冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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 中学一年のちょうど今頃に母親がぎっくり腰で寝込んでしまい、店は父親とバイトさんで何とか回していたものの、食事なんて壊滅的だった。父親は料理なんてしないし、僕なんて小学校の頃の調理実習以来、台所に立った事すらない。洗濯物だって一日でとんでもない事になっていた。
 それ以来、僕も父も母に寝込まれたら困る事を十分に理解したので、母が無理だと言う事は絶対にさせないと言う暗黙のルールが我が家に誕生した。

 母もその時、自分が身動き取れずに家の中が段々と荒んでいく様を見て、歯がゆい思いをしていただろう。
 その日以来母も無理はしないと宣言し、今日に至る。

 そして花火大会当日、相変わらず僕の通う高校は午前中補習がある。
 いつも通り学校へ向かい、補習が終わると急いで帰宅した。
 休み時間に加藤さんと瀬戸さんが、今日の花火大会を観に行くと話していたのを耳にしたけれど、一緒に行こうと誘われたわけでもないし、ましてや一緒に行きたいだなんて口が裂けても言える訳がない。
 ヘタレな僕は補習が終わると、逃げる様に学校を後にした。

 今日は午後から店の手伝いがあるので、いつもみたいなだらしない格好は出来ない。
 夕方の手伝いの時もそうだが、店に出ると生傷が絶えないので、暑いけれど薄手の長袖Tシャツとジーンズ、エプロンで仕事をしている。と言うのも、店の重たいお酒を運ぶ時に、ケースの積み下ろしの際に割と腕にケースが当たってひっかき傷だの打ち身だの、気が付けばとんでもない事になっているのだ。
 夏は暑いから、本当なら半袖で動き回りたいところだけど、学校に行く時に半袖になるからどうしても腕の生傷が目立ってしまう。それに店舗内での作業だから、基本的に空調は効いている。品出しをしている時は暑いけれど、冷蔵庫の商品の補充や前出しの作業をしていると暑さも引いて心地よく感じる。

 とりあえず店にすぐに出られる格好に着替えると、母親が用意してくれていた昼食に手を付ける。今日の昼食はがっつりとカレーライスだった。
 店の配達で今日は朝から忙しい中、簡単に作れるものと言ったらやはりカレーが鉄板だろう。
 僕は基本的に嫌いな食べ物でなければ何でもいいので、炊飯器から皿にご飯を盛ると、大量に作られたカレーをご飯の上によそった。

 大概我が家でカレーライスが食卓に上った翌日メニューは、カレーうどんかカレードリアだ。
 母親もそれを見越して大量にカレーを作っている節があるけれど、僕もそれらを嫌いじゃないので文句はない。季節的に日持ちしないから、大量に作らなくてもいいのではと思うけれど、これは母の習慣なのだろうから、余計な事は口にしない方がいい。それに父も、基本的に母が作る料理は残しているのを見た事がない。きっと母の料理は父の好物ばかりなのだろう。

 福神漬けを皿の上に盛り、僕は急いでカレーを胃の中に流し入れた。今日は偶然にも金曜日、午後からやっている補習の課題や夏休みの宿題は、明日やっても十分間に合う。とにかく今日は、店の事に集中しよう。
 僕は台所の流しに使った皿とスプーンを持って行き、軽く水をかけてスポンジに台所用洗剤を垂らして洗い流した。
 中学時代、母がぎっくり腰で寝込んだ時の大惨事を思い出し、あれからはこうして昼食を終えた時だけ、きちんと片付けをする習慣が身に付いた。
 母に言わせると秘かに料理男子を目指して欲しいようだけど、そんな時間的な余裕、今の僕には皆無である。そしてあわよくば、自分が店に立っている時間、僕に夕食を作らせたいと思っている様だ。
 そんな風に母親の理想通りに事が進まないのが現実であると言う事をいい加減理解して欲しい。
 食器の片付けも終わり僕は歯磨きを済ませると、一階にある店舗へと向かった。

 店は父と大学生のバイトさんが配達に出ているので、母親と二人だけだ。今現在、店の中にお客さんはいない。僕はいつも通り、商品補充をする為に店舗内を歩き回った。陳列棚で欠品している商品をチェックし、棚の中の品薄商品をメモに取る。これは倉庫内にある在庫で店舗内に出せそうなものは全て出す為だ。
 小さい頃に両親がやっていた仕事を見ていただけに、自然と身に付いた作業である。
 缶酎ハイや缶ビール、ソフトドリンクも結構冷蔵庫内の商品が品薄になっている。やはりいつもと違ってお酒の売れ行きも良さそうだ。
 僕は手にしたメモに、品薄商品のメモに加え何本くらい補充すればいいかを追加で記入して、店内の買い物かごを片手に裏の倉庫へと向かった。

 倉庫内もエアコンはあるけれど、長時間ここで作業する時以外はスイッチを入れていない様だ。ちょうど建物の影になる場所にあるので、倉庫内に外気の熱気はそこまで入らない。出来るだけ経費削減の方針らしい。
 僕はメモを片手にストック置き場に向かい、買い物かごに商品を詰めて行く。詰めたらメモを消し込み、重くなったら倉庫に置いている手押し台車の上にかごを乗せて、汗だくになりながら黙々と作業を進めた。

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