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彼氏 1

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 幸成と成り行きで付き合うことになった翠は、戸惑いを隠せずモヤモヤしたまま自宅に帰宅した。高校を卒業してから十年間、全く音沙汰もなく、同窓会にも幸成は顔を出したことがない。そのため、こちらに帰ってお店を開業するまで誰一人として現在の連絡先を知らなかった。

 結婚式場での再会も、新郎である幸成の先輩がダメ元で実家に招待状を発送したものだ。独立開業のために、こちらに帰省していなかったら、きっと会うこともなかっただろう。

(高橋くんは、なんでこんなに協力してくれるんだろう。高校時代からスイーツ食べさせてくれるし、今だって毎日スイーツ食べさせてくれるし、仮とはいえ彼氏役を買って出てくれるし……)

 幸成が自ら、自分と付き合っていることにしろと言ったけれど、本当にいいのか……迷惑なんじゃないのか、今更ながら考えてしまう。

 食事を済ませると風呂に入り、部屋に戻るとベッドに横たわりながら、つい最近起こった幸成とのことを考えていた。
 幸成に甘やかされて翠にメリットはあっても、幸成にはなに一つメリットはない。それなのに、翠に救いの手を差し伸べてくれるのはなぜ……

 十年振りの再会で、ときめかなかったと言えば嘘になる。心身共に大人の男性を感じさせる幸成は、幸成パティシエの肩書きがなくとも充分魅力的だった。
 あの頃とは違って身体も逞しく、でもぶっきらぼうでもさりげない優しさは相変わらずで……
 翠がいくら考えたところで答えなんて思い浮かばない。

(ヤバい、私、高橋くんのことが好きかも。今までそんなこと気にしたことなかったのに、もしかしたら高校の頃から……)

 学生時代、幸成と一緒にいるだけでとても安らげた。居心地のよさと、当時のクラスの雰囲気で、恋愛感情というものを無意識に封印していたのだろう。恋愛を意識したら、もし幸成に拒絶されたら、あんな風に一緒にはいられないから……
 そう考えると、当時のみんなの考えにようやく納得がいった。
 自分の恋心を自覚した途端、翠はどうしたらいいのか分からなくなり、枕に顔を埋めてひたすら訳の分からない言葉を口にしていた。

 幸いにも明日は幸成のお店は定休日だ。会う約束はしていないけれど、幸成のことだから、もしかしたら定休日でもお店に来てと連絡があるだろうか。翠はドキドキしながらもいつの間にか眠りに就いていた。

 翌日、翠はいつも通り会社に出勤した。昨日までと違うことといえば、幸成の彼女になったことと、ダイエットを終了したことだ。ダイエット中のお昼ごはんは、サラダとチキンを和えたものを和風ドレッシングをかけて食べるだけだったけれど、今日からは、ごはんにおかず、ぎっしりとお弁当箱に詰め込んだ。

「あれ? 伊藤ちゃん、ダイエット止めたの?」

 翠のお弁当を目敏くチェックする同僚の言葉に、翠は顔を上げた。同僚に返事をする前に、近くに浜田はまだがいるかどうかを確認する。浜田こそ、翠がダイエットをするきっかけとなった張本人だ。
 昨日の今日でこんなことを言ってはなんだけど、なんであんな人のことを尊敬していたのか分からない。幸成への恋心を自覚した今、浜田は仕事上の先輩として割り切れるようになった。もう、憧れの気持ちなんてこれっぽっちもない。
 ちょうど翠の斜め後ろの席に座る浜田を意識して、少しはにかみながら、聞こえるように返事をする。

「はい、もう必要なくなりましたから」

 思いもよらない翠の反応に、声を掛けた同僚だけではなく周囲にいた人たちがざわつき始めた。もちろんその中に浜田がいることも確認すると、翠は深呼吸を一つして、再び口を開いた。

「……彼氏ができました!」

 一瞬の沈黙の後、みんなが一斉にえーっ、と奇声をあげた。そんなに驚かなきゃならないことなのかと怪訝な表情を浮かべる翠に、周囲の人が矢継ぎ早に質問する。

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