仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

中学三年、サヨナラの準備 2

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 外部受験については、理玖の耳に入らないように最大限に注意を払う必要がある。
 これがもし誰かに知れたら、同級生や高等部に在籍する理玖のことを好きな人たちは、侮蔑の眼差しで私を見ることは間違いない。
 別にそれくらいなら私に実害はないし、外部受験で高校は別のところに行くからいいとして、問題は理玖だ。
 理玖がどう思うだろう。

 高宮の名前に泥を塗るなとか、嫌味の応酬を受けるだろうか。
 それとも、身の丈に合わない受験でなにかの奇跡で入学できたことを馬鹿にするだろうか。
 それとも、なにも思わないか……

 私に無関心ならば、今回の家庭教師も引き受けたりしないだろうけど、こればかりは分からない。
 今はとにかく、余計なことを口にせず、目立たないようにコツコツと目の前のことをこなしていくに限る。

 仮に理玖の家庭教師のおかげで成績が上がったとしても、私の中で外部受験をする意志は変わらないし、多分それは、私の両親も感じ取っているに違いない。
 でも、なぜこのタイミングで両親が理玖に家庭教師を依頼したのか……
 そして理玖も、多忙を理由に断ることだって可能だったはずなのに、どうして引き受けたのか……
 私一人が考えたところで答えなんて出てこない。
 両親と理玖の利害関係が一致したと言われればそれまでなのだから。

 色々と考えてみても所詮机上の空論に過ぎないし、きっと全てが無駄な努力だ。
 考えることをやめて、とりあえずの腹ごなしをしよう。

 冷やし中華は具沢山の盛り付けで、私の五感を満たしてくれた。
 サラダも、市販のドレッシングにひと手間を加えたもので、母の愛情を感じる。
 理玖がくる時間までに食事を済ませて、勉強ができる準備を進めておかなければ。

 母の用意してくれた昼食を完食し、器を洗う。
 歯磨きも済ませ、ダイニングテーブルの上に置かれている今日のおやつをチェックした。
 家庭教師の合間の休憩時間に食べるお菓子は、恐らく午前中に果穂と一緒に作ったであろうクッキーだった。
 型抜きで形成されたそのクッキーも、個性がある。
 母が型を抜いたであろうものは、厚みが均一で見た目も綺麗だ。
 対する果穂が作ったであろうものは、厚みがバラバラ、しかもきちんと綺麗に型が抜けておらず、少し形が歪であった。でもきっと一生懸命作ってくれたのだ。ありがたく戴こう。

 テーブルの上も台拭きで綺麗に拭き上げて、とりあえずどの教科を教わっても、教材を部屋へ取りに戻らなくてもいいように準備をしよう。

 果穂もいないから、わざわざ私の部屋じゃなくてもダイニングで十分だ。
 自意識過剰と思われるかも知れないけれど、相手が理玖だ。同性の家庭教師ではないので『私の部屋』と言う空間で教わるよりも、こういうことは開放的な空間で行う方がいいだろう。
 母や果穂が在宅の時は、またそれはそれで考えればいい。
 理玖の気持ちが分からない以上、変に勘繰りを入れられるような行動は避けたい。

 壁に掛けられている時計は、十三時半を指している。

 そろそろだ。

 私は自分の部屋に戻り教科書や辞書を用意してダイニングテーブルの上に用意する。
 今日の補習の宿題もやらなきゃな……
 補習の時間に渡されたプリントを広げていると、インターフォンが鳴った。

   * * *

 理玖を迎え入れ、さっそく家庭教師を開始した。
 まずは補習の宿題から片づけることに賛成してくれて、現在ダイニングテーブルに並んで座っている。
 正面に座って見られるのかと思っていたら、それをすると私が分からない問題を確認する時に、いちいちひっくり返したりする手間がかかってしまうから、隣に座って見る方が時間短縮になると言う。

 その理屈は分からないでもない。けれど、隣に理玖が座ると思うだけで緊張してしまう。
 正面に座られたらそれはそれでまた緊張するのだろうけど。
 
 きっとそれを口にすると、注文が多いと怒られてしまうだろう。
 こんな時は、ひたすら貝のように口を開かず黙っているに限る。
 私は今日の課題である日本史のプリントに取り掛かった。

 理玖は私が分からないと意思表示をするまでは、スマホで音楽を聴いていた。
 イヤフォンを使用しているとは言え、全然音漏れしていないので、本当に音楽を聴いているのか疑問に思うけど、それは余計なお世話だろう。

 プリントは記述式の問題と、選択式の問題がある。
 選択式は消去法でなんとかなる。最悪は数分の一の確率で正解に当たる。けれどそんな当てずっぽうな方法だと、受験の時が大変だ。
 私は教科書を開いて、該当する年代のページを検索した。

 このご時世、パソコン等検索ツールは沢山あるけれど、自分自身で努力して調べ上げる方が確実に記憶に残ると実感したのはつい最近だ。
 私は教科書を開いて書かれている内容を黙読するのを、理玖がじっと見ていることに気づいていなかった。

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