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微熱が続いている梓紗の体力はいつもより落ちているだろう。それに十月上旬とは言え日中の陽射しは強く、まだまだ真夏日の気温を記録している。梓紗と加藤さんはしばらくして場所を保健室に移した。
梓紗は自分が出る筈だった競技を見たいと加藤さんに訴えるものの、加藤さんは頑として受け入れなかった様だ。
もし仮に僕が加藤さんの立ち位置だったとしたらどうだろう。少しくらい甘い顔をして、競技を見学させただろうか。それとも……。
加藤さんはきっと、ここで梓紗の我儘を聞き入れてしまうと、中学時代の様に梓紗が学校に出てこなくなるのではないかと本気で心配している。僕も加藤さんのその直感を信じるしかない。だから僕は自分の役割を外れた空き時間に保健室に顔を出しては梓紗の様子を窺っていた。
微熱が続いているだけに顔色もほんのりと赤く、瞳は潤んでいる。時々ぼんやりとしているものの、以前に比べてやはり覇気がない。以前に比べて体力も落ちている事に関しては、きっと本人も自覚しているだろう。
「もうすぐ午前中の競技も終わるから、お昼ご飯どうする? 保健室はエアコンも効いてるし、ここで一緒に食べる?」
現在午前中最後の競技であるブロック対抗リレー、女子の部が行われている。保健室の窓越しでも、グラウンドに設置しているスピーカーの音がよく聞こえる。生徒会役員が白熱した実況アナウンスをしている。スピーカーの音が反響して音割れもしている為に聞こえは悪いけれど、ここにいると体育祭の雰囲気だけは味わえるのではないだろうか……。
加藤さんが梓紗に声をかけるものの、梓紗はぼんやりとしている。
もしかして熱がぶり返しているのかも知れない。
「うん……。本当は外で食べたいけど、動くのもちょっとしんどいかな……。
あんまり食欲もないから、お弁当も今は食べたくないけど、食べなきゃお母さんも心配するだろうし……」
そう言って梓紗が荷物の中からお弁当を取り出した。
いつも教室で食べていたお弁当箱と違って、小さなタッパーウェアに詰め込まれている。
「梓紗、本当にこれで足りるのか?」
僕はびっくりして思わず口を挟んでしまうものの、梓紗もそれは想定内だったのだろう。僕に笑顔を見せるものの、それは本当に弱々しい物だった。
「うん……、これでも何だか多くて残しそうなくらい、お腹が空いてないの」
加藤さんも梓紗のお弁当を見て心配そうな表情を浮かべている。
ここまで食慾が落ちていたら、体力が落ちるのも当たり前だ。少しでも食べた方がいいのは分かっているけれど、無理矢理食べさせたところで吐き戻しも心配だし、僕達は何も出来ない事が歯痒くて仕方がない。
「もうすぐ午前の部終わるし、ここで僕達も弁当食べようか?」
僕は加藤さんに話を振った。加藤さんもきっと一人で梓紗に付きっきりで気が張っていただろう。こうやって三人でバカ話でもすれば、加藤さんも少しは気もまぎれるだろうし、梓紗だって少しは食欲が湧くかも知れない。
加藤さんも嬉しそうに僕の話題に乗ってくれる。
「いいね、ここだったら涼しいし、梓紗もしんどくなったらベッドで横になれるよ?」
現在、保健室に置かれているソファーに二人が座った状態で、僕が入り口付近に立ち尽くした状態だ。梓紗もしんどかったらソファーに横たわれる様に、加藤さんは梓紗の隣ではなく正面に座っている。
梓紗も小さく頷いた。
それなら僕はお弁当を持って来よう。
「じゃあ、それで決まりだな。僕は午前の部が終わったら弁当持ってここに来るから、それまで待ってて」
「うん、分かった。待ってるね」
僕と梓紗の会話を加藤さんは見守ってくれている。
加藤さんがここにいてくれて、梓紗の傍にいてくれて、本当に良かったと心から思う。
僕は二人を保健室に残して一旦グラウンドへと戻った。
先輩達も梓紗の事が気になっている様で、顔を合わせる度に梓紗の容態を聞かれる。今日は学校に出てきているものの、テント下から保健室へと移動したから余計にだろう。
養護の先生も本当なら保健室を不在にしたくなかったようだけど、今日は体育祭だからテントの救護スペースでずっと待機している。そう言う経緯もあり、加藤さんが保健室に付き添っている事は必須の事だった。
「もうすぐ午前の部も終わるし、ここはいいから瀬戸さんの傍にいてあげて。
その代わり、午後の部の始まる十分前に、入場門に集合ね?」
体育祭の実行委員長であり生徒会長でもある三年の先輩から声をかけられて、僕はその言葉に素直に従った。
僕は教室へと戻り、自分の荷物と加藤さんの荷物を手にすると、保健室へと向かった。
加藤さんも朝からずっと梓紗の付き添いで動いていないせいか、そこまでお腹は空いていないと言うけれど、きっと匂いに釣られて空腹感を刺激すればいい。梓紗にしてもそうだ。梓紗の場合はそこまで単純な事ではないから難しいとは思うけど、それでも少しでも食べる事が出来るなら……。
僕は保健室へと急いで向かった。
梓紗は自分が出る筈だった競技を見たいと加藤さんに訴えるものの、加藤さんは頑として受け入れなかった様だ。
もし仮に僕が加藤さんの立ち位置だったとしたらどうだろう。少しくらい甘い顔をして、競技を見学させただろうか。それとも……。
加藤さんはきっと、ここで梓紗の我儘を聞き入れてしまうと、中学時代の様に梓紗が学校に出てこなくなるのではないかと本気で心配している。僕も加藤さんのその直感を信じるしかない。だから僕は自分の役割を外れた空き時間に保健室に顔を出しては梓紗の様子を窺っていた。
微熱が続いているだけに顔色もほんのりと赤く、瞳は潤んでいる。時々ぼんやりとしているものの、以前に比べてやはり覇気がない。以前に比べて体力も落ちている事に関しては、きっと本人も自覚しているだろう。
「もうすぐ午前中の競技も終わるから、お昼ご飯どうする? 保健室はエアコンも効いてるし、ここで一緒に食べる?」
現在午前中最後の競技であるブロック対抗リレー、女子の部が行われている。保健室の窓越しでも、グラウンドに設置しているスピーカーの音がよく聞こえる。生徒会役員が白熱した実況アナウンスをしている。スピーカーの音が反響して音割れもしている為に聞こえは悪いけれど、ここにいると体育祭の雰囲気だけは味わえるのではないだろうか……。
加藤さんが梓紗に声をかけるものの、梓紗はぼんやりとしている。
もしかして熱がぶり返しているのかも知れない。
「うん……。本当は外で食べたいけど、動くのもちょっとしんどいかな……。
あんまり食欲もないから、お弁当も今は食べたくないけど、食べなきゃお母さんも心配するだろうし……」
そう言って梓紗が荷物の中からお弁当を取り出した。
いつも教室で食べていたお弁当箱と違って、小さなタッパーウェアに詰め込まれている。
「梓紗、本当にこれで足りるのか?」
僕はびっくりして思わず口を挟んでしまうものの、梓紗もそれは想定内だったのだろう。僕に笑顔を見せるものの、それは本当に弱々しい物だった。
「うん……、これでも何だか多くて残しそうなくらい、お腹が空いてないの」
加藤さんも梓紗のお弁当を見て心配そうな表情を浮かべている。
ここまで食慾が落ちていたら、体力が落ちるのも当たり前だ。少しでも食べた方がいいのは分かっているけれど、無理矢理食べさせたところで吐き戻しも心配だし、僕達は何も出来ない事が歯痒くて仕方がない。
「もうすぐ午前の部終わるし、ここで僕達も弁当食べようか?」
僕は加藤さんに話を振った。加藤さんもきっと一人で梓紗に付きっきりで気が張っていただろう。こうやって三人でバカ話でもすれば、加藤さんも少しは気もまぎれるだろうし、梓紗だって少しは食欲が湧くかも知れない。
加藤さんも嬉しそうに僕の話題に乗ってくれる。
「いいね、ここだったら涼しいし、梓紗もしんどくなったらベッドで横になれるよ?」
現在、保健室に置かれているソファーに二人が座った状態で、僕が入り口付近に立ち尽くした状態だ。梓紗もしんどかったらソファーに横たわれる様に、加藤さんは梓紗の隣ではなく正面に座っている。
梓紗も小さく頷いた。
それなら僕はお弁当を持って来よう。
「じゃあ、それで決まりだな。僕は午前の部が終わったら弁当持ってここに来るから、それまで待ってて」
「うん、分かった。待ってるね」
僕と梓紗の会話を加藤さんは見守ってくれている。
加藤さんがここにいてくれて、梓紗の傍にいてくれて、本当に良かったと心から思う。
僕は二人を保健室に残して一旦グラウンドへと戻った。
先輩達も梓紗の事が気になっている様で、顔を合わせる度に梓紗の容態を聞かれる。今日は学校に出てきているものの、テント下から保健室へと移動したから余計にだろう。
養護の先生も本当なら保健室を不在にしたくなかったようだけど、今日は体育祭だからテントの救護スペースでずっと待機している。そう言う経緯もあり、加藤さんが保健室に付き添っている事は必須の事だった。
「もうすぐ午前の部も終わるし、ここはいいから瀬戸さんの傍にいてあげて。
その代わり、午後の部の始まる十分前に、入場門に集合ね?」
体育祭の実行委員長であり生徒会長でもある三年の先輩から声をかけられて、僕はその言葉に素直に従った。
僕は教室へと戻り、自分の荷物と加藤さんの荷物を手にすると、保健室へと向かった。
加藤さんも朝からずっと梓紗の付き添いで動いていないせいか、そこまでお腹は空いていないと言うけれど、きっと匂いに釣られて空腹感を刺激すればいい。梓紗にしてもそうだ。梓紗の場合はそこまで単純な事ではないから難しいとは思うけど、それでも少しでも食べる事が出来るなら……。
僕は保健室へと急いで向かった。
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