9 / 20
彼氏 1
しおりを挟む
幸成と成り行きで付き合うことになった翠は、戸惑いを隠せずモヤモヤしたまま自宅に帰宅した。高校を卒業してから十年間、全く音沙汰もなく、同窓会にも幸成は顔を出したことがない。そのため、こちらに帰ってお店を開業するまで誰一人として現在の連絡先を知らなかった。
結婚式場での再会も、新郎である幸成の先輩がダメ元で実家に招待状を発送したものだ。独立開業のために、こちらに帰省していなかったら、きっと会うこともなかっただろう。
(高橋くんは、なんでこんなに協力してくれるんだろう。高校時代からスイーツ食べさせてくれるし、今だって毎日スイーツ食べさせてくれるし、仮とはいえ彼氏役を買って出てくれるし……)
幸成が自ら、自分と付き合っていることにしろと言ったけれど、本当にいいのか……迷惑なんじゃないのか、今更ながら考えてしまう。
食事を済ませると風呂に入り、部屋に戻るとベッドに横たわりながら、つい最近起こった幸成とのことを考えていた。
幸成に甘やかされて翠にメリットはあっても、幸成にはなに一つメリットはない。それなのに、翠に救いの手を差し伸べてくれるのはなぜ……
十年振りの再会で、ときめかなかったと言えば嘘になる。心身共に大人の男性を感じさせる幸成は、幸成パティシエの肩書きがなくとも充分魅力的だった。
あの頃とは違って身体も逞しく、でもぶっきらぼうでもさりげない優しさは相変わらずで……
翠がいくら考えたところで答えなんて思い浮かばない。
(ヤバい、私、高橋くんのことが好きかも。今までそんなこと気にしたことなかったのに、もしかしたら高校の頃から……)
学生時代、幸成と一緒にいるだけでとても安らげた。居心地のよさと、当時のクラスの雰囲気で、恋愛感情というものを無意識に封印していたのだろう。恋愛を意識したら、もし幸成に拒絶されたら、あんな風に一緒にはいられないから……
そう考えると、当時のみんなの考えにようやく納得がいった。
自分の恋心を自覚した途端、翠はどうしたらいいのか分からなくなり、枕に顔を埋めてひたすら訳の分からない言葉を口にしていた。
幸いにも明日は幸成のお店は定休日だ。会う約束はしていないけれど、幸成のことだから、もしかしたら定休日でもお店に来てと連絡があるだろうか。翠はドキドキしながらもいつの間にか眠りに就いていた。
翌日、翠はいつも通り会社に出勤した。昨日までと違うことといえば、幸成の彼女になったことと、ダイエットを終了したことだ。ダイエット中のお昼ごはんは、サラダとチキンを和えたものを和風ドレッシングをかけて食べるだけだったけれど、今日からは、ごはんにおかず、ぎっしりとお弁当箱に詰め込んだ。
「あれ? 伊藤ちゃん、ダイエット止めたの?」
翠のお弁当を目敏くチェックする同僚の言葉に、翠は顔を上げた。同僚に返事をする前に、近くに浜田がいるかどうかを確認する。浜田こそ、翠がダイエットをするきっかけとなった張本人だ。
昨日の今日でこんなことを言ってはなんだけど、なんであんな人のことを尊敬していたのか分からない。幸成への恋心を自覚した今、浜田は仕事上の先輩として割り切れるようになった。もう、憧れの気持ちなんてこれっぽっちもない。
ちょうど翠の斜め後ろの席に座る浜田を意識して、少しはにかみながら、聞こえるように返事をする。
「はい、もう必要なくなりましたから」
思いもよらない翠の反応に、声を掛けた同僚だけではなく周囲にいた人たちがざわつき始めた。もちろんその中に浜田がいることも確認すると、翠は深呼吸を一つして、再び口を開いた。
「……彼氏ができました!」
一瞬の沈黙の後、みんなが一斉にえーっ、と奇声をあげた。そんなに驚かなきゃならないことなのかと怪訝な表情を浮かべる翠に、周囲の人が矢継ぎ早に質問する。
結婚式場での再会も、新郎である幸成の先輩がダメ元で実家に招待状を発送したものだ。独立開業のために、こちらに帰省していなかったら、きっと会うこともなかっただろう。
(高橋くんは、なんでこんなに協力してくれるんだろう。高校時代からスイーツ食べさせてくれるし、今だって毎日スイーツ食べさせてくれるし、仮とはいえ彼氏役を買って出てくれるし……)
幸成が自ら、自分と付き合っていることにしろと言ったけれど、本当にいいのか……迷惑なんじゃないのか、今更ながら考えてしまう。
食事を済ませると風呂に入り、部屋に戻るとベッドに横たわりながら、つい最近起こった幸成とのことを考えていた。
幸成に甘やかされて翠にメリットはあっても、幸成にはなに一つメリットはない。それなのに、翠に救いの手を差し伸べてくれるのはなぜ……
十年振りの再会で、ときめかなかったと言えば嘘になる。心身共に大人の男性を感じさせる幸成は、幸成パティシエの肩書きがなくとも充分魅力的だった。
あの頃とは違って身体も逞しく、でもぶっきらぼうでもさりげない優しさは相変わらずで……
翠がいくら考えたところで答えなんて思い浮かばない。
(ヤバい、私、高橋くんのことが好きかも。今までそんなこと気にしたことなかったのに、もしかしたら高校の頃から……)
学生時代、幸成と一緒にいるだけでとても安らげた。居心地のよさと、当時のクラスの雰囲気で、恋愛感情というものを無意識に封印していたのだろう。恋愛を意識したら、もし幸成に拒絶されたら、あんな風に一緒にはいられないから……
そう考えると、当時のみんなの考えにようやく納得がいった。
自分の恋心を自覚した途端、翠はどうしたらいいのか分からなくなり、枕に顔を埋めてひたすら訳の分からない言葉を口にしていた。
幸いにも明日は幸成のお店は定休日だ。会う約束はしていないけれど、幸成のことだから、もしかしたら定休日でもお店に来てと連絡があるだろうか。翠はドキドキしながらもいつの間にか眠りに就いていた。
翌日、翠はいつも通り会社に出勤した。昨日までと違うことといえば、幸成の彼女になったことと、ダイエットを終了したことだ。ダイエット中のお昼ごはんは、サラダとチキンを和えたものを和風ドレッシングをかけて食べるだけだったけれど、今日からは、ごはんにおかず、ぎっしりとお弁当箱に詰め込んだ。
「あれ? 伊藤ちゃん、ダイエット止めたの?」
翠のお弁当を目敏くチェックする同僚の言葉に、翠は顔を上げた。同僚に返事をする前に、近くに浜田がいるかどうかを確認する。浜田こそ、翠がダイエットをするきっかけとなった張本人だ。
昨日の今日でこんなことを言ってはなんだけど、なんであんな人のことを尊敬していたのか分からない。幸成への恋心を自覚した今、浜田は仕事上の先輩として割り切れるようになった。もう、憧れの気持ちなんてこれっぽっちもない。
ちょうど翠の斜め後ろの席に座る浜田を意識して、少しはにかみながら、聞こえるように返事をする。
「はい、もう必要なくなりましたから」
思いもよらない翠の反応に、声を掛けた同僚だけではなく周囲にいた人たちがざわつき始めた。もちろんその中に浜田がいることも確認すると、翠は深呼吸を一つして、再び口を開いた。
「……彼氏ができました!」
一瞬の沈黙の後、みんなが一斉にえーっ、と奇声をあげた。そんなに驚かなきゃならないことなのかと怪訝な表情を浮かべる翠に、周囲の人が矢継ぎ早に質問する。
2
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる