翠も甘いも噛み分けて

小田恒子

文字の大きさ
上 下
3 / 20

約束のスイーツ三昧 1

しおりを挟む
 披露宴も滞りなく終了し、二次会に流れていく友人たちを尻目に、私は荷物を手に会場を後にした。高橋くんは二次会に行く人たちの中に紛れている。
 自宅に戻り部屋着に着替えると、バッグの中からスマホを取り出した。待受画面にメッセージ受信通知が表示されている。一件だけではない。複数件の通知だ。私はベッドに腰を下ろすと、スマホのロックを解除してSNSを開いた。
 メッセージは、今日の披露宴に参列していた友人と高橋くんからのものだった。
 友人からのメッセージを開くと、今日の挙式披露宴の画像とともに、挙式後私と高橋くんが話をしている時の画像が送られていた。
 新郎新婦は高校時代の先輩後輩で、新婦は話の友達だった。新郎は高橋くんの幼馴染という関係性で披露宴に招待されたのだという。友人に画像のお礼を伝えると、高橋くんからのメッセージを開いた。
『明日、仕事終わったら連絡よろしく』
 絵文字も顔文字もスタンプもない、シンプルな内容に思わず拍子抜けしたけれど、私は思わず高橋くんらしいと思い、了解のスタンプを押す。スマホの画面を閉じるとスマホを枕元に置き、ベッドに横たわった。

 翌日、仕事が終わった私は、高橋くんと交わした約束通りメッセージを送った。すぐに既読マークがつき、その数秒後にOKのスタンプが表示される。私はそれを確認すると、高橋くんのお店へと向かった。
 VERDEは私の職場の最寄駅近くにあり、到着までそんなに時間はかからない。
 お店近くに月極駐車場もあり、遠方からやってくるお客さんも少なくはない。お店はまだ営業時間中だから、少し時間をずらして行った方がいいかと連絡すると、気にしなくていいからすぐに来てと返信があった。私は戸惑いつつも、その言葉通りにお店へと向かった。

 高橋くんのお店の外壁は、落ち着いた緑色で、まるで宝石の翡翠を思い浮かばせる。周辺のビルに囲まれて、まるで都会の中のオアシスのようだ。高橋くんも、開業時に取材を受けた地元の経済誌のインタビューで、このようなことを答えていたと、以前友人から送られてきたSNSのメッセージにその時の記事が添付されていた。
 VERDEのドアを開くと、正面に置かれた大きなショーケースが嫌でも目に入る。店内の壁紙は、外壁とは違ってアイボリーで、どんな陳列にも調和する。壁面のニッチには、女子受けのいい、かわいらしいプリザーブドフラワーやハーバリウムが飾られてある。
 壁に掛けられている絵画は、二羽の鳥が描かれている。どうやら番だろうか、店舗の外装のような羽根の色が人目を惹いた。
 店内は、焼き菓子特有の甘い匂いに包まれている。学生時代、時々高橋くんから漂う香りと同じで懐かしい思い出が脳裏をよぎった。
 ショーケースの後ろ側に立つ元気のいい売り子さんが、笑顔を振りまいている。年齢は多分、私たちより上だろうか、左手の薬指に指輪が見える。恐らく販売のほうで雇っているパート従業員だろう。奥の作業場では、真剣な表情を浮かべた高橋くんが、ケーキの飾りつけをしている最中だった。
 昨日のスーツ姿とはまた違い、今日は仕事着であるコックコートと呼ばれる料理人が着用する白い服を着用している。こうしてみると、改めて高橋くんがパティシエなんだと実感させられる。
「いらっしゃいませ、今日はお持ち帰りでしょうか?」
「いえ、あの……」
 店員さんとのやり取りに高橋くんが気づいたようだ。飾りつけの手を止めると、カウンターへと出てきた。
「おう、思ったよりも早かったな。もうすぐ閉店だから、ちょっと待ってて。……あ、彼女は俺が呼んだんだ、客じゃないから」
 高橋くんは私と店員さんに声を掛けると、店員さんも事前に話を聞かされていたのか納得したようだ。こちらでお待ちくださいとイートインスペースに通された。
 もうすぐ店の閉店時間だ。ショーケースの中のケーキはすでに完売状態で綺麗になくなっている。焼き菓子も店の陳列棚には売り切れのプレートが掲げられて、ほぼ在庫もない状態だ。さすが人気パティシエのお店だけある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

同居人以上恋人未満〜そんな2人にコウノトリがやってきた!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
小学生の頃からの腐れ縁のあいつと共同生活をしてるわたし。恋人当然の付き合いをしていたからコウノトリが間違えて来ちゃった!

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

溺愛社長の欲求からは逃れられない

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛社長の欲求からは逃れられない

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...