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史那編

中学三年、受験 3

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 理玖の言葉に、私は思い切って俯いていた顔を上げた。
 理玖はいつになく真剣な表情で私を見ている。

 私は深呼吸をして、どう切り出そうか考えていた。いつもせっかちな理玖が、珍しく私のタイミングで話を切り出すのを待ってくれている。

 私は再び深呼吸をした。
 そして、重い口をようやく開く。

「あのね……」

 私の言葉に、きちんと頷いてくれる。
 今ならきちんと言えるだろうか。

「えっと……高校のことなんだけど」

 再び理玖は頷いて、話の続きを促してくれる。
 こんな理玖、いつ振りだろう。いつもはマイペースに話をして私の話なんて聞く耳を持っていなかったのに。
 理玖の相槌に勇気を貰い、私は言葉を続けた。

「高校は内部進学せずに、愛由美ちゃんがいる学校の高等部を受験するの」

 この言い方で、これはすでに決定事項だと伝わっただろうか。
 理由も成績が振るわないと理解して貰えるだろうか。
 成績が悪いのは、夏休みの家庭教師の一件で理玖も薄々は察してくれているだろう。

 私の告白に、理玖は黙ったままだ。
 私もその後の言葉が出なくてお互い暫く見つめ合ったままで時間だけが経過する。

「……で、先週の統一テストの結果はどうだったんだ?」

 沈黙を破ったのは理玖の方だった。しかも先週私が統一テストを受験していたことまでしっかりとバレていた。

「気づいてたの? てか、もしかして理玖も受験してたの?」

 あの場に理玖がいたのなら納得いく。

「ああ……どんな格好をしたって史那は史那なんだから、すぐに分かるよ」

 いつもの理玖らしくない。理玖の声が、眼差しが、とても優しかった。
 こんなの、なんで……?

 私は思わす理玖に見惚れていると、珍しく理玖は照れたのか顔を逸らした。
 ここ最近の理玖は、なんだかいつもの理玖じゃない。

 いつもの理玖……改めて考えてみたものの、いつものって、なんだろう。
 最近の理玖は、時々私の知らない男の人みたいだ。
 それまでの理玖は、俺サマで、マイペースで、私を振り回して……

 でも、それは私が中学校に進学してからの理玖だ。
 それまでの理玖は、確かに俺サマ気質はあったものの、こんなにマイペースで私を振り回すような振る舞いをする人ではなかった。
 こんな風に変わったのは、私が理玖に内緒で理玖を追いかけて中学受験をしてからだ。
 そう思うと、私は何だかいた堪れない。
 でも自意識過剰と思われたくなくて、私は自分から言葉を発することができない。

「で、結果はもう取りに行ったのか?」

 理玖は私の偏差値や進路のことが気になるのだろうか。
 口調こそは優しいものの、素直に答えなければまた理玖の機嫌を損なってしまうのではないかと不安が過る。

「あ……うん。昨日、補習の後、取りに行った」
「で、どうだった?」
「うん、おかげさまでA判定だった。でもあれはあくまで模試だし、本番じゃないから、油断しちゃダメだよね。
 受験の時に体調崩さないように気をつけなきゃだし」

 話の主導権は、いつの間にか理玖が握っている。
 でも理玖はいつもに比べて穏やかな表情を浮かべている。

「もう外部受験それは、史那の中で決定なのか?」

 理玖が私に尋ねた。私の意思は、変わらない。
 私は理玖の目を見つめて頷いた。

 理玖は深呼吸を一つ吐くと、立ち上がった。そして伸びをした。
 スラリとした肢体に思わず見惚れてしまう。
 どうして私は理玖のことが嫌いになれないのだろう。嫌いになれたら楽になるのに。
 こうして一緒にいるだけで胸が苦しくなることだってなくなるのに……

「そっか、分かった。受験、頑張れよ」

 理玖はそう言って、私に微笑んだ。
 でもその微笑みにはなぜだろう、哀愁が漂っていた。
 そう見えただけで、理玖はそんなこと考えていないのかも知れない。
 けれど、なぜか理玖の表情には、色々な感情が含まれているように見えたのは気のせいではない。
 でも、それを問い詰めるだけの勇気は私にはなかった。
 私は頷いて応えると、丁度のタイミングでドアがノックされた。
 そしてドアが開くと、父と直人伯父さんが一緒に入ってきた。

「高宮の応接室を密会場所に使うとは、理玖も考えたな」

 尚人伯父さんと父が理玖を冷かすも、理玖は適当に受け流している。

「もう話は終わったのか?」

 父の問いに私は頷くと、父は笑顔で応えた。

「そっか。ちゃんと言えたんだな? 史那、頑張ったな」

 理玖と直人伯父さんが、私たち親子のやり取りを見つめている。
 私は急に恥ずかしくなり、俯いて視線を外した。

「もう少ししたら仕事も終わるから、史那、一緒に帰ろう」

 父の申し出に頷くと、理玖と直人伯父さんは席を外した。きっと理玖も伯父さんと一緒に帰宅するのだろう。
 父の仕事が終わるまでこのままこの応接室で待たせて貰い、私は久し振りに父と一緒に会社を後にした。

 私と父が一緒に帰宅したので、果穂はヤキモチを妬くものの、母は、状況を理解して安堵していた。
 これで後は私も受験に専念できる。

 その後、内部進級テストでなんとかギリギリのラインで進級できる成績を修めたものの、私は当初の希望通り愛由美ちゃんの通う学校の高等部を受験し、見事合格をもぎ取った。

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