上 下
25 / 87
史那編

中学三年、夏休み 1

しおりを挟む
 春休み中愛由美ちゃんに自分の胸の内を明かし、愛由美ちゃんも智賀子おばさんや私の母に私の胸中を口外することなく、無事に進級した。

 この一年、二学期の期末テストの結果で高等部進級への足切りがある。
 私の成績がなかなか振るわないことは、両親も知っている。
 一学期の個人懇談は三者面談で、母は学校に呼び出された。そこで、私の成績を改めて先生から説明され、母は私の意思を尊重すると言ってくれた。

 三者面談のあった日の夜、果穂は今井の祖父母宅へお泊まりでいない中、私はダイニングで両親と改めて話をすることとなった。

「……史那が頑張って中学受験をしたから、父さんも黙って見守っていたけど。今日、母さんからも話を聞いて、史那がどうしたいかを父さんは知りたい」

 テレビも消して静まった部屋に、壁にかけられたアナログの時計の針の音と、父の声が響いている。

 父は私の進路に関して口を出したことはない。それは母も同様で、二人とも私の意思をいつだって尊重してくれている。
 だからこその、この時間だ。
 私もそれを分かっているから、両親に誤魔化したりはしない。

 私はどう説明すべきか考えが纏まらず、言葉に詰まる。
 両親もそれは分かっているから、私が口を開くのを辛抱強く待ってくれている。

「理玖を追いかけて、って、不純な動機で頑張って中学受験したけど……
 今の私ではこのまま高等部への進級は無理だと思うの。いくら補習を受けたり塾に通ったとしてその場凌ぎをしたとしても、高等部に進級してからが、きっと今以上にしんどくなるんじゃないかと……
 もし、二学期の中間でも、思うように成績が上がらなければ、愛由美ちゃんが通う女子校を受験したいと思ってる……」

 今の素直な気持ちを吐き出した。
 身の丈に合わない学校へ無理して入学したものの、こうやって脱落して行く私に呆れただろうか。

 両親はしばらく無言だった。
 どのくらいの時間が経っただろう。沈黙を破ったのは、母だった。

「史那は、本当にそれでいいの?」

 母の意図することが分からなくて返事ができないでいると、父が代わりに口を開く。

「理玖と離れてもいいのか?」

 学習能力のことだけではなく、理玖のことに言及された。
 幼い頃から理玖が大好きで、ずっと理玖の後ろを追いかけていた私を見守っていてくれていたからの発言だ。

「理玖と私じゃ出来が違いすぎて、迷惑ばかり掛けちゃうから……
 それに理玖は私のこと、従妹としか思ってないみたいだし、成績の悪い私が側にいると、恥ずかしくて嫌なんじゃないかな」

 私の返事に、父が反論する。

「史那のことが迷惑だなんて、理玖がそう言ったのか?」

 父の剣幕に圧倒されて、即座に返事ができなかった。

「直接は言われないけど、雰囲気で伝わるよ。朝だって、うちに寄ったら遠回りなのに、お母さんや遥佳伯母さんに言われてわざわざ迎えに来てくれてたけど、ずっと態度は素っ気なかったし……」

 私の言葉に両親はお互いが顔を見合わせる。
 母もなにか言いたそうだったけど、口を噤んでいる。

 しばらくなにかを考えて無言だった父が、徐ろに口を開いた。

「史那の考えは良くわかった。外部受験については、反対しない。史那の思うようにやってみなさい。
 でもな、このまま進級するにしろ、外部受験するにしろ、成績はいい方が有利だからな。
 夏休み期間、特別家庭教師をつけることになるけど、それはいいか?」

 父の提案に、反論なんてない。

「うん、分かった。できる限りの努力はする。でも、外部受験の意思は多分変わらないと思う」

 私の返事に父は頷いた。

「史那の人生だ、自分で決めたことなら父さんたちは応援する。でも迷ってるなら、いつでも相談に乗るからな。母さんだって同じ気持ちだから、父さんに言いにくいことなら、母さんに相談しなさい」

 父はそう言うと、席を立って部屋を出た。
 母はまだ心配そうな表情を浮かべている。

「ごめんね、私の成績が振るわないばっかりに余計な心配かけちゃって……」

 なんとか場の空気を変えたくて、わざとおどけて見るものの、母には全てお見通しだ。

「史那はいつだって頑張ってるよ。いつだって自分の気持ちに真っ直ぐ。それは私たちが一番よく知ってる。
 理玖くんのことだけど……」

「ううん、大丈夫。──ねえ、外部受験のことは、理玖や遥佳伯母さんたちには内緒にしてくれる?」

 私の成績が悪くて、学校で肩身の狭い思いをしていることは、きっと理玖は気づいている。
 これは、そんな私の唯一のプライドだ。
 外部受験は、理玖に迷惑をかけないようにそっと離れるたった一度のチャンス。
 これ以上、高等部に在籍する理玖の足手まといにはなりたくない。

 母は、複雑な表情を浮かべながらも頷いてくれた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。