20 / 87
史那編
中学二年、卒業前日 2
しおりを挟む
朝のお迎え。理玖はマンションのエントランスまでしか来てくれない。
ただでさえ忙しい朝の時間帯にわざわざ最上階までは迎えに来ないし、時間通りに私が来なかったら容赦なく一人で学校に行くのだ。
だから理玖を待たせる訳にはいかない。
私はエレベーターが早く上がって来ないかイライラしながら待っていた。
ようやくエレベーターが最上階まで昇って来たので、扉が開くと急いで飛び乗ると、『1』のボタンを押した。
運が良ければ、途中で誰も乗って来なければ、エレベーターは束の間の密室で、私は室内に貼られた鏡の前で自身の身なりを最終チェックをする。
『チン』と、エレベーターの音が鳴る。
モニターを確認すると、一階に到着している。
私は深呼吸を一つして、その扉が開くのを待った。
エレベーターの扉が開くと、コンシェルジュの大川さんと視線が合った。
大川さんはコンシェルジュの中で一番年配の男性で、所作、立ち居振る舞いも完璧なプロフェッショナルだ。
「おはようございます、史那さん」
大川さんが笑顔で挨拶をしてくれる。
このマンションのコンシェルジュさんは、住人の子供の呼び方は、名前に「さん」付けを徹底している。
「おはようございます、大川さん」
「大丈夫、まだ来られてませんよ」
大川さんの言葉に、私はほっと一息つく。
大川さんを筆頭に、ここのコンシェルジュさん達も、理玖の事は私同様に幼少期からよく知っている。
理玖も小さい頃からこのマンションへよく遊びに来ており、時々、コンシェルジュさんたちに遊んで貰ったこともある。
まだ赤ちゃんの蒼良に両親がかかりっきりだったせいか、出会った頃の優しい男の子からいつの日にか偉そうな俺サマな子に変わっていった。
理玖は高宮の祖父母や私の母に良く預けられて、伯母さんに甘えたくても甘えられなかったのだろう。
意地っ張りな理玖のことだから、『自分を見て』と素直になれなかったに違いない。
それに加えてお兄ちゃんになったのだからと、周囲から無言のプレッシャーもあったのだろう。
確かその頃からだ。理玖の私に対する態度も変わったのは。
理玖の四歳年下になる蒼良は、それこそ蒼良が生まれて来る前の理玖の性格をそのまま引き継いで成長しており、理玖に意地悪をされた時は、蒼良に癒されていた。
時々見せる優しさは、あの頃の理玖と変わらない。
でも……
理玖が小学校を卒業してから、時期的に反抗期もあったのか、性格がガラリと変わってしまった。
中学受験で、理玖は大学までエスカレーター方式の私立の進学校に入学した。
私も少しでも理玖の近くにいたくて、一生懸命勉強して、なんとか同じ学校に合格した。
けれど、元々頭のできが違うせいもあり、私は落ちこぼれ組にいた。
そんな私と一緒にいるのがきっと理玖は恥ずかしいのだ。
同じ『高宮』の苗字で顔立ちも、どことなく似ている。私が中等部に入学してから、すぐに私たちのことは学校中で噂になった。
従兄妹だし、なにかと目立つ理玖と比較される私。
五年前に念願の妹が産まれたけれど、私は元々一人っ子だったし、それなりにマイペースな性格だったせいで、学校では理玖絡みで色々と陰口を叩かれた。
理玖は女の子たちからの告白を断る際、どうやら私を理由に使っていると知ったのは、つい最近のことだ。
私の仲良しの友だちが、卒業前の理玖に告白して玉砕した。
その時、理玖はその子にこんなことを言ったのだという。
『史那がうるさいから』
一体これはどういうことだろう。
確かに理玖の言動で理不尽なことがあれば、私は遠慮なく理玖に文句を言うけれど、交友関係について口を挟んだことなんて一度もない。
理玖は英和辞典を忘れたと言って、わざわざ学年の違う私の元へ借りに来るくせ、一度も自分から返しにこない。
私が三年の教室まで取りに行かないと返してくれないのだ。
借りに来るなら返しに来るのが普通だと思うけど、理玖にそれは通用しない。
学年が違うせいで、三年の先輩たちからは冷ややかな目で見られて私は居心地が悪かった。
だから学校では極力接点を持たないように気をつけながらも、このような不可抗力の際は朝の通学時間に文句を言っていた。
しかしながら理玖は、暖簾に腕押し、糠に釘。
どこ吹く風だというように、私が訴えても全く効果はない。
でも私が中等部に入学して一度だけ、理玖が私の心配をしてくれたっけ。
『実害があれば、隠さず俺に言え』と。
確かに逆恨みで、陰口を叩かれたり睨まれたりはあったけど、物を隠されたりとか意地悪をされることはなかった。
そう考えると、理玖は理玖なりに私に気を使ってくれていたのかも知れない。
直接口に出して言わないけれど、女の子たちからの告白を断るものの、理由を私のせいにしながらも私になにかしたらタダじゃおかないと釘を刺してくれていたようだ。
ただでさえ忙しい朝の時間帯にわざわざ最上階までは迎えに来ないし、時間通りに私が来なかったら容赦なく一人で学校に行くのだ。
だから理玖を待たせる訳にはいかない。
私はエレベーターが早く上がって来ないかイライラしながら待っていた。
ようやくエレベーターが最上階まで昇って来たので、扉が開くと急いで飛び乗ると、『1』のボタンを押した。
運が良ければ、途中で誰も乗って来なければ、エレベーターは束の間の密室で、私は室内に貼られた鏡の前で自身の身なりを最終チェックをする。
『チン』と、エレベーターの音が鳴る。
モニターを確認すると、一階に到着している。
私は深呼吸を一つして、その扉が開くのを待った。
エレベーターの扉が開くと、コンシェルジュの大川さんと視線が合った。
大川さんはコンシェルジュの中で一番年配の男性で、所作、立ち居振る舞いも完璧なプロフェッショナルだ。
「おはようございます、史那さん」
大川さんが笑顔で挨拶をしてくれる。
このマンションのコンシェルジュさんは、住人の子供の呼び方は、名前に「さん」付けを徹底している。
「おはようございます、大川さん」
「大丈夫、まだ来られてませんよ」
大川さんの言葉に、私はほっと一息つく。
大川さんを筆頭に、ここのコンシェルジュさん達も、理玖の事は私同様に幼少期からよく知っている。
理玖も小さい頃からこのマンションへよく遊びに来ており、時々、コンシェルジュさんたちに遊んで貰ったこともある。
まだ赤ちゃんの蒼良に両親がかかりっきりだったせいか、出会った頃の優しい男の子からいつの日にか偉そうな俺サマな子に変わっていった。
理玖は高宮の祖父母や私の母に良く預けられて、伯母さんに甘えたくても甘えられなかったのだろう。
意地っ張りな理玖のことだから、『自分を見て』と素直になれなかったに違いない。
それに加えてお兄ちゃんになったのだからと、周囲から無言のプレッシャーもあったのだろう。
確かその頃からだ。理玖の私に対する態度も変わったのは。
理玖の四歳年下になる蒼良は、それこそ蒼良が生まれて来る前の理玖の性格をそのまま引き継いで成長しており、理玖に意地悪をされた時は、蒼良に癒されていた。
時々見せる優しさは、あの頃の理玖と変わらない。
でも……
理玖が小学校を卒業してから、時期的に反抗期もあったのか、性格がガラリと変わってしまった。
中学受験で、理玖は大学までエスカレーター方式の私立の進学校に入学した。
私も少しでも理玖の近くにいたくて、一生懸命勉強して、なんとか同じ学校に合格した。
けれど、元々頭のできが違うせいもあり、私は落ちこぼれ組にいた。
そんな私と一緒にいるのがきっと理玖は恥ずかしいのだ。
同じ『高宮』の苗字で顔立ちも、どことなく似ている。私が中等部に入学してから、すぐに私たちのことは学校中で噂になった。
従兄妹だし、なにかと目立つ理玖と比較される私。
五年前に念願の妹が産まれたけれど、私は元々一人っ子だったし、それなりにマイペースな性格だったせいで、学校では理玖絡みで色々と陰口を叩かれた。
理玖は女の子たちからの告白を断る際、どうやら私を理由に使っていると知ったのは、つい最近のことだ。
私の仲良しの友だちが、卒業前の理玖に告白して玉砕した。
その時、理玖はその子にこんなことを言ったのだという。
『史那がうるさいから』
一体これはどういうことだろう。
確かに理玖の言動で理不尽なことがあれば、私は遠慮なく理玖に文句を言うけれど、交友関係について口を挟んだことなんて一度もない。
理玖は英和辞典を忘れたと言って、わざわざ学年の違う私の元へ借りに来るくせ、一度も自分から返しにこない。
私が三年の教室まで取りに行かないと返してくれないのだ。
借りに来るなら返しに来るのが普通だと思うけど、理玖にそれは通用しない。
学年が違うせいで、三年の先輩たちからは冷ややかな目で見られて私は居心地が悪かった。
だから学校では極力接点を持たないように気をつけながらも、このような不可抗力の際は朝の通学時間に文句を言っていた。
しかしながら理玖は、暖簾に腕押し、糠に釘。
どこ吹く風だというように、私が訴えても全く効果はない。
でも私が中等部に入学して一度だけ、理玖が私の心配をしてくれたっけ。
『実害があれば、隠さず俺に言え』と。
確かに逆恨みで、陰口を叩かれたり睨まれたりはあったけど、物を隠されたりとか意地悪をされることはなかった。
そう考えると、理玖は理玖なりに私に気を使ってくれていたのかも知れない。
直接口に出して言わないけれど、女の子たちからの告白を断るものの、理由を私のせいにしながらも私になにかしたらタダじゃおかないと釘を刺してくれていたようだ。
2
お気に入りに追加
438
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。