気にしなくていいのに……

 俺はエレベーターに乗り込んだ。
 当然史那もその後に続いてエレベーターに乗り込むのを確認すると、屋上のボタンを押した。
 エレベーターの中には一組の親子が一緒に乗っていたけれど、五階のフロアで降りたので五階からは俺たち二人きりだ。
 途中で誰も乗り込んでくることもなく、エレベーターは屋上に到着した。

 史那の手をひいたままエレベーターから出ると、目の前には展望台があった。
 天気は快晴とまではいかないけれど日差しもそこまで厳しくはない。
 遠くは霞んで見えないけれど、きっと快晴だったら海が見えたはずだ。

 史那はここに来たことがあるだろうか、まだ中学生だし行動範囲も狭いから、きっとないだろう。

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