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彼氏 3
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「浜田さん、今データを送りました。資料はお返ししますので、内容の確認をお願いします」
机の上に置かれていた資料を浜田に返し、自分の仕事に取りかかると、なんとかギリギリ定時前に終了した。自分の入力した文書をプリントアウトし、内容を精査する。パソコン上の画面だけでの確認だと見落としがあると教えてくれたのも浜田だった。仕事の面では尊敬できるけれど、それ以外については関心が薄れてしまったので、もうどうでもいい。
プリントアウトした文書を見直して問題ないことを確認すると、翠はパソコンの電源を落とし、帰り支度を始めた。周囲の人たちは、そんな翠を「今日は彼氏とデート? 羨ましいね」などと冷やかすけれど、幸成を待たせる訳にはいかない。
「じゃあすみません、お先に失礼します」
ちょうど定時のチャイムが鳴り、翠は席を立つとロッカーへと向かった。荷物を取り、幸成に今から会社を出るとメッセージを送ると、ロッカー室を後にする。足早に階段を下りて、通用口へと足を運んだその時だった。
「伊藤ちゃん!」
背後から翠を呼ぶ声が聞こえた。振り返らなくても誰かはわかる。翠は立ち止まると深呼吸をして振り向くと、声の主である浜田が追いかけてきた。
「ちょっと待って。伊藤ちゃん、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないか」
浜田の言葉に、翠は内心イラっとした。業務時間は終わったし、頼まれた仕事もきちんと終わらせているのだから、引き留められる筋合いはない。でも、ここはまだ会社の中で人の目もある。できるだけ平静を装いつつも、話は手短に済ませたい。
「すみません。彼が迎えに来てくれるって言うので、待たせちゃ悪くって」
いけしゃあしゃあと惚気をわざと口にする翠に、浜田は顔を引きつらせながらも笑顔を崩さない。でもその目は笑っていない。
「そうなんだ。今日仕事手伝って貰ったからお礼に食事でもと思ったんだけど……」
「あ、そんな……仕事ですからお気になさらないでください。それにもう業務終了時間を過ぎてますから、すみませんが私はこれで失礼します」
翠は会釈をしてこの場を立ち去ろうとしたその瞬間、浜田は翠の手首を掴んだ。その力は強くて、咄嗟に振りほどけない。
「遠慮しなくていいよ。彼氏には残業って言っておけばいいだろう? 帰りもきちんと家まで送るからさ。さっき店も予約したから、伊藤ちゃんも気に入ると思うよ」
今までと態度が一変して、なんだか怖い。明らかに様子がおかしい。
「あのっ、私、本当に食事とか結構ですっ。それに、今も言いましたが、彼が迎えに来てくれますので」
「ささ、行こうか。伊藤ちゃん、そうやって俺の気を引こうとしてるんだろう? 痩せてかわいくなったのに俺が無反応だったから、いもしない架空の彼氏をでっちあげて気を引こうだなんて、かわいいなあ」
浜田は手の力を緩めようとしない。ますます手に力を加えるものだから、翠の手首は血が通わず色が変色しかけている。
恐ろしくなった翠は、声を上げようとしたその瞬間だった。
「翠!!」
その声の方向に顔を向けると、幸成が血相を変えて駆け寄ってくる。そうして幸成は浜田の腕を掴み上げた。浜田がひるんだ瞬間手の力が抜けたので、すかさず翠は浜田の手を振りほどき、幸成の背中にその身を隠した。
机の上に置かれていた資料を浜田に返し、自分の仕事に取りかかると、なんとかギリギリ定時前に終了した。自分の入力した文書をプリントアウトし、内容を精査する。パソコン上の画面だけでの確認だと見落としがあると教えてくれたのも浜田だった。仕事の面では尊敬できるけれど、それ以外については関心が薄れてしまったので、もうどうでもいい。
プリントアウトした文書を見直して問題ないことを確認すると、翠はパソコンの電源を落とし、帰り支度を始めた。周囲の人たちは、そんな翠を「今日は彼氏とデート? 羨ましいね」などと冷やかすけれど、幸成を待たせる訳にはいかない。
「じゃあすみません、お先に失礼します」
ちょうど定時のチャイムが鳴り、翠は席を立つとロッカーへと向かった。荷物を取り、幸成に今から会社を出るとメッセージを送ると、ロッカー室を後にする。足早に階段を下りて、通用口へと足を運んだその時だった。
「伊藤ちゃん!」
背後から翠を呼ぶ声が聞こえた。振り返らなくても誰かはわかる。翠は立ち止まると深呼吸をして振り向くと、声の主である浜田が追いかけてきた。
「ちょっと待って。伊藤ちゃん、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないか」
浜田の言葉に、翠は内心イラっとした。業務時間は終わったし、頼まれた仕事もきちんと終わらせているのだから、引き留められる筋合いはない。でも、ここはまだ会社の中で人の目もある。できるだけ平静を装いつつも、話は手短に済ませたい。
「すみません。彼が迎えに来てくれるって言うので、待たせちゃ悪くって」
いけしゃあしゃあと惚気をわざと口にする翠に、浜田は顔を引きつらせながらも笑顔を崩さない。でもその目は笑っていない。
「そうなんだ。今日仕事手伝って貰ったからお礼に食事でもと思ったんだけど……」
「あ、そんな……仕事ですからお気になさらないでください。それにもう業務終了時間を過ぎてますから、すみませんが私はこれで失礼します」
翠は会釈をしてこの場を立ち去ろうとしたその瞬間、浜田は翠の手首を掴んだ。その力は強くて、咄嗟に振りほどけない。
「遠慮しなくていいよ。彼氏には残業って言っておけばいいだろう? 帰りもきちんと家まで送るからさ。さっき店も予約したから、伊藤ちゃんも気に入ると思うよ」
今までと態度が一変して、なんだか怖い。明らかに様子がおかしい。
「あのっ、私、本当に食事とか結構ですっ。それに、今も言いましたが、彼が迎えに来てくれますので」
「ささ、行こうか。伊藤ちゃん、そうやって俺の気を引こうとしてるんだろう? 痩せてかわいくなったのに俺が無反応だったから、いもしない架空の彼氏をでっちあげて気を引こうだなんて、かわいいなあ」
浜田は手の力を緩めようとしない。ますます手に力を加えるものだから、翠の手首は血が通わず色が変色しかけている。
恐ろしくなった翠は、声を上げようとしたその瞬間だった。
「翠!!」
その声の方向に顔を向けると、幸成が血相を変えて駆け寄ってくる。そうして幸成は浜田の腕を掴み上げた。浜田がひるんだ瞬間手の力が抜けたので、すかさず翠は浜田の手を振りほどき、幸成の背中にその身を隠した。
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