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今日の訪問目的の一つであるノートの写しとプリントを差し出すと、梓紗はそれを受け取った。
横からお母さんがそれを覗き込む。
字には自信がないから、正直言ってあまりまじまじと見て欲しくないと思う僕の気持ちとは裏腹に、この親子は僕のノートの写しをじっくりと見ている。そして……。
「へえ……。白石くんって、勉強よく出来る方でしょう?」
唐突に梓紗のお母さんが口を開いた。いきなり不意打ちでそんな事を言われて思わず僕は、口に含んでいた紅茶を吹き出してしまいそうになりむせこんでしまった。
梓紗はそんな僕を見て僕の背後に回り込むと、背中をさすってくれた。
「うん、白石くんって学年トップの成績なんだよ。本当は新入学生の代表挨拶をするはずだった子だよ」
「ああ、新入生代表挨拶は嫌だって言って梓紗にその役割が回って来たあの時の子! なるほど、納得」
何が納得なんだろう。僕はむせながら黙って瀬戸親子の会話を聞いていた。
「急遽うちの梓紗が挨拶する事になったから、学年トップの成績で入学した子ってどんな子だろうって思ってたの。
自分より上位の成績の子の存在は、梓紗も気にしてたのよ。一体どんな子だろうって。
そっか、君がそうだったんだ……」
梓紗のお母さんは目を細めて僕の事を見つめている。
その瞳には何か含みがあるみたいだけど、梓紗が傍にいるとなかなか聞き出せそうにもない。
それに、梓紗のお母さんは何か僕に言いたそうに感じるのは気のせいだろうか……。
「その節はすみませんでした。あの時はちょっとやさぐれてて……。
梓紗さんにもご迷惑を掛けて、本当にすみませんでした」
僕は紅茶の入ったカップをソーサーに戻すと、梓紗のお母さんにお詫びした。
高校受験に失敗したからと言って新入生代表挨拶をしたくないだなんて、完全に八つ当たりだ。梓紗にも迷惑を掛けていた事をきちんと謝りたいとずっと思っていた。梓紗に直接言うのは何だか恥ずかしくてお母さんも巻き込んでしまったけれど、今更ながら許して貰えるだろうか……。
「白石くんが断ってくれたおかげで、うちの子が新入生代表挨拶させて貰ったのよ、逆にありがとうって言いたい位よ。こんな機会滅多にないんだから。うちはもうお祭り騒ぎだったのよ。だからそんなに気にしなくていいからね」
梓紗のお母さんはあっけらかんと笑いながら話をしてくれるので幾分か罪悪感が薄れそうだけど、当の本人である梓紗はどう思っていたのだろう。
梓紗は今僕の隣に座っている。梓紗の表情を窺ってみると……。顔を真っ赤にしながらも満更でもなさそうだ。
「なかなかこんな機会、恵まれないからね。貴重な経験させて貰ってありがとう」
そのはにかんだ笑顔に、僕の心は射抜かれた。いつもながら、これが計算された笑顔じゃないだけに困ったものだ。僕一人だけだったら間違いなく梓紗の事を抱き締めていたところを寸での所で思いとどまった。
そうだ、ここは梓紗の家であり、お母さんも傍にいるのだ。そんな事出来る訳がない。
「明日は学校、来れそう?」
どうにか話題を切り替えようと、苦し紛れで僕は言葉を発した。それに梓紗も応えてくれる。
「うん、多分大丈夫。体調次第では体育祭の練習は見学させて貰おうと思うけど、学校には行くよ」
その表情は、なんと言い表せばいいのだろう。学校に行きたいと言う意志を感じた。
自惚れではなく僕に会いたいと思う気持ちもその中にはあるのだろう、でも、きっとそれだけで梓紗の気持ちをここまで追い込む様な事はない筈だ。それほどまでに強い意志を感じた。
ここでその事に付いて口にしたとしても、きっと梓紗は何も答えてくれないだろうから、僕はその事に気付いていない振りをするしかない。
「良かった……。まだ身体しんどそうだし、僕はもう帰るよ」
「え? もう帰っちゃうの?」
意外にも僕を引き留めたのは梓紗のお母さんだった。
「良かったら一緒に夕飯食べて帰って。カレーなんだけど……」
「お母さん、遼のおうちだってごはん用意してると思うよ? 勝手なことしちゃダメだよ」
そんなお母さんを止めるのが梓紗、何だか意外なやり取りだ。
梓紗の事だから、てっきりお母さんと一緒になってごはん食べて行ってと言うかと思っていただけに、何だか拍子抜けしたけれど、今日は沢山宿題を出されていただけに助かった。引き留めて貰えなかった事をほんの少し残念に思った事は内緒にしておこう。
「あの、実は今日課題を多く出されてて……。早めに片付けたいので、今日は帰ります」
後ろ髪を引かれる思いだけど、梓紗の体調もまだ戻っていないだけに、ここで僕が残って梓紗に無理をさせる訳に行かないだろう。
断腸の思いで僕は帰宅する事を告げた。
玄関先まで見送りに出てくれると言う梓紗の言葉に甘えて、少しでも一緒にいられて嬉しい僕は浮かれていたけれど、この時既に梓紗は体調が少し悪化していた様で、玄関の照明が逆光になって気付かなかったけれど、後から思えば顔色が少し悪く見えた。
「今日はわざわざありがとう。今日はメール出来ると思うから、昨日はごめんね」
横からお母さんがそれを覗き込む。
字には自信がないから、正直言ってあまりまじまじと見て欲しくないと思う僕の気持ちとは裏腹に、この親子は僕のノートの写しをじっくりと見ている。そして……。
「へえ……。白石くんって、勉強よく出来る方でしょう?」
唐突に梓紗のお母さんが口を開いた。いきなり不意打ちでそんな事を言われて思わず僕は、口に含んでいた紅茶を吹き出してしまいそうになりむせこんでしまった。
梓紗はそんな僕を見て僕の背後に回り込むと、背中をさすってくれた。
「うん、白石くんって学年トップの成績なんだよ。本当は新入学生の代表挨拶をするはずだった子だよ」
「ああ、新入生代表挨拶は嫌だって言って梓紗にその役割が回って来たあの時の子! なるほど、納得」
何が納得なんだろう。僕はむせながら黙って瀬戸親子の会話を聞いていた。
「急遽うちの梓紗が挨拶する事になったから、学年トップの成績で入学した子ってどんな子だろうって思ってたの。
自分より上位の成績の子の存在は、梓紗も気にしてたのよ。一体どんな子だろうって。
そっか、君がそうだったんだ……」
梓紗のお母さんは目を細めて僕の事を見つめている。
その瞳には何か含みがあるみたいだけど、梓紗が傍にいるとなかなか聞き出せそうにもない。
それに、梓紗のお母さんは何か僕に言いたそうに感じるのは気のせいだろうか……。
「その節はすみませんでした。あの時はちょっとやさぐれてて……。
梓紗さんにもご迷惑を掛けて、本当にすみませんでした」
僕は紅茶の入ったカップをソーサーに戻すと、梓紗のお母さんにお詫びした。
高校受験に失敗したからと言って新入生代表挨拶をしたくないだなんて、完全に八つ当たりだ。梓紗にも迷惑を掛けていた事をきちんと謝りたいとずっと思っていた。梓紗に直接言うのは何だか恥ずかしくてお母さんも巻き込んでしまったけれど、今更ながら許して貰えるだろうか……。
「白石くんが断ってくれたおかげで、うちの子が新入生代表挨拶させて貰ったのよ、逆にありがとうって言いたい位よ。こんな機会滅多にないんだから。うちはもうお祭り騒ぎだったのよ。だからそんなに気にしなくていいからね」
梓紗のお母さんはあっけらかんと笑いながら話をしてくれるので幾分か罪悪感が薄れそうだけど、当の本人である梓紗はどう思っていたのだろう。
梓紗は今僕の隣に座っている。梓紗の表情を窺ってみると……。顔を真っ赤にしながらも満更でもなさそうだ。
「なかなかこんな機会、恵まれないからね。貴重な経験させて貰ってありがとう」
そのはにかんだ笑顔に、僕の心は射抜かれた。いつもながら、これが計算された笑顔じゃないだけに困ったものだ。僕一人だけだったら間違いなく梓紗の事を抱き締めていたところを寸での所で思いとどまった。
そうだ、ここは梓紗の家であり、お母さんも傍にいるのだ。そんな事出来る訳がない。
「明日は学校、来れそう?」
どうにか話題を切り替えようと、苦し紛れで僕は言葉を発した。それに梓紗も応えてくれる。
「うん、多分大丈夫。体調次第では体育祭の練習は見学させて貰おうと思うけど、学校には行くよ」
その表情は、なんと言い表せばいいのだろう。学校に行きたいと言う意志を感じた。
自惚れではなく僕に会いたいと思う気持ちもその中にはあるのだろう、でも、きっとそれだけで梓紗の気持ちをここまで追い込む様な事はない筈だ。それほどまでに強い意志を感じた。
ここでその事に付いて口にしたとしても、きっと梓紗は何も答えてくれないだろうから、僕はその事に気付いていない振りをするしかない。
「良かった……。まだ身体しんどそうだし、僕はもう帰るよ」
「え? もう帰っちゃうの?」
意外にも僕を引き留めたのは梓紗のお母さんだった。
「良かったら一緒に夕飯食べて帰って。カレーなんだけど……」
「お母さん、遼のおうちだってごはん用意してると思うよ? 勝手なことしちゃダメだよ」
そんなお母さんを止めるのが梓紗、何だか意外なやり取りだ。
梓紗の事だから、てっきりお母さんと一緒になってごはん食べて行ってと言うかと思っていただけに、何だか拍子抜けしたけれど、今日は沢山宿題を出されていただけに助かった。引き留めて貰えなかった事をほんの少し残念に思った事は内緒にしておこう。
「あの、実は今日課題を多く出されてて……。早めに片付けたいので、今日は帰ります」
後ろ髪を引かれる思いだけど、梓紗の体調もまだ戻っていないだけに、ここで僕が残って梓紗に無理をさせる訳に行かないだろう。
断腸の思いで僕は帰宅する事を告げた。
玄関先まで見送りに出てくれると言う梓紗の言葉に甘えて、少しでも一緒にいられて嬉しい僕は浮かれていたけれど、この時既に梓紗は体調が少し悪化していた様で、玄関の照明が逆光になって気付かなかったけれど、後から思えば顔色が少し悪く見えた。
「今日はわざわざありがとう。今日はメール出来ると思うから、昨日はごめんね」
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