幼馴染のエリートDr.から一途に溺愛されています

小田恒子

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1巻

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   第一章 YUKAと優花


「今日の投稿も、フォロワーの反応が良さそうだね」

 八月五日、十三時。
 SNSの画像投稿サイトに投稿したばかりの私の写真は、投稿と同時に押される「いいね」とコメント欄の通知ですごいことになっている。
 画像を投稿する際にコメントを受け付けない設定もできるけれど、クライアントであるKATOカトーからフォロワーの反応が知りたいとの意向を受け、誰でもコメントを書き込める状態にしているせいで、私のスマホの通知欄は投稿後しばらく途切れることがない。
 リプライはよほどのことがない限り誰にも返していないけれど、それでもコメントを書き込んでくれるフォロワーさんからの通知で、スマホはいつもパンク状態だ。
 私は投稿の通知を切ると、声の主でありKATOの十和子とわこさんこと加藤かとう十和子に溜息をきながら返事をする。

「みんな、よくこんなどこの誰かわからない人にコメントとか送るよね……」

 投稿した写真は、プロのカメラマンが撮影したもので、事前に十和子さんからこの投稿のためにメールで送られてきたものだ。写真に写る私の顔は、メイクさんがほどこしてくれる化粧のおかげで、まるで別人のようだ。いつものことながら、自分なのに自分じゃないように見えるプロの技術には驚かされる。
 今回の写真のコンセプトは『存在感』ということで、唇に塗られた口紅が際立つメイクと表情を求められていた。
 撮影衣装は、いつもコスプレでSNSに投稿しているフリルがたくさんついたゴスロリ系の可愛いものではなく、大人の女性を意識させる、身体のラインがはっきりと出るセクシー系のドレスだ。これも胸にパッドを詰めて、ウエストはコルセットで締め付けて、ヒップラインも綺麗に見えるようガードルと着圧タイツを穿いてボディメイクも完璧だ。
 これはもう、自分でも詐欺だと言いたくなるくらい、メリハリの効いたナイスバディに仕上がっている。今回の画像は、地毛をおろしたもので、胸元に垂らした髪は、洗い流せるスプレータイプのヘアカラーで明るい色に染めている。

「どんな表情でも、うち以外に露出がない『YUKAユカ』の個人アカウントで、今日は新色発表の告知投稿なんだから、嫌でも注目されるわよ。それこそ他のSNSの動画投稿サイトでもアカウント作ったら、三次元のYUKAが見たいファンが多いからみるみるうちにフォロワー増えるわよ?」

 十和子さんの言う『YUKA』とは、私、宮原みやはら優花ゆうかの別人格で、私は本業の医療事務をする傍らYUKA名義でSNSにコスプレ画像を投稿している。
 十和子さんの揶揄からかい気味な発言に、再び溜息をきながら言葉を返す。

「勘弁してくださいよ……ただでさえ、すぐにこうやって通知がいっぱいになっちゃうんだから、私にこれ以上アカウントを増やせるわけないじゃないですか。それに万が一、身バレした時が怖いし。普段のコスプレの時だって結構な数の通知があるのに、KATOの化粧品に関する投稿なんて、もう恐ろしくて自分のアカウント触れませんよ」

 アカウントの分散も考えたけれど、今でさえこのように通知の渋滞が起こるのだから、もう一つ別のSNSアカウントを開設したところで同じ現象が起こるだろう。そう考えただけで、ゾッとする。
 私はSNSからログアウトすると、スマホを鞄の中にしまう。そんな私の様子を見て、十和子さんはこれ見よがしに盛大な溜息をいた。

「相変わらず優花ちゃんは素っ気ないわね。今をときめくKATOの専属イメージキャラクターだけでなくて、この際、こっちを本業に切り替えて本格的に芸能界デビューとか考えてないの? それこそフォロワーの中には、大手芸能事務所のスカウトとか、スポンサーになってくれそうな企業さんだってたくさんいるでしょう」

 私がスマホを片付けたからか、十和子さんは自分のスマホをバッグから取り出すと、YUKAのアカウント投稿と、フォロワーの反応をチェックし始める。

「芸能界だなんて、とんでもない! 私がそんな器じゃないの、十和子さんが一番知ってるでしょう? それこそフォロー返しをしたらDM攻撃されるのが目に見えてるし、この仕事を始めたせいで十和子さんや兄にも迷惑かけたから、KATOで仕事を引き受けてからは誰一人としてフォローしてないんだし。両親も私がKATOのイメージキャラクターをやることに反対こそしなかったけど、実際にはあまりいい顔をしてないし、もしそんなことになったらきっと卒倒しますよ。それに化粧を落としたら、地味顔の私のことなんて誰一人として見向きもしないんだから」

 数年前から私は、ひょんなことから十和子さんの実家であるKATOという化粧品会社のイメージキャラクターに起用されて、YUKAの名前で広告塔のような役目をしている。
 このYUKA名義のSNSアカウントでさらしている私の顔は、すべて十和子さんやKATOの美容部員さんたちの手によって作られたもので、素顔の私とはかけ離れた仕上がりだ。おかげでリアルな知り合いでも、今のところ私があのYUKAだと気付いた人は誰もいない。

「もったいないわねえ、せっかく綺麗にメイクして別人のように変身してるのに。それこそお見合いなんてやめて、うちの弟と会ってみない? すぐにでも紹介するわよ?」

 私にお見合い話が来るまで、十和子さんは初恋の男の子を忘れられない私に向かって『新しい恋をするべきだ、弟を紹介する』と言って弟さんとの食事会をセッティングしようとしていた。そして私は毎回、それを角が立たないようにやんわりと回避していた。
 眉毛を少し描き足して、まつ毛をビューラーでくるんと上げるだけでも全然印象が変わる。YUKAに変身する時はそれに加えて日頃使わない色のアイシャドウやチーク、口紅などで別人のようになるのだ。YUKAの一面だけを見て素の私を知らない十和子さんの弟さんはどう思うか……
 七月下旬に今回の新色のスチール撮影があり、その数日後に父からお見合い話を打診されたのだ。
 いつもなら兄が、私の耳に入る前にお見合い話を握りつぶすところだけど、今回はそうさせまいと父が先に手を回していたようで、どうにも回避ができない状態だった。
 この時点でお相手の情報はまだ何も聞かされていないけれど、YUKAとしての活動をする際に父と交わした約束で、どうしてもそれを破るわけにはいかないのだ。

「いやいや、父との約束なのでとりあえずお見合いはしますけど、結婚まで話が進むかは……。それに、十和子さんの弟さんだって私の素性を知らないんだから、シンデレラの魔法がけた私にはきっと興味ないと思いますよ」
「そんなことないってば! 優花ちゃんは自分を過小評価しすぎよ。優花ちゃんは素顔でも充分可愛いんだから。弟もYUKAのアカウントをフォローしてるけど、あの子ならYUKAの正体を知っても、きっと驚かないわ」

 今日はKATOが手掛けているブランドの一つである『Temptationテンプテーション』の口紅の新色発表日だった。
 発売日は十月十日。先ほど会社のホームページに情報解禁されており、そのタイミングに合わせて、私のアカウントでも新商品を使った広告用の画像を投稿公開したのだ。
 その名の通り、このブランドのトータルコンセプトは『あなたを誘惑する』であり、今回の口紅はそこから派生する『存在感』をテーマに売り出される。
 写真撮影は事前に終わらせており、今はYUKAではなく素の私、宮原優花の姿である。十和子さんに初恋の男の子、尚人ひさひとくんの話題を振られてからの弟さんアピールはいつものことである。
 今回は趣味のコスプレの投稿ではなく仕事の投稿だ。KATO側の指示での撮影だけに、いつも以上にフォロワーの反応が気になってしまう。
 今でこそ宣伝アカウントとして活用しているけれど、元々このYUKA名義のアカウントは、学生の頃に趣味のゴスロリやドレス姿のコスプレアカウントをフォローするために作ったものだった。
 小さい頃から夢の国や童話に出てくるお姫様が大好きだった。幼少の頃のアルバムを見ると、フリルがたくさんあしらわれた洋服ばかり好んで着ていたのがわかる。
 その中でも特別な思い入れのある服は、小学校に入学する前親戚のお姉さんの結婚式で着用するために買ってもらった淡いピンクのドレスで、本物の花嫁さんが着るドレスのようにスカート部分にボリュームの出るパニエもついている。
 結婚式の時だけ袖を通すのはもったいないと思い、結婚式の前に試着して父の職場へ遊びに行きそこで出会った男の子――尚人くんに、まるでお姫様みたいだと褒めてもらえたことがとても嬉しかった。それ以降も、綺麗に着飾って病室へ遊びに行くと、尚人くんは喜んでくれた。今思えば、これが可愛く着飾りたいと思うきっかけだった。
 でも、そのような可愛いお洋服を普段着で着用していたのは小学校を卒業するまでで、中学は校則が厳しくて有名な、大学までエスカレーター式の女子校である私立聖華せいか学園を受験し進学した。
 聖華学園は良家の子女が多く、校則も厳しいと有名な学校だ。制服がとても可愛く、基本的にはどこへ行くにも制服の着用が定められている。制服に一目惚れした私は、むしろそれが着たいがために中学受験を志願した。
 一方で両親は、本当は中学受験などさせずに子どもをのびのびと育てたいと思っていたようで、私が受験したいと口にした時、何度も意志を確認された。校則が厳しいこと、良家の子女らしい振る舞いを今以上に求められること。両親と何度も話し合い、それでも『どうしても可愛い制服が着たい』という私のよこしまな気持ちは揺るがなかった。
 そして希望通り、聖華学園中等部を受験し、合格した。
 私のように中学から受験して聖華学園に進学する人は意外と少なくて、多くは幼稚園や小学校からの内部進学者同士ですでにグループができていた。当時は親しい友人がいなかったため、休日に同じ学校のお友達の家へ遊びに行くことはなかった。でも外出時の服装も制限されていたため、塾に通う時も制服で、小学生の頃に好んで着ていた洋服は外出時に着用する機会がなくなった。
 けれど制服は可愛いし、外出の際『あ、聖華の子だ』と羨望の眼差しで見られることには優越感があった。
 人から注目されることに快感を覚えたのはこの頃からだろう。だから、SNSに投稿するのは別として、昔から可愛いお洋服を着ることに抵抗はなかった。けれど、その一方でいくら可愛いお洋服を着ていても、それを着こなす自分の顔立ちには自信が持てなかった。


   * * *


 それから時は流れて――私は十七歳、高校三年の夏。
 私と兄は学年は五つ離れているけれど、私が早生まれなので六歳年の差兄妹だ。そんな兄は、当時十和子さんとお付き合いをしていた。
 二人は大学時代の同級生で、十和子さんはよくうちへ遊びに来ていて私とも仲良くなった。

「ねね、優花ちゃん。世の中にはこんなに可愛いお洋服がたくさんあるんだし、本格的にコスプレして、それをSNSのアカウントに投稿しない? 顔バレが嫌なら、絶対に優花ちゃんだと気付かれないように私がお化粧してあげる! だからお願い、私にプロデュースさせて!」

 自宅でくつろいでいた時だから、私は当然普段着だ。この頃になると、自分の趣味全開の服と、顔立ちのバランスの悪さは自覚していた。
 でも可愛いお洋服をでることは相変わらずで、そのような服は、購入しても箪笥たんすの肥やしになっていく。その一方で、自分で着る服は昔に比べると控えめになっていた。
 十和子さんは大学を卒業後、家業であるKATOに就職し、女性に磨きをかける勉強のためにエステ部門で女性のボディメイク、フェイシャルエステ後のスキンケアやメイクなどを学んでいた。
 十和子さんの唐突な提案に私は驚きを隠せなかったけれど、そんな十和子さんの言葉を後押しするように、兄のまなぶが援護射撃をするような発言をした。

「いいな。せっかくだから、優花をとびきりのお姫様に変身させてみてよ。何なら俺がカメラマンやってもいいからさ」
「あ、それいいわね。いっぱいコスプレして写真撮りましょう! せっかくだから優花ちゃんに似合うお洋服選びたいし、今よりも、もっと可愛いお洋服を着てお化粧もして楽しもう」

 何だかんだと、兄と十和子さんに言いくるめられた感はいなめない。けれど、最終的にうなずいたのは私の意思だった。
 こうしてコスプレイヤー、YUKAが誕生した。
 コスプレは、その時の十和子さんの気分でメイクや洋服が決まる。
 私は小さい頃から夢の国のお姫様が大好きだったので、それを知った十和子さんが選ぶ服は、フリルがたくさんあしらわれたゴスロリ系の服が多い。
 けれど、時々十和子さんや兄のリクエストで、私たちが小さい頃に流行っていたアニメのキャラクターや少年マンガで連載されているマンガのキャラクターにふんした格好をしてみたり、クリスマス時期にはサンタクロースになってみたりと、その服装は多種多様だ。
 コスプレ用の写真を撮影する時は、絶対に私がYUKAだとわからないように、普段の私とは全然印象の違うメイクをほどこしてもらって撮影していた。もちろんウィッグとカラーコンタクトレンズは標準装備で、加えて撮影した画像はフィルター加工で実際の肌とは色味を変える仕上がりにしたりと、ひと手間をかけることも忘れない。

「だって私、母の好みで小さい頃はドールハウス系のおもちゃばかり買ってもらって、着せ替え人形は持ってなかったもん。だから、優花ちゃんを今以上に可愛く、綺麗に変身させたいの。それにうちには弟しかいないから、優花ちゃんが等身大の着せ替え人形みたいで、今、すっごく楽しい!」

 十和子さんは瞳をキラキラさせてそう私に訴えた。
 そんな十和子さんに、私が言い返せるはずもない。私はいつしか十和子さんのリアル着せ替え人形と化していた。
 コスプレをするといっても、コスプレの聖地に出向いたり、コスプレイベントに参加するわけではない。ただ十和子さんと一緒に選んだ服に着替えて、十和子さんがそれこそまるでおとぎ話に出てくる魔法使いのように、私を別人に変身させてくれる。それを兄が写真に撮り、SNSアカウントに投稿していた。
 服に合わせるアクセサリーも一緒にコーディネートしてくれたけど、それに関してどうしても譲れない点が一つだけあった。
 それは、昔から大切にしているバラのモチーフのブローチを、どんな服を着用していても写真で見える場所に着けることだ。
 そのブローチは洋服のイメージに合わない時もあったけれど、これだけは、何があっても譲れなかった。
 だって、それは、初恋の彼がくれた大切なものだから……
 事情を話すと、それこそ十和子さんは少女のようにはしゃいで初恋の君に届くようにと応援してくれたけど、兄はいい加減現実を見ろとばかりに呆れ顔だった。
 いくら化粧で印象が変わるとはいえ、当時はやはり気恥ずかしさもあり、しばらくの間は写真を投稿しても、アカウントに鍵をかけていた。そしてフォロワーも当時は兄と十和子さんの二人だけの三人で、ひっそりとコスプレライフを楽しんでいたのだった。
 この頃から、動画投稿用のSNSに投稿してみたら? と十和子さんは提案していたけれど、ひっそりとコスプレを楽しみたかった私は、それを受け入れられなかった。そんな私の様子を面白がって、兄も着飾った私の写真をいっぱい撮ってくれた。
 私も最初の頃は兄や十和子さんと一緒に画像を選んでいたけれど、その膨大な枚数に辟易してしまい、最終的に画像選択は二人にお任せしていた。
 いっそのこと投稿も兄に任せようと思い、兄のアカウントでコスプレした写真を投稿してもいいよと話を振るも、兄のアカウントは鍵をかけておらず他の人も見ることができる状態なのに優花の写真を俺が勝手に投稿するわけにはいかない、そんなことをすれば優花の正体もバレるし個人情報を大事にしろと厳しく注意された。
 それ以来、私は兄の言葉に従って、スマホの通話アプリに二人が選んだデータを送ってもらい、それを投稿していた。
 そんな風に楽しくコスプレライフを楽しんでいたけれど、風向きが変わったのは、それから二年後の早春だ。
 聖華女子大学に進学し、大学生活にも慣れた二年のお正月。再び十和子さんに声を掛けられた。

「ねえ、優花ちゃん。今度うちの会社から若い子向けのスキンケアブランドが出るんだけど、先行モニターやってみない? 優花ちゃんのメイクをしながらいつも思ってたの。優花ちゃんってお肌も綺麗だし、何よりうちの化粧品がめちゃくちゃ映えるの! その土台となるスキンケアも、モニターになればうちの新しいブランド、無料でお試しができるよ?」

 それこそ有無を言わせない勢いで、私には十和子さんの提案にうなずく以外の選択肢は与えられていない。
 SNSのアカウントは、それこそ最初の頃はさすがに全く見ず知らずの人が誰でも気軽に閲覧できることに抵抗があり鍵をかけていたけれど、高校を卒業した時に思い切って鍵を外してみた。すると、コスプレに関心のある人からフォローされ、フォロワーからの拡散により徐々にフォロワーの数が増えていった。
 中でも熱心なフォロワーさんは何人かいて、それこそコメントは残さないものの、いつも投稿する写真に対して『いいね』ボタンを押してくれる人が何人かいた。
 その中でもハンドルネーム『NAOTO』さんは、後から聞いた話によると十和子さんが紹介したいと言っていた弟さんらしく、私がアカウントの鍵を外した時に、真っ先にフォローしてくれた人だった。
 十和子さんの弟とはいえ、会ったことのない人だ。
 NAOTOさんのアカウントは、アイコンが設定されていないし、私が写真を投稿したら、いいねは押してくれるけどコメント欄に特に何も書き込みもされていないからフォローを返したりもしていない。
 NAOTOさん以外にも、コメント欄に『次はギャルのコスプレが見たい』とか『看護師さんのコスプレをお願いします』など、リクエストをくれる熱心なフォロワーさんも現れるようになり、こうしていつも反応をしてくれるアカウントはいつの間にか私の記憶に刷り込まれていた。
 写真を投稿する頻度はまちまちだ。
 初めて投稿した当時、私は高校三年生だったけど、兄や十和子さんは社会人一年目で忙しい時期だった。土日で十和子さんと予定が合えば一緒に洋服を買いに行き、その後メイクをしてもらい、兄が写真を撮影していたから、一か月に数回不定期で画像をあげていた。
 いつしか兄は仕事が忙しくなり、写真撮影も十和子さんが担当することになったけど、ありがたいことに投稿のたびにフォロワーは少しずつ増えていった。

「もちろん、素顔や個人情報を外部に漏らしたりしないわよ。今度、ちょうど優花ちゃん世代をターゲットにした新しいスキンケア『Innocentイノセント』を売り出すんだけど、社内ではさすがに該当する年齢の従業員がいないから大学生や社会人の若い女の子の使用した感想が欲しくて、会社のSNSアカウントでもモニター募集の投稿をしてるの。だから優花ちゃん一人だけじゃないし、やってみない?」

 思えばこの言葉を素直に受け入れたがために、後に気が付けば、あれよあれよとイメージキャラクターに抜擢されることとなったのだ。
 KATOは国内の化粧品業界で五本の指に入る大手の会社で、色々な世代に合わせたスキンケアやメイクのブランドが多数ある。テレビCMにも有名な芸能人を起用して、順調に業績を上げていた。有名ブランドのスキンケアを無料で体験できるなんて機会はそうめったにない。
 私は十和子さんの申し出を受け入れて、モニターとして新ブランドのスキンケアを使わせてもらうため、事前に肌水分量と肌のキメをチェックしてもらった。
 そしてモニターを引き受けて半月が経った頃……

「優花ちゃん、スキンケアセットを使い切ったら教えてね。今度会う時に肌水分量と肌のキメを再チェックするからね」

 十和子さんの言葉に、私は素直にうなずいた。
 モニターなのだから、肌の状態をチェックされるのは当然のことであり、私自身も納得していたことだった。けれど、その数値を測定するために赴いたKATO本社で、突如たくさんの大人に囲まれた私は、KATOのイメージキャラクターに起用されることとなった。
 どうやら、私がコスプレでSNSに画像を投稿していることを、十和子さんが事前に上層部の人たちへ話をしていたようだ。

「うちの会社のスキンケアで、きちんと一か月間肌の調子を整えたから、今まで以上に絶対化粧が映える! 私を含め、プロの仕事を信じて。今まで以上に優花ちゃんだとわからないような仕上がりになるから!」

 十和子さんのひと言で、KATOの中でもトップクラスの技術を誇る美容部員さんの手によって、私の顔は過去最高の変貌を遂げた。それを目の当たりにしたKATOの上層部の人たちにイメージキャラクターとして契約してほしいと拝み倒されて、断るに断れなくなったのだ。
 以前、十和子さんがKATOの社長令嬢であることは本人から聞いていたけれど、KATOの専務取締役という役職に就いていて、加えて次期社長なのだということをこの時に初めて知った。
 会社の人たちからは「優花ちゃんを通じて、メイク一つで女の子の可能性が広がる、どんな自分にでもなれることを伝えたい」と熱烈にプレゼンされたものの、素顔を晒すのなら私はイメージキャラクターの話はなかったことにしてほしいと断り、最終的には私の意見を尊重する十和子さんの決断でYUKAの素性は明かさないように調整され、現在に至る。
 それまではアカウントもフォロワー数が数十人程度だったはずなのに、KATOのイメージキャラクターを引き受けて宣伝用の画像を投稿したら、自分の手に負えないレベルにまでフォロワー数が増え、今ではインフルエンサーと化している。


   * * *


「会社のアカウントも反応がすごいけど、YUKAのアカウントのほうがいいねもコメントもかなりの数だよ? 何かお礼の言葉とか発信したら、それこそファンも喜ぶんじゃない? 特に古参のフォロワーさん辺り。その中にうちの弟も含まれるけどね」

 十和子さんが意味深な口調で私に語りかける。

「うーん。昔から投稿しっぱなしで私は特にフォロワーさんと個別にやり取りなんてしたことないですけど……」
「そうね、そうだったよね。特定の人とやり取りなんてしてたらそれこそ炎上しちゃうわよね。でも、もしお見合いが上手くいって、結婚することにでもなれば……。お相手の考えもあると思うけど、YUKAの活動を終了することになるとしたら、その時は自分のアカウントできちんとご挨拶はしたほうがいいと思うわよ」

 十和子さんの言葉に、私はうなずいた。
 今回のTemptationの新色発表の場が、私のKATOのイメージキャラクターとして事実上最後の仕事だったのだ。
 私がKATOのイメージキャラクターを務めてからもう六年。KATOと私の契約は、一年ごとに更新されている。まさかこんなに契約が続くと思っていなかっただけに、正直驚きを隠せないでいる。それだけこのブランドが、世の中の女性たちに支持されている証拠だろう。寂しいけど、父と交わした約束で、もしかしたら私はこのタイミングでYUKAとしての活動を終わりにしないといけなくなるのかもしれない。


   * * *


 新色発表の日から二十日ほど経った、八月最終週のある日――

「優花ちゃん、院長がお呼びよ。至急ですって。片付けは私がしておくから、もうそのまま上がっていいよ」

 内線電話を受けた同僚の崎田さきたルミが、受話器を置くと私にこう告げた。
 ルミさんは私より二歳年上で、事務所内では年齢が一番近い。後輩は私以外にもいるけれど、病院長の娘である私のことも他の職員さんと分けへだてなく同じように接してくれる唯一の人だ。
 今日はお昼の時間に、長年片思いをしている相手が病院にやってきたのだと他の同僚に話をしていたのを耳にしたので、ルミさんはいつも以上にご機嫌だった。
 時計は十八時二十分を少し回ったところだ。外来の受付時間は十八時までなので、現在は受付時間外。受付カウンターは、会計の窓口以外カーテンを閉めている。
 ここは宮原病院。地元でも大規模な総合病院で、私の父はこの病院の院長だ。
 そして私は大学を卒業して、KATOのイメージキャラクターを務めながら、この病院で受付事務として働いている。
 KATOの件は、父と事務長をしている兄と、税金の関係で副業を申請した経理部長以外は誰も知らない。けれど、私が院長の娘だということは、病院に勤務するみんなが知っている。


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