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五十八、
しおりを挟むいまや背をつけて横たわっていてさえも、斎藤は。
よけいに眩暈がしてきて。
「っ・・どけ・・!」
両の手を、再び目前の襟元へ突き上げた。
だが、びくともせずに。
「沖田・・!」
斎藤は、もはやこの場を逃れようと両手両足を振り上げるも、
「うおっ、暴れるなっての」
沖田が一瞬早く、斎藤の両手首を掴み。と同時に、斎藤へ腹ばいでのしかかってきて。
沖田いちもつが、斎藤の袴ごしに当たるほどに。
(沖・・っ・・)
そのまま捕らえられた斎藤の両手は、左右の畳へと押し付けられた。
沖田の体格でのしかかられては、逃れえる者などまずいない。
完全に動きを封じ込められたことを悟るしかない斎藤は、
どうにもならない状況で口から飛び出しそうな心臓の鼓動を抱えて喘いだ。
(もう、)
「いいかげんに・・・っ」
この視界は、
嫌でも斎藤の目を引き付ける。
これまでの動きの果てにたわんだ沖田の襟元から、のぞく鍛え抜かれた胸筋の、
その肌にそこかしこに散る、まるでつけられたばかりの、口づけの痕。
(副、長、・・)
それは彼の所有を、強く主張し。斎藤に現実を突きつけるのだから。
(もう、やめてくれ・・・)
「・・どけと言っている・・!」
「そんな嫌がらなくても」
沖田が盛大な溜息をついた。
「何もおまえを取って食おうとしてるわけじゃないよ」
「ふざ・・けるな、」
必死に抗うだけで精一杯の斎藤は、沖田の心の在処が掴めないままに。
「何故こんなことをする・・!」
今一度、胸にうずまくその疑問をぶつける。
「そりゃ、おまえが逃げようとするから」
「っ・・そういうことを聞いているんじゃない!」
「この前も、今も、こんなことをして・・、」
斎藤はそして遂に叫んでいた。
「あんたは副長に対して、申し訳ないとは思わないのか・・!」
「・・・ああ、そういう事」
斎藤の睨みつける先。沖田が妙に納得した表情になった。
「正直に言うと、」
斎藤の睥睨を受け止めるように、どこかすまなそうに、沖田が目を細める。
「おまえを綺麗だと思う」
(え)
「おまえには欲情する」
次々と告白される、まっすぐすぎる言葉の波に。斎藤は、もはや瞠目した。
「だがこれらは全て、あの人に対して“申し訳ない事” にあたるというわけか・・・」
「・・・・は?」
最後に思惑顔で呟いた、沖田を。
斎藤は、一瞬言葉も忘れ。ぽかんと見上げていた。
(・・・何を言っているのだ)
この男は。
そんなことも本当に今まで解かっていなかったのか、
土方への裏切りになるとは、露ほどにも。
だけどそれでは、まるで。
(その感情は)
恋情ではないから―――そう宣言されているのも同然ではないか。
(沖、田・・)
勝手に、もしかしたらと期待する想いがあったのは。
二人で呑みに出たあの夜みせられた眼差しが。
あの夜の、口づけと、抱擁が。
どこかで、斎藤の心内にそれを生み出していたのは、
否めない。
だからこそ己は土方へ、罪悪感すらも懐いていたのだろう。
(・・・だが)
おもえば土方を抱いてきたその手で、
斎藤を押し倒す、
こんな男に。
いったい何を期待して。
「もう一度言う。・・どけ」
――俺と総司の間に入ってくるな
あの誓いで、斎藤の胸奥に植え付けられた傷は。
この先もずっと、消え去るはずのないもの。
「これ以上あんたの戯れにつきあう気はない」
そう、己は初めから、知っていたから。
土方と沖田の間に、入れるはずもないのだと。
「もう二度と、俺にふれるな」
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