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史那編
中学三年、夏休み 1
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春休み中愛由美ちゃんに自分の胸の内を明かし、愛由美ちゃんも智賀子おばさんや私の母に私の胸中を口外することなく、無事に進級した。
この一年、二学期の期末テストの結果で高等部進級への足切りがある。
私の成績がなかなか振るわないことは、両親も知っている。
一学期の個人懇談は三者面談で、母は学校に呼び出された。そこで、私の成績を改めて先生から説明され、母は私の意思を尊重すると言ってくれた。
三者面談のあった日の夜、果穂は今井の祖父母宅へお泊まりでいない中、私はダイニングで両親と改めて話をすることとなった。
「……史那が頑張って中学受験をしたから、父さんも黙って見守っていたけど。今日、母さんからも話を聞いて、史那がどうしたいかを父さんは知りたい」
テレビも消して静まった部屋に、壁にかけられたアナログの時計の針の音と、父の声が響いている。
父は私の進路に関して口を出したことはない。それは母も同様で、二人とも私の意思をいつだって尊重してくれている。
だからこその、この時間だ。
私もそれを分かっているから、両親に誤魔化したりはしない。
私はどう説明すべきか考えが纏まらず、言葉に詰まる。
両親もそれは分かっているから、私が口を開くのを辛抱強く待ってくれている。
「理玖を追いかけて、って、不純な動機で頑張って中学受験したけど……
今の私ではこのまま高等部への進級は無理だと思うの。いくら補習を受けたり塾に通ったとしてその場凌ぎをしたとしても、高等部に進級してからが、きっと今以上にしんどくなるんじゃないかと……
もし、二学期の中間でも、思うように成績が上がらなければ、愛由美ちゃんが通う女子校を受験したいと思ってる……」
今の素直な気持ちを吐き出した。
身の丈に合わない学校へ無理して入学したものの、こうやって脱落して行く私に呆れただろうか。
両親はしばらく無言だった。
どのくらいの時間が経っただろう。沈黙を破ったのは、母だった。
「史那は、本当にそれでいいの?」
母の意図することが分からなくて返事ができないでいると、父が代わりに口を開く。
「理玖と離れてもいいのか?」
学習能力のことだけではなく、理玖のことに言及された。
幼い頃から理玖が大好きで、ずっと理玖の後ろを追いかけていた私を見守っていてくれていたからの発言だ。
「理玖と私じゃ出来が違いすぎて、迷惑ばかり掛けちゃうから……
それに理玖は私のこと、従妹としか思ってないみたいだし、成績の悪い私が側にいると、恥ずかしくて嫌なんじゃないかな」
私の返事に、父が反論する。
「史那のことが迷惑だなんて、理玖がそう言ったのか?」
父の剣幕に圧倒されて、即座に返事ができなかった。
「直接は言われないけど、雰囲気で伝わるよ。朝だって、うちに寄ったら遠回りなのに、お母さんや遥佳伯母さんに言われてわざわざ迎えに来てくれてたけど、ずっと態度は素っ気なかったし……」
私の言葉に両親はお互いが顔を見合わせる。
母もなにか言いたそうだったけど、口を噤んでいる。
しばらくなにかを考えて無言だった父が、徐ろに口を開いた。
「史那の考えは良くわかった。外部受験については、反対しない。史那の思うようにやってみなさい。
でもな、このまま進級するにしろ、外部受験するにしろ、成績はいい方が有利だからな。
夏休み期間、特別家庭教師をつけることになるけど、それはいいか?」
父の提案に、反論なんてない。
「うん、分かった。できる限りの努力はする。でも、外部受験の意思は多分変わらないと思う」
私の返事に父は頷いた。
「史那の人生だ、自分で決めたことなら父さんたちは応援する。でも迷ってるなら、いつでも相談に乗るからな。母さんだって同じ気持ちだから、父さんに言いにくいことなら、母さんに相談しなさい」
父はそう言うと、席を立って部屋を出た。
母はまだ心配そうな表情を浮かべている。
「ごめんね、私の成績が振るわないばっかりに余計な心配かけちゃって……」
なんとか場の空気を変えたくて、わざとおどけて見るものの、母には全てお見通しだ。
「史那はいつだって頑張ってるよ。いつだって自分の気持ちに真っ直ぐ。それは私たちが一番よく知ってる。
理玖くんのことだけど……」
「ううん、大丈夫。──ねえ、外部受験のことは、理玖や遥佳伯母さんたちには内緒にしてくれる?」
私の成績が悪くて、学校で肩身の狭い思いをしていることは、きっと理玖は気づいている。
これは、そんな私の唯一のプライドだ。
外部受験は、理玖に迷惑をかけないようにそっと離れるたった一度のチャンス。
これ以上、高等部に在籍する理玖の足手まといにはなりたくない。
母は、複雑な表情を浮かべながらも頷いてくれた。
この一年、二学期の期末テストの結果で高等部進級への足切りがある。
私の成績がなかなか振るわないことは、両親も知っている。
一学期の個人懇談は三者面談で、母は学校に呼び出された。そこで、私の成績を改めて先生から説明され、母は私の意思を尊重すると言ってくれた。
三者面談のあった日の夜、果穂は今井の祖父母宅へお泊まりでいない中、私はダイニングで両親と改めて話をすることとなった。
「……史那が頑張って中学受験をしたから、父さんも黙って見守っていたけど。今日、母さんからも話を聞いて、史那がどうしたいかを父さんは知りたい」
テレビも消して静まった部屋に、壁にかけられたアナログの時計の針の音と、父の声が響いている。
父は私の進路に関して口を出したことはない。それは母も同様で、二人とも私の意思をいつだって尊重してくれている。
だからこその、この時間だ。
私もそれを分かっているから、両親に誤魔化したりはしない。
私はどう説明すべきか考えが纏まらず、言葉に詰まる。
両親もそれは分かっているから、私が口を開くのを辛抱強く待ってくれている。
「理玖を追いかけて、って、不純な動機で頑張って中学受験したけど……
今の私ではこのまま高等部への進級は無理だと思うの。いくら補習を受けたり塾に通ったとしてその場凌ぎをしたとしても、高等部に進級してからが、きっと今以上にしんどくなるんじゃないかと……
もし、二学期の中間でも、思うように成績が上がらなければ、愛由美ちゃんが通う女子校を受験したいと思ってる……」
今の素直な気持ちを吐き出した。
身の丈に合わない学校へ無理して入学したものの、こうやって脱落して行く私に呆れただろうか。
両親はしばらく無言だった。
どのくらいの時間が経っただろう。沈黙を破ったのは、母だった。
「史那は、本当にそれでいいの?」
母の意図することが分からなくて返事ができないでいると、父が代わりに口を開く。
「理玖と離れてもいいのか?」
学習能力のことだけではなく、理玖のことに言及された。
幼い頃から理玖が大好きで、ずっと理玖の後ろを追いかけていた私を見守っていてくれていたからの発言だ。
「理玖と私じゃ出来が違いすぎて、迷惑ばかり掛けちゃうから……
それに理玖は私のこと、従妹としか思ってないみたいだし、成績の悪い私が側にいると、恥ずかしくて嫌なんじゃないかな」
私の返事に、父が反論する。
「史那のことが迷惑だなんて、理玖がそう言ったのか?」
父の剣幕に圧倒されて、即座に返事ができなかった。
「直接は言われないけど、雰囲気で伝わるよ。朝だって、うちに寄ったら遠回りなのに、お母さんや遥佳伯母さんに言われてわざわざ迎えに来てくれてたけど、ずっと態度は素っ気なかったし……」
私の言葉に両親はお互いが顔を見合わせる。
母もなにか言いたそうだったけど、口を噤んでいる。
しばらくなにかを考えて無言だった父が、徐ろに口を開いた。
「史那の考えは良くわかった。外部受験については、反対しない。史那の思うようにやってみなさい。
でもな、このまま進級するにしろ、外部受験するにしろ、成績はいい方が有利だからな。
夏休み期間、特別家庭教師をつけることになるけど、それはいいか?」
父の提案に、反論なんてない。
「うん、分かった。できる限りの努力はする。でも、外部受験の意思は多分変わらないと思う」
私の返事に父は頷いた。
「史那の人生だ、自分で決めたことなら父さんたちは応援する。でも迷ってるなら、いつでも相談に乗るからな。母さんだって同じ気持ちだから、父さんに言いにくいことなら、母さんに相談しなさい」
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母はまだ心配そうな表情を浮かべている。
「ごめんね、私の成績が振るわないばっかりに余計な心配かけちゃって……」
なんとか場の空気を変えたくて、わざとおどけて見るものの、母には全てお見通しだ。
「史那はいつだって頑張ってるよ。いつだって自分の気持ちに真っ直ぐ。それは私たちが一番よく知ってる。
理玖くんのことだけど……」
「ううん、大丈夫。──ねえ、外部受験のことは、理玖や遥佳伯母さんたちには内緒にしてくれる?」
私の成績が悪くて、学校で肩身の狭い思いをしていることは、きっと理玖は気づいている。
これは、そんな私の唯一のプライドだ。
外部受験は、理玖に迷惑をかけないようにそっと離れるたった一度のチャンス。
これ以上、高等部に在籍する理玖の足手まといにはなりたくない。
母は、複雑な表情を浮かべながらも頷いてくれた。
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