冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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 我が家のパソコンは型が古いせいもあり、画面が立ち上がるまでにかなりの時間を要する。今でこそWi-Fiの電波が飛んでおり画素数の大きなデータ処理もサクサクと進むものの、この当時にそんなものはなかったので、逸る気持ちを抑えながら画面が切り替わるのを待った。

 まずはフリーメールのサイトにログインし、メールをチェックする。
 やはり梓紗からのメールはない。
 このまま退院出来なかったら、梓紗からのメールは届かない。そう考えたら背筋が凍る。

 僕は次に検索エンジンで白血病についての検索を行った。

 本当は知りたくない。梓紗が置かされている病気の事なんて、事実を突き付けられたくない。
 でも、本当はきちんと向き合わなければならないのかも知れない。
 そう思うと、僕の両手はキーボードの上で知りたい単語を叩いていた。

 パソコンの画面に映し出される文字に、僕は絶望した。
 今の医療技術では、やはり梓紗を救う事は叶わないのだと思い知らされた。
 もし僕に魔法が使えるのなら、梓紗の病気を取り払いたい。
 僕の身に降りかかればいいと思ったけれど、もしそうなったとしたら、梓紗が僕の立場になるのだ。『残される者』の立場に立たせてしまうのだ。結局二人の未来に続きはない。

 医学を学んで、梓紗の病気が直せるのならとも思ったけれど、圧倒的に時間が間に合わない。仮に医学の道に進学を決めたとしても、その頃に梓紗はもうこの世にはいないのだ。虚しくなるだけだ。
 僕は茫然としながら、パソコンの画面を眺めていた。

 気が付けば、空がうっすらと明るくなっていた。外から鳥のさえずりが聞こえる。
 時間は朝の六時を少し回った所だ。
 結局一睡も出来ないまま夜が明けた。
 僕は、フリーメールの画面を開くと、梓紗に向けてメールを打ち始めた。
 今の自分の気持ちを正直に、梓紗への想いを綴った。
 流石にこれは恥ずかしくて梓紗以外の人には見せられない。
 でも、書かずにはいられなかった。今伝えなければ、今後梓紗に伝える事は出来ないかも知れない。

 メールを送信し終えると僕はパソコンの電源を落とし、顔を洗う為に部屋を後にした。
 洗面所で顔を洗うのに、そろそろお湯を使わないと水が冷たく感じるけれど、眠気を覚ますにはこの位の冷水がちょうどいい。僕は冷たい水で顔を洗った。
 うっすらと顎鬚あごひげも生え始めたので、カミソリを使って髭を剃った。そのままでいると肌がヒリヒリするので、母親にお願いして先日買って来てもらった化粧水と乳液を肌につけた。

 一昨日も昨日もろくに寝ていないのだから頭がぼんやりとしている。多分今お腹いっぱいにご飯を食べたら爆睡してしまうだろう。学校を欠席する事はしたくない。以前だったら多分爆食いして即眠ってしまっていただろうけど、今は梓紗が通いたくても通えなかった学校を僕が代わりに通うんだと言う気持ちだ。
 眠気を誘わない様に、朝食は控えめに摂り、学校へと向かった。

 多分今日は授業を受けてもそのまま居眠りをしてしまうかも知れない。
 僕は朝一で保健室へと向かった。
 僕の顔を見た久保田先生は、心得たと言わんばかりにベッドへと通してくれた。

「梓紗の事が心配で眠れなかったのよね? 先生方には体調不良だと伝えておくから、午前中だけでもここで休んで行きなさい」

 梓紗の叔母だけあり、事情は分かってくれている。僕は久保田先生の言葉に甘えて午前中の間、保健室で仮眠を取った。
 そしてその一時間後に隣のベッドに加藤さんが眠っていた事は、お昼に起きた時に知る事となる。

 お昼の時間になり、教室に鞄を持って行っていなかった僕は、このまま保健室で弁当を食べさせて貰う事にした。
 加藤さんも僕の真似をして、一度教室に戻ると再び手には弁当を持って保健室へと戻って来た。
 久保田先生も、どうやらここで昼食を摂る様だ、机の横に置いてあった鞄の中から弁当を取り出すと、机の上にそれを広げた。僕達は終始無言で弁当を食べた。
 会話がなくとも、梓紗を心配する気持ちは一緒だ。弁当を食べた後も、僕達は誰も口を開かなかった。

 午後からの授業は流石に出席しないとまずいので、僕と加藤さんは教室に戻った。
 来週からは中間考査が始まるし、授業もきちんと受けなければならない。
 授業が終わると、僕は調子が悪いと言う事になっているので早く帰ろうと支度をしていても誰も呼び止められる事はなかった。

 学校から家に帰宅すると、僕は昨日と同様に鞄を置くとホスピスへと向かった。
 緩和病棟へと直接向かい、梓紗がいる無菌室に到着した。無菌室の前のベンチには梓紗のお母さんが座っていた。
 どうやらまだ面会謝絶は解かれてない様だ。

「このままではおばさんが寝込んでしまうかも知れないですよ。
 明日は僕が朝からここで梓紗の事を見守ってますから、一度家でゆっくり眠ってください」

 梓紗のお母さんの顔色は酷い物だった。今日の僕みたいに少しでも眠る事が出来れば付き添いもまだ少しは楽だろう。面会時間が終われば帰宅せざるを得ない状態の筈だけど、きっと家の事もやらないといけないし、心配で眠れていないのは僕にも分かる。

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