同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子

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その後

名前を呼んでくれないかな 1

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 案内されたのは、個室になってるスペースだった。
 個室はなかなか予約の取れないと誰かが言っていた様な気がする。一体どんな裏技を使ったのだろう。
 
 スタッフが席を離れたので、私はようやく緊張の糸が切れたかの様に身体の力が抜けた。
 そんな私の様子を面白そうに坂本は正面から見つめている。

「そんなに緊張しなくていいよ。ここには俺と西田……。結衣と二人だけなんだから」

 何気に名字を名前に言い直した坂本に、私は再び緊張して顔が赤面してしまった。
 結衣って名前で両親や職場の人、由美以外に呼ばれたからか、妙にくすぐったい。私が他人に対して壁を作っていたせいもあり、みんな私を呼ぶのは名字だから、滅多に名前で呼ばれる事がない。それだけに、こうやって不意打ちで名前を呼ばれると何だか気恥ずかしい。

 恥ずかしくて思わず俯いてしまったものの、坂本はどんな顔をしているのかが不意に気になり、俯きながらも上目で坂本の表情を伺ってみると……。
 視線が合うと、坂本は途端に私から視線を逸らした。
 と思ったら……。
 何と、坂本の顔が途端に真っ赤になった。

 え? もしかして、坂本も照れてる……?

「そんな表情かおで見られたら、照れるな……」

 そんな表情かおと言われても、自分ではどんな表情をしているかなんて分からない。
 意味が分からずきょとんとする私に対して坂本は何か考え込んでいる様だ。
 そして、思い切ったように口を開いた。

「あのさ、その呼び方なんだけど……。
 そろそろ、名前で呼んでくれないかな、なんて……」

 坂本の声は、先程とは打って変わりかろうじで私の耳に届く位の大きさだ。
 きっとこれを言いたくて坂本は緊張していたのかも知れない。
 でも、今更何て呼べばいいのだろう。
 返事に困ってしまう。

「えっと……、何て呼んだらいい?」

 とりあえず、本人の希望の呼ばれ方を聞いてみよう。それを口に出来るかどうかは、その呼び方次第だ。
 私からの問いに、坂本は少し考えている。

「特にこれと言ってリクエストはないよ。ただ、付き合ってるのに『坂本』は、ないよなって思って。
 てか、今更だけど俺の名前知ってるよな?」

 まあ、確かにそうだ。付き合ってる彼氏なんだし、名前や愛称で呼ぶべきだとは思う。でも今までの呼び方で慣れていただけに、急に呼び方を変えるのは照れも入るし抵抗もある。

「うん、『悠太』だよね。じゃあ……、悠太くん、でいい?」

 私は何かまずい事でも言っただろうか、坂本は途端に口元を右手で覆い隠して横を向いた。
 そんな坂本の様子をおろおろしながら見つめていると、坂本も私の視線に気付いたのだろう、ようやく冷静になったのか、深呼吸をして正面を向き直した。

「やべぇ、何か、結衣に名前を呼んで貰うのって、すっげぇ破壊力がある」

 一体破壊力とは何の事だろう。益々意味が分からない。
 そうこうしているうちに、前菜がテーブルに運ばれて来た。
 先程の人がテーブルの上に色々とセットしてくれて、再び席を外すと、坂本……、じゃなかった、悠太くんが徐ろに口を開いた。

「今日はバレンタインデーだから、予約なしの一見さんはお断りしてるらしいよ。
 で、今日のメニューはどのテーブルもみんな一緒なんだって」

 内緒話をするように、ひそひそと話す悠太くんが可笑しくて、笑みが零れた。

「そうなんだ。でもお店側としたら、作るメニューと食数が決まってるから通常営業よりも段取りよく作業が出来るのかな」

「多分そうなんじゃないかな? 食堂のランチメニューみたいに食事の種類とか数量が決まってたら材料もそれだけで済むし、案外その方が店側としては採算取れるのかも知れないな」

 そんな事を話しながら、テーブルの前菜にお互い手を付けた。
 緊張でじっくりと味わう余裕はないかと思っていたけれど、個室で周囲の目が気にならない事や、悠太くんが色々な話で私を和ませてくれたおかげで、楽しい時間を過ごす事が出来た。

 メインの肉料理も、パスタも、スープも、魚料理も、最後のデザートも美味しく頂いた。

 デザートまで食べてお腹も心も満たされる。
 美味しい物は心まで幸せにしてくれる。そして何より、好きな人が一緒に居るだけで、もっと幸せを感じる。
 きっと私の表情が和らいでいるせいか、悠太くんの表情もとても柔らかく見える。

「俺さ、あの件でずっと結衣に嫌われて避けられていたから……。こうやって結衣が俺の前で笑ってくれている事が嬉しくて」

 悠太くんの言葉に、私はテーブルに視線を落とした。
 確かにそうだ。
 中学校を卒業以来、私はもう一生会う事はないと思っていた。
 高校時代もテスト期間中のニアミスはあったものの、私が徹底的に避けていたから顔を合わせる事もなく奇跡的にあの日まで過ごして来た。
 先月のお正月に再会しなかったら、きっと私はあのまま悠太くんに対してわだかまりを持ったまま……。

「結衣が気にする事じゃないんだ。あの時の事は本当に俺が悪かったんだし、あの時きちんと理由を告げて謝ってたとしても、きっと今みたいな関係にはなれてなかったと思う。
 だからこの十年は、俺にとって必要な時間だったと思ってる」

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