冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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 体育委員が中心となって行う行事も、生徒会役員は補佐となり学校行事の全てに携わる事になるので、体育祭の一ヶ月後にある文化祭の準備期間中も、ほぼ毎日居残りが確定だ。塾通いをしている人には酷な作業となる。
 僕も梓紗も塾通いはしておらず、その点は問題ない。九月ごろまでは良かったけれど秋が深まると日が暮れるのも早くなるので、その頃ではもう居残りの帰りは僕が梓紗の家まで一緒に送って帰る事が当たり前になっていた。

「ハチマキの本数、明日もう一度確認してからそれぞれのクラス委員さんに配布しなきゃね」

 下校中の僕達は最近は来週末の体育祭本番の話題ばかりしている。
 今日の放課後は、体育祭で使うハチマキを倉庫から取り出して、各クラスに配布する本数を確認していた。
 体育祭は学年混合でブロックを四つに分けての対抗戦となり、ブロックの色分けでハチマキの色も四色用意されているのだ。僕達のクラスのブロックカラーは赤。他は青、紫、緑の四色だ。
 対抗戦の得点はブロックごとで争うので、リレーは運動部の人間が所属しているクラスが有利になるけれど、他の競技も満遍なく加点の要素があるから勝敗の行方は最後まで分からない。
 点数計算も特別加点の基準も、生徒会執行部と体育委員長、先生方と、ごく一部の人間しか分からない様になっているので仮に優勝を狙って不正を行おうとしても意味がない。

「ハチマキもだけど、応援団旗も忘れずに出さなきゃだろ?」

 応援合戦で使う応援団旗も、倉庫から一緒に出して三年のクラスに届けなければならないけれど、それは三年のクラス委員にお願いすればいい事だから僕達がそこまで責任を持つ事ではない。

「そうだったね、あの団旗も一年にこの時だけしか出さないから、何だかもったいないよね。
 毎年砂埃も凄いし、きちんと手入れしないと劣化しそう……」

 各ブロック毎に用意されている応援団旗は、毎年運動会シーズンに倉庫から出される。練習期間も含めて一年に数回お披露目されるそれは、グラウンドの砂埃に塗れるので、きちんと砂埃を取り払って手入れをしなければ大変な事になってしまう。
 団旗が作成された時期も不明だけど、旗に付けられた優勝年度の記された帯を見ると、昭和の年号が書かれたものもあるだけに結構な年季が入っているに違いない。

「だよな、でも一年に一回だけだから、毎年盛り上がるのも分かるし……」

 体育祭は絶好のカップル成立イベントの一つでもある。僕達みたいに夏休みにくっついたカップルは例外として、普段気になって声をかけられない人達も、このお祭り行事で距離がぐっと近付きカップル成立する事も多いと聞く。
 ここで勇気を出せずにカップルが成立しなかった人達も、翌月の文化祭と言うイベントが待っているだけに、この二学期は学年の垣根を超えた人の交流が活発になる時期だ。

 梓紗に気がある人間を前もって牽制出来て良かったと、夏休みのあの日、勇気を出して本当に良かったと僕は今更ながら思う。
 梓紗と付き合い始めてから、クラスの人に梓紗は中学時代から人気者だったから狙っている人も多いと聞かされた時、かなり肝を冷やした。そりゃそうだろう。小さくて可愛くて世話好きで性格も良くて、彼氏がいないことが信じられなかった位だ。彼氏がいないにしても、好きな人がいるだろうと半ば諦めもあったけど、まさか僕の事を好きでいてくれるなんて奇跡が起こるなんて思ってもいなかっただけに、僕は梓紗の事を本当に大事に思っている。周囲にもそれは嫌という位伝わっていると自負している。

 それに梓紗も分かりやすく、僕と一緒にいる時の表情は他の奴は加藤さんといる時と全然違うので、間違ってもちょっかいを出してくるような猛者は今の所いないし、仮に現れたとしても梓紗が一言『遼の事が好きだからごめんなさい』と撃退してくれている。梓紗に直接は聞かないけれど、こんな話は加藤さん経由で耳に入って来る。みんなから、人気者の彼女だから白石くんも大変だねと同情の目で見られるものの、梓紗が毅然とした態度を取って断っている事を知っているから僕は余計な事は口にしない。

 僕は自転車を押しながら梓紗と一緒に並んで歩いている。梓紗の鞄は僕の自転車の荷台に載せて。毎日六限までぎっしりと授業があり、教科書も毎日持ち帰らないと宿題も出来ないので、徒歩通学の梓紗にはかなりの負荷がかかっている。少しでもその負担が解消出来るならと、僕は半ば無理矢理梓紗の鞄を自転車に載せている。
 最初の頃は梓紗も遠慮していたけれど、付き合いが始まって毎日一緒に下校しているのだから、最近は何も言わなくても鞄を僕に預ける様になった。
 本当なら、朝も一緒に通学出来たらいいのだけど、朝は僕も時間に余裕がないし、梓紗も加藤さんと一緒に通学しているから邪魔は出来ない。やはり友達と一緒に過ごす時間も大切だ、僕だけが梓紗を独占したい気持ちはもちろんあるけれど、そうしてはいけない。それをすると梓紗だって、息が詰まってしまうだろう。
 放課後と、夜のメールのやり取りだけで十分だ。これ以上を望んではいけない。

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