二人静

幻夜

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五十七、

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 実感したかった。
 
 この男をまだ己は繋ぎ止めていると。
 「総司・・早く」
 
 おもえばいつだって、土方はこうして、確かめてきた。
 
 
 「わかったよ、誓う」
 沖田のなだめるような声がやがて落ちてきて。
 
 「・・ただ、今はさすがに人が来るのでは?」
 「黙れ」
 
 気づけば己の頬を伝い落ちてきた涙の味を、口元に感じながら、土方は握り締めている沖田の襟を大きく開きあけた。
 現われた褐色の分厚い胸板へ、己の涙に濡れた唇を寄せる。
 
 併せて自ら片襟を落とせば、雨天の鈍い昼明かりが閉ざした障子を透けて、土方の白肌を淡く写し出し。
 沖田が目を細めたのを、
 上目で見遣って土方は、目の前の硬い胸筋へいくつもの口づけを這わせゆく。
 
 「総司・・」
 「了解」
 そんな戯れた返事とともに。
 大きな手が土方の背を下った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 延期にしてもらった
 と沖田が部屋へ戻ってくるなり告げてきた。
 
 「おまえの下阪は黒谷の件が片付いてからだ」
 
 「・・・」
 随分と長い時間、説得していたんだな
 などと斎藤は皮肉を言う気にもならない。
 
 大方の想像ができている斎藤は、手元の本を閉じ、只これみよがしに溜息を返した。
 
 「なんだ、じつは嫌だったのか」
 そうと知らぬ様の沖田が、困ったような表情になる。
 
 「嫌とは言っていない・・」
 
 己は託されると決めたのだから。
 
 「黒谷の件は勿論引き受ける」
 
 「有難う」
 安堵した眼が見返してきて。斎藤は小さく頷いた。
 
 「この後、時間あるか」
 間髪入れず沖田の問いが続き。
 
 「・・あるが」
 つい呟くように返した斎藤に、勢いよく近づいてきた沖田が「よし、道場行こう」と斎藤の腕を言うなり掴み上げた。
 
 その急な引き上げに斎藤は体勢を崩しかけながらも、突然の接触のせいで心の臓が跳ねるのを感じてしまい、慌てて離せと腕を振っていた。
 当然に、
 「わ」
 「あ、馬鹿」
 今の腕振りが更に斎藤の身を決定的に傾かせたのはいうまでもなく。二人の声が見事に重なったのを耳に、斎藤は背から落ちはじめ、反転した視界に天井を映した。刹那、
 がしりと背を沖田の腕に支えられると同時に、斎藤の目は見下ろしてくる沖田を映した。
 
 「なにやってんの・・」
 「うるさい。あんたが急に引っ張り上げるからだろう」
 
 見下ろす顔が、何故かにんまりと笑った。
 斎藤の目は次いで沖田の手を映し。その手が斎藤の唇へと向かうなり、呆然と斎藤は太い指先の感触を受けた。
 
 その指は、目を白黒させた斎藤の、もはや閉じるのも忘れた唇にかかっていた数本の髪をやたら丁寧につまみ上げては払ってゆき。
 (っ・・)
 斎藤の目はまんまるに見開いていることだろう。沖田はいったい、何をしているのか。
 しかも片腕だけで斎藤の全体重を支えたまま、悠々とそんなことをしている沖田の馬鹿力にまでついに閉口していると、
 
 「なあ斎藤、」
 斎藤を見下ろす顔が、不意に真剣な表情になった。
 
 「この前の夜の事、嫌だったか」
 
 
 「・・・」
 
 不意打ちも甚だしかった。斎藤は二の次も継げず、
 第一こんなふうに沖田に身を預けきった態勢のままそんな問答している状況に、眩暈までしてきて。
 
 「答えろ」
 (そ、)
 
 「その前におろせ・・!」
 
 「答えるまでおろさない」
 
 (このっ、)
 
 「い・・」
 
 嫌だった、はずがない。
 だけど。聞かれてしまえば、偽るほかないではないか。
 
 
 「嫌・・だった・・・」
 
 
 だが見下ろす沖田の表情が翳って。
 
 「・・・・わけじゃない」
 
 斎藤は咄嗟に、言い足していた。
 
 
 (な、なにをいま言ってしまった・・!?)
 
 うってかわってみるみる明るくなる沖田の表情を見上げながら、斎藤は咄嗟の同情を後悔するも遅い。
 
 「そうか、それじゃもう一度」
 あげく何を考えているんだかとんでもない台詞とともに顔を近づけてくる沖田に、
 「だめだっ」
 斎藤は大慌てで両手を突っぱねる。
 
 「あの時も今も・・、嫌じゃないけどダメなわけ?」
 
 「あ、あんたこそ、いったい何考えてる・・っ」
 この前の接吻の時から、本当はずっときちんと問いたかったその疑問を、斎藤はついに叫んで。
 
 「何、って」
 一方の問い返された沖田のほうは、面食らったような顔になった。
 
 「・・・」
 「・・・」
 
 (まさか・・何の考えも無しに、こういうことをしているのか??)
 それではまるで、
 
 「・・気のままだよ」
 
 本能のおもむくままという事ではないか。
 
 
 「っ・・あんたには分別ってものがないのか!」
 
 「分別・・?」
 なおも面食らった表情になる沖田に、斎藤はやはり眩暈がしてきて、
 とにかくこの場を去ろうと、突っぱねていた両手で沖田の胸倉をひっ掴んだ。
 「早くおろせと言っている!」
 
 「はいはい」
 ついに苦笑する沖田の、背にある腕が斎藤を抱えたまま下がり出した。ゆっくり畳に向かって、斎藤は仰向けのままおろされてゆき。
 
 やがて斎藤は畳に背がつくやいなや逃れようと身を捩ったところで、だがすぐにそれが叶わぬことと気づいた。
 
 
 沖田の両腕が、そのまま斎藤の顔の左右を囲い、
 どころか沖田の膝までが斎藤の体を跨いで。
 斎藤は畳を背に沖田を前に、いまや完全に閉じ込められていたからである。
       








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