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彼氏 2
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「えー、おめでとう。彼氏できたのにもうダイエットしなくていいの? 体型維持とか考えないの?」
別の同僚が野次馬で翠に質問を投げかけると、翠は照れながらも幸成の言った言葉を口にする。
「えっとですね、今の私は見た目が鶏がらみたいで気持ち悪いから、昔の体型でも全然いいって言ってくれまして……」
翠の言葉に、再び周囲がどよめきだす。
「えー、なにそれ、彼氏って伊藤ちゃんの古い知り合い? もしかしてこの前友達の結婚式に参列するって言ってた時に彼氏できたの?」
「わあ、すごい、それって運命の再会ってやつ? いいなあ、ロマンチックで」
「もしかしてその彼、学生時代から伊藤ちゃんのこと好きだったんじゃないの?」
「キャー、そうだったら素敵だね」
翠が口を挟むのも憚られるくらいに勝手に同僚たちだけで話が盛り上がっているので、黙ってお弁当を食べようと箸をつけたその時だった。
「伊藤さん、食事が終わったら資料纏めるの手伝ってくれる?」
背後から浜田に声を掛けられた。翠が振り向くと、浜田はすでに食事が終わったようで食器をトレイに乗せて席を立ったところだった。同僚たちは浜田の声に、ようやく冷静さを取り戻した。翠も慌てて浜田に返事をする。
「あ、はい。わかりました」
「頼むな。じゃあ、俺先に戻ってるから」
浜田の後ろ姿を一瞥すると、翠は改めてお弁当に箸をつけた。
「なんか浜田さん、怒ってるっぽくなかった?」
「やっぱそう思った? なんか目が笑ってなかったよね」
「もしかして、私たちうるさすぎたかな」
「伊藤ちゃん、ごめん、後で浜田さんに謝っといてくれるかな?」
みんなの視線が翠に集まり、嫌だとは言わせない空気が漂っている。翠が騒いだわけじゃないけれど、原因を作った責任は感じている。だから素直に頷くと、一同は安心した表情を浮かべ、その後はいつも通りのランチタイムとなった。でもやはり、今日の話題の中心は、翠の彼氏についてだったのは言うまでもない。
ランチを終えて翠は弁当箱を洗い、歯磨きと化粧直しを済ませると、荷物をロッカーの中へと仕舞った。まだ休憩時間は五分ほど残っている。バッグの中からスマホを取り出すと、幸成からメッセージが届いていた。
『今日は店も定休日だから、職場に迎えに行く。仕事が終わったら連絡して』
昨日の今日で迎えに来てくれるなんて思ってもいなかった。お付き合いをしてると、これが普通なのか、そうじゃなくて甘やかされているのか、それすらも翠には分からない。けれど、ぶっきらぼうな文面でも、幸成が翠のことを大切にしてくれているということだけは伝わる。翠は既読をつけると、了解とメッセージを送った。スタンプを押そうか悩んだけれど、午後からの仕事が待っている。時間に余裕がないため、そっけない返信となったけれど、きちんと意思表示をしたので、それでよしとばかりにスマホの画面を落とすと再びバッグの中にしまい込んだ。
ロッカーに鍵をかけて席に戻ると、机の上には、先ほど浜田が言っていた資料が積まれていた。
「これ、集計してグラフ化してくれる? 折れ線と棒グラフ、両方あると見やすいな。色分けとかは伊藤さんのセンスに任せる」
浜田の言葉に、あの日、翠の容姿について陰で言われていたことをふと思い出した。仕事中はさん付けで呼ぶけれど、仕事が終われば同僚たちが呼ぶように、翠のことを伊藤ちゃんと呼ぶ。入社したころはオンオフの切り替えができて、且つ親しみを持ってくれていると思っていたけれど、今となってはそう呼ばれること自体が気持ち悪い。
「はい、わかりました」
翠は机の上の資料に目を通しながら、ソフトを立ち上げて数値の入力を始めた。小一時間ほど格闘し、なんとか頼まれたグラフ化まで処理が済むとそれを浜田あてにメールで送り、画面を閉じる。
別の同僚が野次馬で翠に質問を投げかけると、翠は照れながらも幸成の言った言葉を口にする。
「えっとですね、今の私は見た目が鶏がらみたいで気持ち悪いから、昔の体型でも全然いいって言ってくれまして……」
翠の言葉に、再び周囲がどよめきだす。
「えー、なにそれ、彼氏って伊藤ちゃんの古い知り合い? もしかしてこの前友達の結婚式に参列するって言ってた時に彼氏できたの?」
「わあ、すごい、それって運命の再会ってやつ? いいなあ、ロマンチックで」
「もしかしてその彼、学生時代から伊藤ちゃんのこと好きだったんじゃないの?」
「キャー、そうだったら素敵だね」
翠が口を挟むのも憚られるくらいに勝手に同僚たちだけで話が盛り上がっているので、黙ってお弁当を食べようと箸をつけたその時だった。
「伊藤さん、食事が終わったら資料纏めるの手伝ってくれる?」
背後から浜田に声を掛けられた。翠が振り向くと、浜田はすでに食事が終わったようで食器をトレイに乗せて席を立ったところだった。同僚たちは浜田の声に、ようやく冷静さを取り戻した。翠も慌てて浜田に返事をする。
「あ、はい。わかりました」
「頼むな。じゃあ、俺先に戻ってるから」
浜田の後ろ姿を一瞥すると、翠は改めてお弁当に箸をつけた。
「なんか浜田さん、怒ってるっぽくなかった?」
「やっぱそう思った? なんか目が笑ってなかったよね」
「もしかして、私たちうるさすぎたかな」
「伊藤ちゃん、ごめん、後で浜田さんに謝っといてくれるかな?」
みんなの視線が翠に集まり、嫌だとは言わせない空気が漂っている。翠が騒いだわけじゃないけれど、原因を作った責任は感じている。だから素直に頷くと、一同は安心した表情を浮かべ、その後はいつも通りのランチタイムとなった。でもやはり、今日の話題の中心は、翠の彼氏についてだったのは言うまでもない。
ランチを終えて翠は弁当箱を洗い、歯磨きと化粧直しを済ませると、荷物をロッカーの中へと仕舞った。まだ休憩時間は五分ほど残っている。バッグの中からスマホを取り出すと、幸成からメッセージが届いていた。
『今日は店も定休日だから、職場に迎えに行く。仕事が終わったら連絡して』
昨日の今日で迎えに来てくれるなんて思ってもいなかった。お付き合いをしてると、これが普通なのか、そうじゃなくて甘やかされているのか、それすらも翠には分からない。けれど、ぶっきらぼうな文面でも、幸成が翠のことを大切にしてくれているということだけは伝わる。翠は既読をつけると、了解とメッセージを送った。スタンプを押そうか悩んだけれど、午後からの仕事が待っている。時間に余裕がないため、そっけない返信となったけれど、きちんと意思表示をしたので、それでよしとばかりにスマホの画面を落とすと再びバッグの中にしまい込んだ。
ロッカーに鍵をかけて席に戻ると、机の上には、先ほど浜田が言っていた資料が積まれていた。
「これ、集計してグラフ化してくれる? 折れ線と棒グラフ、両方あると見やすいな。色分けとかは伊藤さんのセンスに任せる」
浜田の言葉に、あの日、翠の容姿について陰で言われていたことをふと思い出した。仕事中はさん付けで呼ぶけれど、仕事が終われば同僚たちが呼ぶように、翠のことを伊藤ちゃんと呼ぶ。入社したころはオンオフの切り替えができて、且つ親しみを持ってくれていると思っていたけれど、今となってはそう呼ばれること自体が気持ち悪い。
「はい、わかりました」
翠は机の上の資料に目を通しながら、ソフトを立ち上げて数値の入力を始めた。小一時間ほど格闘し、なんとか頼まれたグラフ化まで処理が済むとそれを浜田あてにメールで送り、画面を閉じる。
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