翠も甘いも噛み分けて

小田恒子

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スイはスイーツのスイだから 2

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 それから月日は流れ、ある日の放課後のことだった。
 数学で赤点を取った翠と幸成は、揃って補習を受ける羽目になり、六時限が終わった後に数学準備室に呼び出された。そこで一時間みっちりと補習を受け、二人とも抜け殻状態で教室へと戻ると、幸成が翠を手招きする。
 翠は死んだ魚の目のようなうつろな表情で幸成を見つめるも、その視線の先にあるお菓子で途端に元気が出た。現金な奴だと思われてもいい。日頃使わない脳を酷使して、疲れ果てている状態の時は、甘い物が身に沁みる。
 おまけに幸成はサブバッグの中から紙パックのジュースまで取り出すと、一つを翠に手渡した。

「これ食ってから帰ろうぜ」

 この時持ってきていたお菓子は、マドレーヌだった。いつもこうして手作りのお菓子を用意してくれてありがたい。

 幸成のお弁当は、男子高校生らしく特大サイズだ。それをいつもペロッと平らげている上に、こんなにも甘くて美味しいスイーツを食べても全然太らない。
 同じ量を翠が食べたら着実に身になるのに、女子とは時差で訪れる成長期のおかげで、どんなに食べてもスリムなままなのは羨ましいの一言に尽きる。
 帰宅の準備が整い、マドレーヌを食べる前に手を洗ってくると言って翠は席を立つと、幸成も一緒に席を立った。

「スイ、ハンカチ貸して」
「いいよ、ちょっと待ってね」

 翠が先に手を洗い、タオルハンカチで手を拭くと、それをそのまま幸成に手渡した。幸成もそれを受け取ると、さっと手を拭き翠にそれを返した。

「ねえ、今更なんだけど、なんで高橋くんは私のことスイって呼ぶの?」

 翠はずっと疑問に思っていたことを口にした。確かに翠という漢字は、『スイ』とも呼べるけど戸籍上は『ミドリ』だ。
 他の友達もミドリと呼ぶだけに、不思議でならなかった。なので、もし勘違いで覚えているなら、この機会にきちんと正したい。そう思っていたのに、幸成からの答えが意外だった。

「んー、最初は俺、スイの名前を本気で『スイ』って読むんだと思ってたんだよな。でも周りの奴の呼び方を聞いていたら違ってたって分かったけど……でも俺の中ではもうスイで定着しちゃってるし、スイはスイーツのスイだから、呼び方を改めるつもりはない」

 ここまできっぱりと言い切られたら、翠もああそうですかと言うしかない。幸成以外にスイと呼ぶ人がいないだけに、ちょっと特別な呼ばれ方で自意識過剰になっていたところもあったけど、当の本人はそういうつもりでスイと呼んでいたのではないと分かれば、意識する方がおかしいだろう。

「そうなんだ。私のことスイって呼ぶの、高橋くんだけだから、なんでかなって思ってただけなの。気にしないでね」

 自分の席に座り、マドレーヌにかぶりつこうとしたその時だった。幸成からの質問に、思わずむせてしまった。

「スイはもし彼氏ができたら、何て呼ばれたいんだ?」

 咳き込みがようやく落ち着くと、翠は幸成から貰ったジュースを飲み、深呼吸をしてから答えた。

「そうだね……やっぱり名前で呼ばれたいかな」

 特に思いつかなかったけれど、咄嗟に口に出たのは名前呼びだった。別に幸成なら名前でも今まで通りにスイでもかまわないけどな、と思ったけれど、それは即座に否定した。今のままでいい。この心地よい関係が続くなら……

「そっか、なら彼氏ができたら、そいつには名前で呼んで貰えよ。……さ、とっととこれ食って帰ろうぜ。明日はなにが食いたい? リクエストあったら聞くけど」
「やった! じゃあね、そうしたらチョコチップクッキーがいいな」

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