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あれから既に二十年以上も過ぎているのに……。
彼女はもうここにいない事も、ようやく自分の中で折り合いがついてきたのに、未だこうして彼女に関連のあるものを探している。
「これ、勿忘草ですよね。お好きなんですか?」
唐突に彼女が口にした。カウンターの上には、勿忘草の写真を飾っている。
壁面にも、違うアングルで撮影した勿忘草の写真を加工したものを引き延ばして飾っている。
この花が特別好きな訳ではない。
この花の花言葉に僕は今でも囚われているのだ。
勿忘草、花の色は色々ある様だが一般的に有名なのは、青、白、紫色の物だろう。
色によって花言葉も違うので意味も変わって来る。
飾っている写真の花の色は紫。
紫と言っても、品種や花の咲く時期によって色味が違うのも興味深い。
紫色の勿忘草の花言葉は『真実の愛、真実の友情、真実の恋』とは別にある『私を忘れないで』。
白い勿忘草の花言葉は『私を忘れないで』だけなだけに、この色の写真は飾らない。
あからさますぎるから……。
写真は数年前に僕が撮影したものだ。
勿忘草は野生でも自生しているものもある。
それを自分のカメラで撮影し、引き延ばして飾っている。
本当ならば、ホームセンターに苗や種を買いに行って自分で咲かせたいところだけど、僕にそこまでの甲斐性はない、すぐに枯らしてしまうのは目に見えている。それならば、こうして花を写真に収めて愛でるだけで十分だ。
それに、野生の花ならば、植物に詳しくない人間なら何の花なんて分からないから深く突っ込まれる事はないけれど、中村さんはどうやら違ったらしい。
勿忘草と即座に言い当てられて、僕は咄嗟に返す言葉が浮かばない。
彼女は花が好きなのだろうか、それともここでこの写真を見て調べたのだろうか……。
勿忘草の花は確かに可愛い。小さくて、可憐で、一生懸命に花を咲かせているその姿を見ると、嫌でもあの頃の記憶が蘇る。
僕が返事をしないものだから、店内に沈黙が流れる。
現在の店内のBGMは、僕の若かりし頃に流行った曲をボリュームを絞って流している。
一九九〇年代のJ-POPだ。
あの当時空前のバンドブームが起こり、その後少し落ち着いた頃に現在活躍しているアーティストがデビューしブレイクした、古き良き時代……。
日頃はJーPOPのオルゴールアレンジされた曲やピアノ曲と言った、歌詞の流れない曲を流しているが、今日はそんな気分ではなかった。
とにかくあの頃の彼女との思い出に浸りたかった。
「すみません。
多分今日はもうお客さんも来ないと思うから看板下ろしますが、中村さん、良かったらこのまま僕の酒呑みに付き合って貰ってもいいでしょうか?」
今日みたいな日は、一人でいるのは辛い。
心の中に溜まったモヤを、吐き出したかった。
僕の個人的な感情に関係ない、赤の他人をこんな事に付き合わせる事に対しての罪悪感もある。でも、今日だけは、誰かに胸の内を聞いて貰いたい。
こんな雨の夜は……。
中村さんが快く頷いてくれたので、僕は閉店処理を始めた。
雑居ビル入口のドアとこのフロアに続くドアにCLOSEDの札を掛け、一階入口の鍵をかけると窓のブラインドを降ろし、店の中から光が漏れない様にした。
こうしておけば、今日は店仕舞いをしたと分かって貰えるだろう。
まあ今日はこんな天気だし、仮に雨が上がったとしても、わざわざここまで飲みに来てくれるお客さんもいないだろう。
一応この店は防音設備も整っているので、お客さんが来て騒いだとしても、下や隣の店舗に迷惑を掛ける事もない。隣は隣で、またこちらの店と同じ様な入口の仕様になっており、お客さん同士が通路で接触する事はない。
ちなみに隣は美容室だ。そもそも営業時間帯が全然違うので、お互い迷惑を掛ける様な事はない。よっぽど成人式前日の夜と当日早朝は賑わいを感じるものの、こちらも店内でBGMを流していたりすれば気になる事はない。
今日はもうこんな天気だし誰も来ないと想定して店内のBGMのボリュームを落とした。
普通の話し声程度なら、店の外に声が漏れる事はないし、きっと中村さんの事だ、さっきみたいに沈黙に耐えられないだろう。
何だったら最近流行りの曲でも流した方が間が持つだろうか。僕はCDプレイヤーを停止させ、FMのラジオをチューニングした。
FMのラジオをこうやって畏まって聞く事なんて、どれくらい振りだろう。それこそまだ彼女がいた頃まで遡る事が出来そうだ。
……そしてやっぱり、彼女を連想してしまう辺り、もう末期症状だと我ながら思う。僕は思わず苦笑いだ。
そんな僕の表情を見た中村さんは、多分チューニングして流れてきた曲に対して僕が苦手な曲だと思ったのだろうか。
最近のヒットチャートに上がっている曲らしいのだが、僕には最近の曲は全て同じ様に聴こえてさっぱりわからない。
「この曲、今若者に人気あるんですよ。
新曲をリリースした時のダウンロード数が凄くて、動画再生回数もあっという間にミリオン達成とかテレビでこの前言ってました」
彼女はもうここにいない事も、ようやく自分の中で折り合いがついてきたのに、未だこうして彼女に関連のあるものを探している。
「これ、勿忘草ですよね。お好きなんですか?」
唐突に彼女が口にした。カウンターの上には、勿忘草の写真を飾っている。
壁面にも、違うアングルで撮影した勿忘草の写真を加工したものを引き延ばして飾っている。
この花が特別好きな訳ではない。
この花の花言葉に僕は今でも囚われているのだ。
勿忘草、花の色は色々ある様だが一般的に有名なのは、青、白、紫色の物だろう。
色によって花言葉も違うので意味も変わって来る。
飾っている写真の花の色は紫。
紫と言っても、品種や花の咲く時期によって色味が違うのも興味深い。
紫色の勿忘草の花言葉は『真実の愛、真実の友情、真実の恋』とは別にある『私を忘れないで』。
白い勿忘草の花言葉は『私を忘れないで』だけなだけに、この色の写真は飾らない。
あからさますぎるから……。
写真は数年前に僕が撮影したものだ。
勿忘草は野生でも自生しているものもある。
それを自分のカメラで撮影し、引き延ばして飾っている。
本当ならば、ホームセンターに苗や種を買いに行って自分で咲かせたいところだけど、僕にそこまでの甲斐性はない、すぐに枯らしてしまうのは目に見えている。それならば、こうして花を写真に収めて愛でるだけで十分だ。
それに、野生の花ならば、植物に詳しくない人間なら何の花なんて分からないから深く突っ込まれる事はないけれど、中村さんはどうやら違ったらしい。
勿忘草と即座に言い当てられて、僕は咄嗟に返す言葉が浮かばない。
彼女は花が好きなのだろうか、それともここでこの写真を見て調べたのだろうか……。
勿忘草の花は確かに可愛い。小さくて、可憐で、一生懸命に花を咲かせているその姿を見ると、嫌でもあの頃の記憶が蘇る。
僕が返事をしないものだから、店内に沈黙が流れる。
現在の店内のBGMは、僕の若かりし頃に流行った曲をボリュームを絞って流している。
一九九〇年代のJ-POPだ。
あの当時空前のバンドブームが起こり、その後少し落ち着いた頃に現在活躍しているアーティストがデビューしブレイクした、古き良き時代……。
日頃はJーPOPのオルゴールアレンジされた曲やピアノ曲と言った、歌詞の流れない曲を流しているが、今日はそんな気分ではなかった。
とにかくあの頃の彼女との思い出に浸りたかった。
「すみません。
多分今日はもうお客さんも来ないと思うから看板下ろしますが、中村さん、良かったらこのまま僕の酒呑みに付き合って貰ってもいいでしょうか?」
今日みたいな日は、一人でいるのは辛い。
心の中に溜まったモヤを、吐き出したかった。
僕の個人的な感情に関係ない、赤の他人をこんな事に付き合わせる事に対しての罪悪感もある。でも、今日だけは、誰かに胸の内を聞いて貰いたい。
こんな雨の夜は……。
中村さんが快く頷いてくれたので、僕は閉店処理を始めた。
雑居ビル入口のドアとこのフロアに続くドアにCLOSEDの札を掛け、一階入口の鍵をかけると窓のブラインドを降ろし、店の中から光が漏れない様にした。
こうしておけば、今日は店仕舞いをしたと分かって貰えるだろう。
まあ今日はこんな天気だし、仮に雨が上がったとしても、わざわざここまで飲みに来てくれるお客さんもいないだろう。
一応この店は防音設備も整っているので、お客さんが来て騒いだとしても、下や隣の店舗に迷惑を掛ける事もない。隣は隣で、またこちらの店と同じ様な入口の仕様になっており、お客さん同士が通路で接触する事はない。
ちなみに隣は美容室だ。そもそも営業時間帯が全然違うので、お互い迷惑を掛ける様な事はない。よっぽど成人式前日の夜と当日早朝は賑わいを感じるものの、こちらも店内でBGMを流していたりすれば気になる事はない。
今日はもうこんな天気だし誰も来ないと想定して店内のBGMのボリュームを落とした。
普通の話し声程度なら、店の外に声が漏れる事はないし、きっと中村さんの事だ、さっきみたいに沈黙に耐えられないだろう。
何だったら最近流行りの曲でも流した方が間が持つだろうか。僕はCDプレイヤーを停止させ、FMのラジオをチューニングした。
FMのラジオをこうやって畏まって聞く事なんて、どれくらい振りだろう。それこそまだ彼女がいた頃まで遡る事が出来そうだ。
……そしてやっぱり、彼女を連想してしまう辺り、もう末期症状だと我ながら思う。僕は思わず苦笑いだ。
そんな僕の表情を見た中村さんは、多分チューニングして流れてきた曲に対して僕が苦手な曲だと思ったのだろうか。
最近のヒットチャートに上がっている曲らしいのだが、僕には最近の曲は全て同じ様に聴こえてさっぱりわからない。
「この曲、今若者に人気あるんですよ。
新曲をリリースした時のダウンロード数が凄くて、動画再生回数もあっという間にミリオン達成とかテレビでこの前言ってました」
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