冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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「今日は白石くん、瀬戸さんの分も実行委員のお手伝いお疲れ様。
 白石くんも瀬戸さんみたいに無理しないようにね」

 先生の思いやりに、僕は言葉に言い表せない位感謝している。このまま梓紗が帰ってしまったら、きっとまたしばらく会えないだろう。ここで梓紗が休んでいれば、少しでも一緒にいられる時間がある。
 僕が頷いて返事すると、久保田先生がポツリと呟いた。

「青春、だなぁ……」

 この当時はアオハルなんて表現はなかった時代だ。今だったら『アオハルかよ』と言われそうだ。
 梓紗が横になったベッドの傍で、僕と加藤さんと久保田先生が顔を突き合わせている。

「さ、私達がここにいると瀬戸さんも休めないから、カーテン閉めるわよ。
 瀬戸さん、少しでも眠れるなら寝てなさいね。
 加藤さんと白石くんは向こうに移動しましょう」

 久保田先生の言葉に従って、僕達は先程まで座っていた保健室のソファーに移動すると、久保田先生が冷蔵庫の中から冷えた麦茶を僕達に淹れてくれた。ありがたい事に氷入りのオプション付きだ、炎天下の中、実行委員としてグラウンドを駆けずり回っていた身には非常にありがたい。

「ここで世間話をしてるだけでも瀬戸さんの気持ちは落ち着くんじゃないかな?
 ずっと学校に来れなくて一人で家にいたんだろうし、加藤さんや白石くんの声を聞いてたら安心して眠れるかも知れないよ?」

 先生の言葉に僕達は、たわいもない世間話をしながら弁当を広げた。
 加藤さんは午後からの競技に出場するから、その間は僕がここで梓紗の付き添いをする事で話が纏まり、先生も午後からの競技で出場する種目があり、緊張から食が進まないと言いながらも机の引き出しから内緒と言いながらおやつを差し出されてそれを三人で摘まんだ。

「これ、もし瀬戸さんが起きた時に食べれそうだったら食べさせてあげてね」

 そう言って差し出されたのは、個別包装されているビスケットと飴玉だった。
 ご飯が無理でも、甘い物なら口にする事が出来るかも知れない。先生も口には出さないけれど、入学当時から梓紗の病的な細さを気にしていたらしい。
 
「さ、先生はそろそろグラウンドに戻るから、保健室の留守番お願いね。
 白石くんも召集係でグラウンドに行かなきゃいけないんじゃないの?」

 久保田先生の言葉で保健室の壁に掛けられた時計を見ると、いつの間にか午後の部開始十五分前になっていた。
 先生は梓紗の様子を見る為にベッドへと向かうのを僕と加藤さんが見守っている。少しして、先生がそっとこちらへと戻って来た。

「良かった、瀬戸さん眠ってる。二人の話し声に安心したみたいね」

 先生の言葉に僕も加藤さんも安堵した。同じ室内で話をしていて騒がしくて眠れないのではないかと半信半疑だったけれど、先生の言う様にそれが子守唄替わりになっていたと思うと、ようやく僕も心のつっかえが取れた。
 僕と久保田先生は加藤さんに梓紗の事を任せて保健室を後にした。

 午後からも天気は良く気温も上昇しているせいもあり、救護テントは人の出入りが激しくて久保田先生も大忙しだ。久保田先生の助手でテントに控えている保健委員の子もてんてこ舞いだった。
 僕も入場門で午後からの段取りの説明を受け、プログラムを見ながら書き込みをしていると、実行委員長である生徒会長に呼び止められた。

「白石くんは、同じクラスの瀬戸さんが今日の体育祭に参加出来なくて瀬戸さんの分も午前中かなり頑張ってくれていたから、白石くんの担当の分、みんなで分担して役割果たしましょう。
 白石くんは、瀬戸さんの所に行ってあげてね」

 突然のサプライズに、僕は言葉が出なかった。
 一体何が起こったのかすら理解が出来なかった。

「体育祭の準備も、瀬戸さんの分までほぼ全部白石くんが担当してくれたから、少し身体を休めなさい。
 この炎天下じゃ、白石くんの方が倒れてもおかしくないよ。今、自分がどれだけ顔色悪いか気付いてる?」

 会長にそう言われて、初めて自分がどれだけ気が張っていたか気が付いた。
 確かに梓紗が休みの間、梓紗の分まで僕は誰にも頼らずに二人分の仕事をこなしていた。今日だって、梓紗が担当すべき仕事も僕が全部こなしていた。
 授業のノートだって、梓紗の分を記録して、分かりやすいように解説を書き込んで、家に帰ってからも翌日の予習をしながら梓紗へのノート用に色々と調べ物をしたりして睡眠時間を削っていた。
 きっと今日の体育祭が終わったら疲れ果てて泥の様に眠ってしまうに違いない。幸いにも明日は休日だから、明日爆睡すれば体力は即回復するだろう。

「まあ、そんな訳だからみんなも協力してね。じゃあ、午後からも頑張りましょう!」

 会長の言葉に、みんなが僕の持ち回りの役割を割り振ってくれている。
 僕は会長を始めみんなにお礼を告げると、みんなは嫌がる事なく笑顔でそれを受け入れてくれた事に感謝しかない。先程の保健室での久保田先生と言い、実行委員のみんなと言い、どうしてこんなにも僕達に優しくしてくれるのだろう。


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