仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

中学三年、夏休み 3

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 ようやくバスに乗り込むと、運良く空席を見つけた。
 私は周りを確認し、特に座席を譲るような乗客はいなかった、空いている席に座った。
 ふう……と一息吐いて、改めてタオル地のハンカチで汗を拭った。
 車内の空調がよく効いていており、汗だくになっている今は、風がとても心地よい。
 でも、汗が冷えたらきっと肌寒く感じるだろう。空調の温度調節は本当に難しい。

 夏休みだからか、一本遅い時間だからか、いつも乗る時間のバスよりも乗車人数も少なくて、気持ちも楽だ。
 のんびりとバスに揺られて気がつけば、目的地である学校付近のバス停にもうすぐ到着する。
 私は車内に忘れ物がないかを再度確認して、降車ボタンを押した。

 バスが目的地に到着したので、私はカードを翳して料金を決済し、バスから降りた。

 外は相変わらずの灼熱地獄である。外気との温度差で、体調が悪い時だと倒れてもおかしくないと本気で思う。
 私は、正門に向かって歩を進めた。

   * * *

 補習も終わり、時計は十二時を回っていた。
 夏休みの学校は、時刻を知らせるチャイムは鳴らないから、先生の時間配分でその時の補習時間、休憩時間が微妙に違う。
 いつもの学校でのチャイムが鳴る時間を基準にしているみたいだけど、たまに先生が熱弁を奮っている時は、時間が押してしまう。

 今日は定時で補習が終わり、私は席を立つと、担任である有田ありた先生に呼び止められた。
 有田先生は三十代前半の英語教諭で、私が一年の時、英語の授業担当だった先生だ。
 今年はクラス担任と英語の授業の担当になる。

「高宮さん、少し時間いい?」

 私は素直に頷くと、有田先生の後について行った。
 補習には私を含め他のクラスの人もいて、ちょうどこの教室が埋まるだけの人数が毎日参加している。
 教室で話をするには誰が聞いているかわからないからだろう。

 有田先生は、職員室の隣にあるカウンセリング室へと私を連れて行く。

「ここなら誰もいないから大丈夫。さ、入って」

 私は先生に促され、カウンセリング室に入ると、応接用ソファーに座った。
 先生は私の前に置かれているソファーに腰を下ろした。

「お昼時でお腹空いてるのにごめんね。
 単刀直入に聞くんだけど……高宮さん、あなた、今年卒業した高宮くんの件で嫌がらせ受けてない?」

 唐突に切り出されたのは、私の成績のことではなく理玖のことだった。
 この流れで理玖の話になるとは思ってもいなくて、驚きが隠せない。

「高宮さんがこの学校に入学してからずっと気になっていたの。
 高宮くんに告白を断られたファンの女の子たち、高宮くんの目があるから彼が在校中は下手にあなたに手出しはしないと思って様子を見ていたんだけど……
 彼も四月から高等部に進級したし、登下校も今は別々なんでしょう?
 高宮くんの目が届かない距離だし、高宮さんの成績のことも気になっていて」

 有田先生の着眼点に驚きの連続で、言葉が上手く出てこない。

「以前、たまたま高宮くんが告白されている現場に居合わせたことがあってね。
 具体的な内容までは聞き取れなかったし、生徒の恋愛ごとに私が口を挟みたくなくてずっと様子だけは見てたの。
 ……もしかしたら高宮くんの件で、内部進学を辞めようと思ってるんじゃない?」

 私の反応を見ながら、有田先生は慎重に言葉を選び私に質問を投げかける。
 内容が内容だけに、私も咄嗟に返事ができないでいる。
 私が口を噤んだままなのも、きっと先生の中では想定内かも知れない。

「正直に言うとね、高宮さんが本気で内部進学を望むなら、かなり勉強を頑張らないと厳しいレベルだけど、それは高宮くんという不安要因があるからじゃないかと思ってたの」

 私がなにも言い返さないから、先生が一方的に話をする形となっている。
 先生も、私が口を挟まないと分かってのことだろう。

「高宮くんが卒業してから、表立っては二人が一緒にいる所を見たことがないって話は聞いてるし、実際、中等部と高等部じゃ校舎も離れてるし接点がなくなるのは分かっていたけど……
 高宮ファンにとって、あなたは高宮くんの大切な従妹である以上、嫉妬の感情が捨て切れない存在よ。
 高宮くんと接点がない今、あなたに嫌がらせがないなら学力を伸ばすチャンスだと思うのに、あなたの学力変化が感じられないのよ……
 せっかくこの学校に入学したんだから、頑張って内部進学目指してみて」

 余りにも私の個人的な内容に話が及んだことに先生も気づいたらしく、最後は畳み掛けるように話を終わらせて、私はカウンセリング室を後にした。

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